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その3




 この日のアルフレットは非番の筈だった。近衛騎士として王家に仕え、巫女の輿入れに合わせ近衛が忙しいにも関わらず休みを与えられたのだ。


 腕は近衛の中でも一・二を争う。そんなアルフレットが巫女の輿入れに休みを与えられる理由は見てくれのせい。まがりなりにも間違って巫女の目に止まり、巨大な体と醜い容姿で失神でもさせてはいけないという上の判断によるものだ。逆に他国との交渉に臨む際には威嚇の為に必ず王の後ろに控えさせられる。威嚇にはとても役に立つ肉体と容姿をしているのがアルフレットの唯一の自慢……と、思うようにしていた。


 そんな訳でアルフレットも特に何を思うでもなく休暇を受け入れ、自主的に治安の悪い裏通りの見回りに出た先で、運良く巫女を攫った男に出くわし難無く奪還した。無事巫女を王城まで送り届け、そのついでに鍛練場で仲間とともに一汗流していたのだが、俄かに周囲が煩くなりそちらへ目を向けると、先程出会った美貌の騎士が姿を見せていた。


 遠目から見ると背の高さが際立つ。白を基調とした騎士服は真っ青な刺繍で彩られ、ただでさえ神々しさを漂わせるのに、さらに銀色の髪と瞳と研ぎ澄まされた美貌はまるで神の御使いの様な造形だ。そんな彼女に近衛の中でも女性たちに群を抜いて人気がある美丈夫が近付くのが視界にうつった。


 己の見た目を良く理解した男で多くの恋人たちと同時に付き合っている様な輩だ。アルフレットと同期で同じ年。女に手は早いが、仕事はきっちりやるし面倒見が良く誰とでもすぐに仲良くなれる特技を持っているアルフレットの幼馴染。カルロ=アーカードは誰からも愛される男であり、アルフレットからすると羨ましいばかりの存在だ。カルロがフェリスに近付くのを見て『ああ、彼女も奴に喰われるのか』と心でぼやきながら鍛練に戻る。選り取りみどりとはまったく羨ましいかぎりだ。


 暫く鍛練を続けると大量に汗をかいた。上着は最初から脱いであるので、残った肌着を取り去ろうとした所で女性の存在を思い出す。視線を巡らすと鍛練場の端でカルロと並ぶフェリスが挑む様な視線をアルフレットに向けていた。


 巫女の件で恨まれているなと容易く想像がつく。見知らぬ相手に恨みを持たれるのにも慣れているので別にかまわないが、相手が騎士とはいえ女性を前に上半身裸になるのは失礼になるのではと躊躇われた。しかも相手は聖騎士。神に仕え特別な力を持つ彼らは誰も彼もがみな美しくしなやかな肢体を持っている。筋肉隆々の大男を見て気分を害させては申し訳ない。汗に濡れた肌着は気持ち悪いが大した問題でもなく、アルフレットはそのまま鍛練を続けたのだが―――気付くと驚くほどすぐ側にフェリスが立っていた。


 「俺に何か用が?」


 一目で不機嫌と解るフェリスの側にはカルロが笑顔で張り付いている。カルロも背が高いが並んだ二人はほとんど同じ身長だ。本当に背が高いと心の内で感嘆しているとフェリスの眉間の皺が深くなった。


 「暑くないのですか?」

 「ああ、暑いは暑いが我慢できない訳じゃない。」


 流れる汗を拭いながら答えるとフェリスの目が細められた。


 「そういうあなたこそ暑いのではないのか?」


 神殿があるのは王都より遥かに北で夏は過ごしやすい。フェリスがきっちり纏う聖騎士の制服は詰襟で長袖だ。近衛の騎士服も同様に長袖詰襟だが夏空の下での訓練では脱ぎ去っているものがほとんど。けれどそれが女性ともなるとそうもいくまい。

 それを踏まえての問いかけだったが何を思ったか、フェリスは徐に騎士服の襟に手をかけボタンを外しにかかる。


 「脱ぎますからあなたもどうぞ。」

 「は?」


 アルフレットだけではなくカルロからも声が上がる。フェリスはそんな二人を無視する様にあっという間に制服のボタンを全て外してしまうと上着を脱いでしまった。


 青と白の上着の下は肌着……ではなく白い厚めのシャツだ。生地の厚さのお陰で下は透けていないが、これを着て上着までとはやっぱり暑かっただろうと思いつつ、アルフレットは盛大に眉を顰めた。


