その4
騎士の中でも王族を守る近衛騎士隊は花形の職業だ。それ故に彼らの訓練場には彼ら目当てのうら若い乙女らが集まり花を添える。むさくるしい男共の集団であるのに違いないが、女性が姿を見せるだけで場の雰囲気が華やかかつ和やかになる。時に訓練の邪魔になるが、非公開の時間帯にまではやって来ないので多少は目を瞑っていた。なにせ男共の集団だ、花形であっても出会いがなければ売れ残る輩が後を絶たない。近衛騎士に限らず騎士団においても訓練場は一種の出会いの場でもあった。
もとより華やかな近衛騎士隊の訓練場であったが、最近はこれまでにもまして華やかに咲き誇る花々の数が多く、ある意味集団となって押し寄せるようになっていた。その原因となっている輩は花たちの中心で誰よりも神々しい光を放ち咲き誇っている。
「フェリス様、汗がにじんでおります。わたくしが拭わせていただきますわね。」
「フェリス様、胡桃を使った焼き菓子など如何でしょう。わたくしが心を込めてお作り致しましたのよ。」
「フェリス様、わたくしは冷たいお水をご用意いたしました。どうぞ喉を潤わせて下さいませ。」
「フェリス様、好きです!」
輪の中心にいるフェリスは煌びやかな笑顔を振りまきながら「ありがとう」「とても美味しそうですね」「冷たくて生き返りました」「わたしもあなた方が好きですよ」と返し、それに加え汗を拭ったハンカチに施された刺繍を褒め、貴族のご令嬢であるのに自ら台所に立つ振る舞いに感心し讃え、冷たい水を準備する労力に深い感謝の意を表する。好きという想いには平等に好きと返した。直接声をかけられた令嬢方は頬を染めはにかんだ微笑みを浮かべて恥ずかしそうに下を向くのだ。汗を拭ったハンカチを鼻に押し当て恍惚の表情を浮かべている令嬢もいる。
一種のハーレムを作り出しているフェリスを前に、近衛騎士らは羨望の眼差しを送った。フェリスに群がる女性たちは貴族の淑女と呼ばれるご令嬢方で、本来ならけして自らの手を汚し奉仕する立場になどない。相手が気に入った男であったとしてもハンカチは渡すだけだし、差し入れの菓子は料理人が作ったものか有名店で購入してくるのが常識だ。冷たい水は井戸からくみ上げたばかりのもので、普通ならけして酌めはしない筈なのだ。それをフェリスの為と自ら率先して努力するご令嬢方からは、自分たちに向けるのと異なる気合と純粋な奉仕の強い念を感じる。
「難攻不落のパリス伯爵令嬢までいるじゃないか?」
「あの令嬢って……」
「ずいぶん前からカルロが口説いてたよな?」
同僚たちが近衛隊の誇る美丈夫に視線を向ければ、カルロの視線はフェリスの腕に細く白い腕を絡め、豊かな胸を惜しげもなく押し付けているパリス伯爵令嬢に固定されていた。
「まさか女に負けるなんてなぁ……」
その日の夜、仕事を終えたカルロは恋敵となったフェリスを近衛隊御用達の酒場に無理矢理誘ってやってきていた。叩きつけるように置かれたジョッキが『どんっ』と感情のままに音を立てるが、フェリスの方は冷静に対応する。
「彼女たちがわたしに向ける感情は一過性のものです。物語の王子様と同じで、現実世界では味わえない夢に触れられる機会を得て寄って来る。本物の男性と違い安全だからこそわたしに恋しているだけですよ。」
しかも一時的なものだと続けるフェリスをカルロは恨めし気に横目で見やった。多くの女性に言い寄られ手当たり次第な男であったが、どの女性にも優しいカルロにしては珍しい態度だ。
「君ってアルフレット狙いだよな?」
確認すればフェリスの透き通るように肌理が細かく白い肌が一瞬で赤く染まる。
「あいつがいい奴だってのは良くわかってるけど、普通の女性はあの見た目に恐怖心を抱くのに君はどうして惹かれるんだろうね?」
「それは―――」
突然の問いにフェリスは目の前に置かれたジョッキを意味もなく触り出す。カルロは様子を窺いながら急かす事無くゆっくりと酒を口に含んだ。
「抱いて欲しいからです。」
「ぶふっ?!」
直球返しに思わず口にした酒を拭き出したカルロの背をフェリスは慌ててさすってやる。
「大丈夫ですか?!」
「いやっ……大丈夫。―――抱いて欲しいって、見た目に反してすごいこと口にするね?」
カルロの言葉にフェリスは自分が何を口走ったのか徐々に解って今度は顔を青褪めさせた。
