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その11



 女性にしては殺風景な部屋だと感じた。

 寝台と記帳台一式、箪笥に椅子があるだけの、女性らしい飾りの類もない部屋にアルフレットは緊張しながら踏み入れる。眠っていたのか寝台が僅かに乱れているが、壁紙が明るい程度で他は男性の部屋といっても疑われない室内だ。母親の部屋は可愛らしい置物や飾りや壁紙でいっぱいだったのであまりの違いに意識を捕われる。


 「よろしければどうぞ。」


 椅子を勧められるが断り、扉近くに陣取ってフェリスに向き合った。


 「眠っていたのに悪かったな。」

 「うとうとしていたみたいですが、よく解りません。巫女がいらしたように感じたのですが……」

 「巫女なら部屋にお戻りだ。私がお送り差し上げた。」

 「ああ、だから―――部屋に閉じ込めるようなことをしてしまってすみません。」


 謝罪するフェリスの様子に、扉の開閉が叶わなかったのは巫女の力だったのかとアルフレットが納得していると再び椅子を勧められた。同じように断るが話があるのだろうと問われ、思案したものの今度は勧められるまま腰を落とせばフェリスは寝台に腰を下ろした。


 「それで大事な話というのは?」

 

 先程の事だと躊躇なく口にするとフェリスははっとしたような表情をして狼狽える。


 「先程は本当に失礼を。お許しください。」

 「いや、失礼をしたのは私の方だ。謝罪と弁解をさせてくれないだろうか?」


 真っ直ぐに見つめるとフェリスの顔が苦く歪んだ。


 「謝罪や弁解など不要です。アルフレット殿は何も悪くない。」

 「この年で巫女に叱られたのだ。女心が読めないのもいい加減にしろと。」


 正直に話せばはっとしたように銀色の目が開かれ、またすぐに外され下を向いてしまった。


 「あの方は大人に囲まれ育ったせいか、時折はっとするような事を口にする。何を言われたのか知りませんがアルフレット殿が気に留める必要はありません。」

 「私がこれまでに受けた女性からの告白は揶揄からかいや悪戯ばかりで、それ以外の経験はない。」


 意識をこちらに向けて欲しくて言葉に被せるように話を進めると、フェリスは目を丸くした状態で顔を上げて僅かに口角を上げた。


 「貴方のようなお方が? ご冗談を。」

 「君に私がどのように見えているかは知らないが冗談でも何でもない。正直に言えば二十五年生きて来て一度もまともな告白は受けた例がないし、そんな夢物語が起きないなんてのはとっくの昔に理解していた。」

 「貴方が過去に揶揄いや悪戯だと思っている告白が真実だったのですよ。」

 「そうと信じて交際を受けた途端、隠れていた多くの女性たちが一斉に姿を現し馬鹿にして笑うんだ。その顔で信じるなんて馬鹿じゃないのか、ちゃんと鏡を見ろと何度も言われたよ。」


 十代半ばの話しだ。見目の良いカルロと一緒に行動することが多かったので余計に不細工が目立ったのだろう。おじさん顔で堅物だったのも揶揄いの対象になったのかも知れない。少女期の女性は集団になると怖いもの知らずで無敵なのだ。


 「何処の不届き者です。わたしが話をつけて差し上げます。」

 

 渡された短剣をしっかり握りしめたフェリスがすっと立ち上がる。冷たく細められた銀色の目は本気にしか見えず、アルフレットは慌てて引き留めた。


 「その話はもういいんだ、このなりだから私だって納得している。」

 「人の心を弄ぶような所業。わたしは納得できませんが、アルフレット殿はやってもよいと?」

 「そんなわけあるか。受けた私自身がもういいって言ってんだ。別に気にしちゃいない。」

 