 「さあ脱いで。」

 「いや…」


 何だこの女はと、相手が神に選ばれた聖騎士とはいえ流石に不審に感じる。それとも神に選ばれたからこそ常人の自分たちとは少し違うのだろうか。訝しげに見下ろしていると銀色の瞳が更に細められきつく睨みつけられた。


 「ならば手合わせを。」


 すらりと剣を抜いたフェリスからアルフレットは素早く一歩引く。切っ先は確実にアルフレットを捕らえていた。


 「真剣では危険だ。」


 聖騎士に怪我でも追わせたら一大事だ。慌てるアルフレットに気を利かせたのか利かせていないのか、カルロが刃先を潰した訓練用の剣をとってきてくれた。


 「こいつは冗談抜きで強いから気をつけてね。」


 カルロがフェリスに剣を手渡しながら楽しそうに助言する。アルフレットには投げてよこした。


 「それは楽しみです。」


 睨みつけたまま口角を上げたフェリスの表情は妖艶にもうつり、アルフレットは一瞬息を呑まされる。見てくれのせいで女にもてなかった十代、惚れた相手も見目よいカルロに持って行かれる。いつの間にか女性に恋するのをあきらめ捨てた筈の感情が舞い戻ってしまいそうになり蓋をした。


 背が高いせいでの錯覚ではなく、正真正銘フェリスは細かった。剣を揮う必要最低限の筋肉しか付いていないが、細くしなやかな肢体から繰り出される剣は重い。神の力を纏う聖騎士は見た目からは想像できない強い力でアルフレットに剣を叩きこんできた。与えられた力だけではない、磨かれた技は一級品。射殺さんばかりの強い殺気で挑んで来るフェリスの剣をアルフレットは手抜きなしの本気で弾きかえす。


 フェリスの模擬剣が空に跳んだ瞬間、フェリスはアルフレットの懐に入り込んだ。腕を取られ背負われると同時に投げ飛ばされる。咄嗟に受け身を取ったお陰で頭を打たずに済んだが、思わぬ攻撃に反撃するのを忘れてしまった。けしてフェリスの細いながらも弾力のある肉体に抑え込まれたからではない。


 ぎらつく銀色の瞳がアルフレットに突き刺さる。言葉もなくじっと見つめると真っ白い肌が朱色に染まった。


 「フェリス殿?」 


 日焼け―――じゃないよな?


 アルフレットの思考が僅かに跳んだ隙に体に乗っていたフェリスの細いながら張りのある肉体が宙に浮く。見上げれば聖騎士の制服に身を包んだ男がフェリスを抱き上げ、抱きあげられたフェリスは男の胸に顔を隠す様にしてしがみついていた。


 銀色の髪と瞳の色素の薄い聖騎士。ああ成程、フェリスの男かとアルフレットは納得する。


 「私は神殿聖騎士長ジルク=レティ、部下が失礼した。彼女の手当てを優先したいので詫びには後日改めて伺わせていただく。」


 ジルク=レティと名乗った男はこれまた神々しい美貌を惜しげもなく曝け出し、まさにお似合いだった。


 ジルクはアルフレットの返答を待たず、フェリスを抱いたまま踵を返して鍛練場を後にする。投げ飛ばされたのは自分だが怪我をさせてしまっただろうかと、アルフレットは対戦を振り返りながら首を傾げた。


 「夫婦か?」

 「ほんっとお前は疎いよなぁ。」 


 アルフレットは起き上がりながら呟き、そんな彼にカルロが突っ込んだ。



 *****


 「感謝するジルク。」

 「筋肉に興奮して鼻血とは―――我が妹ながら有り得ん。」

 「あはははは!」


 フェリスを抱いて巫女の部屋に戻ったジルクは、アルフレットの肉体に興奮して鼻血を吹き出した妹の鼻に布を押し当てきつく摘む。

 自分よりも大きく逞しい男がいるだけでも奇跡で、これを逃してはもう後がないと果敢に挑んだ結果がこれとは―――情けなく項垂れるフェリスを前に巫女は大爆笑。腹を抱えて床を転げ回っていた。






人物紹介


ジルク28歳。186㎝。フェリスの兄

カルロ=アーカード25歳。187㎝。美丈夫でナンパ師

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