「何を想像しているんですかっ、既成事実とかいう意味ではありませんよっ!」
「え、それじゃあ本気であの筋肉達磨なアルフレットに、言葉の意味通り抱っこされたいとか思ってるの?」
その通りだ。あの大きな体の中にすっぽりと……治まることはできなくても、巫女の様に可愛らしく抱っこしてもらえなくてもいいので、せめて世の女性のほとんどが経験するであろう包み込まれ守られるような感覚を味わってみたいと夢見ているのだ。それが出来るのはこの世にアルフレットしかいない。逃してはもう後がないと意気込むフェリスに、女性にしては高身長過ぎる形にある程度は予想していたカルロも流石にしばし思考回路が止まってしまった。
「いくら背が高くても、君ほど美人ならそれなりに言い寄って来る男がいたんじゃないのか?」
フェリスの美貌はカルロがこれまで出会った美姫たちの中でもだんとつだ。神殿聖騎士という特別な役職も手伝い手を出してみたくなるほどの。確かに一般の男の中に交じってもフェリスの方が背が高い難点はあったかもしれないが、フェリスにはそれを上回る神秘性を感じさせる美貌が備わっていた。しかも彼女の周りには同じ騎士も多く存在しているのである。神殿聖騎士が肉体労働かと言えば神の加護によりそうとも言えないが、騎士という職業は体のできた男が集まる率が高い。鍛錬場で初めて会った時にフェリスの熱い視線がアルフレットに固定されていなければカルロは間違いなく口説いていた。今は女性にモテモテのフェリスをライバル視しているので口説く気持ちは持っていないが、不思議な彼女に興味は尽きない。
「確かに十代中ごろまでは幾度か声をかけていただいたことがあります。」
「おっ、結構いい線まで行った男はいた?」
「声をかけてもらえたのはいつも座っていた時でした。立ち上がると途端に驚かれて、何かしら理由をつけて逃げられました。異性の友人によると、顔は気に入ってもでかい女は御免なんだそうです。」
隣に腰を下ろしていたカルロは自虐気味に眉を寄せ微笑むフェリスを観察する。手足の長さが半端ないだけに座高はカルロより明らかに低い。こうして隣に座っているだけなら細身ながらスタイルのよい女性にしか見えなかった。けれど立ち上がるとカルロと変わらぬ身長なのだ。知らない男からすれば驚くのも無理はない。
「あなただって同じ様な顔立ちに性格なら、小さくて愛らしい女性を選ぶでしょう?」
「いや、まぁ……そうとも限らないんじゃないか?」
かなり気にしているようだと解って遠慮がちに返事をするが、高身長が原因で長年悩み続けたフェリスにはカルロの心内など筒抜けとなってしまったようで小さく笑われる。
「どうぞお気になさらず。可愛らしい女性たちに囲まれ、一過性でも恋心を向けられるのは嫌ではないのです。特にあの方、パリス伯爵令嬢は可愛らしくてわたしも大好きなんですよ。」
だから渡しませんよと、フェリスは冗談交じりに意味有り気な視線を送った。
フェリスに淡い恋心を抱いて簡単に告白してくる女性は多い。フェリスも彼女たちの心情を正しく理解するからこそ嫌がらず受け入れるのだ。そんな毎日だった。だから巫女についてやって来た先でアルフレットに出会い、まさか理想が服を着て歩いているとは思っていなかっただけに一目惚れに近い感情を抱いてしまったのだ。
そこいらの男より大きくて断然強い神殿聖騎士。そんなフェリスだが恋する気持ちは普通の乙女と変わらない。
高い荷物は取ってあげて当然、扉は率先して開くし階段ではあらゆる女性に手を差し伸べる。大きすぎて邪魔だと罵声を浴びせられ心は傷つくがけして涙は見せない。泣きたいときは夜にひっそり枕を濡らすのだ。背がもうちょっと低ければなぁと仲の良かった男友達にも言われた事がある。可愛らしい服を着たくても体形に似合わず女物の既製服など当然丈が足りなくて着られたものではない。ドレスを作るにしても二人分の生地を要し、『背が高くてスタイルが良くって羨ましい』と同性から褒められても『巫女の力で取りかえてみますか?』とできもしない冗談を口にしてみれば、不可思議な巫女の力を信じる相手は途端に尻込みする。
素敵だと褒め囃しつつも誰もなりたくないのだ、背が高すぎる女などに。