 納得できないと顔に書いてあるが、アルフレットに止められフェリスは不本意ながら元居た場所に腰を下ろす。


 「あなたはお優しい。」


 溜息と共に吐き出された言葉にアルフレットはどきりとした。そんな言葉を女性から貰った記憶は一度もない。


 「だからまぁ、そんな訳で私は君からの告白を冗談や悪戯だと勘違いしてしまったのだ。」

 「大丈夫です、悪戯ですから。」


 申し訳なかった、アルフレットを揶揄った女性たちと同じだと頭を下げるフェリスにアルフレットは奥歯を噛み締めた。


 巫女の言葉で自分が何を拒絶したのか気付かされたが、やはり目の前の美しい女神が本当にあのような告白をしてくれたのかと疑問に感じてしまう。


 「あの言葉は真実だろうか?」

 

 僅かに身を乗り出したアルフレットに顔を上げたフェリスが「え?」と首を傾げる。


 「私を好きで、その……私の腕に抱かれるのが目標だとか言った言葉は真実だろうか?」

 「―――アルフレット殿?」

 

 フェリスの瞳が戸惑いに揺れ、アルフレットはこれが最後と勇気を振り絞った。


 「真実ならば―――私はその想いに応えたい。」


 恐れながらも真っ直ぐに視線を向けると、フェリスも驚きの表情でまっすぐにアルフレットを見つめていた。そして長い長い沈黙の後でようやくフェリスが言葉を発する。


 「正気ですか?」

 「君の方こそ正気か?」


 自分はこんな形だと軽く腕を広げれば、フェリスは幾度か瞬きして周囲を見渡した。


 「わたしが首を縦に振ると揶揄する人間が大勢現れて笑い者にされるのでしょうか?」

 「私にそんな趣味はない。逆に君が私と交際してくれるのなら、私が君を無理矢理脅して捕まえているのだろうと周囲は思うだろうな。」

 「そんなっ、あなたはわたしの生きた理想なのにっ!」


 拳を握りしめ立ち上がり叫んだフェリスにアルフレットは慄く。誰かが聞いていたら大爆笑―――隣の部屋から何やら笑い声が聞こえるが気のせいだろうか?


 「それよりもっ、そのっ。あなたは嫌ではないのですか?」

 

 何がと眉を顰めたアルフレットを前にフェリスは今にも泣きそうな顔で声を小さくした。


 「こんな大女を横に並べて恥ずかしくないわけがありません。」

 「冗談はやめてくれ。君の様に綺麗な女性が、私のようなむさい大男を連れて歩く方が恥ずかしいだろう。」


 何を言っているんだと眉を寄せるアルフレットと同様にフェリスも眉を寄せる。

 フェリスはこれを最後と逃げる存在を追い回し、過去に突き付けられた言葉全てを最後と決めた人にまでもらってしまい奈落へ突き落されていたのだ。自分の見た目が綺麗だとか女神のようだとか比喩されるのは承知しているが、背が高すぎて同性からは貴公子として憧れの視線を向けられ、異性からは恋愛対象としてはけして選ばれないのだというのは解り切っていた。確かにアルフレットならフェリスよりも背が高いが、フェリスの高身長が縮むわけではない。こんな大きな女が隣に並べば恥ずかしいだろうと問えば、アルフレットは自分の方こそと自己評価を下げる。


 「アルフレット殿はわたしの前に現れた奇跡だった。」

 「有難い言葉だが、言われ慣れていないし全く似合わないので体中が痒く感じる。」

 「では―――はじめましょうか。」

 「は?」


 すっと立ち上がったフェリスに「いったい何を?」とアルフレットは顔に似合わずきょとんとしてしまう。


 「心を通わせ合った男女が密室ですることです。」

 「は?」


 突然の展開に全くついていけないアルフレットは立ち上がったフェリスに両腕を引かれ、されるがままに寝台に導かれてぎょっとした。


 「ななななななっ、何をするんだっ?!」

 「後で冗談だったと逃げられるのは嫌なので既成事実を。夢でない証をいただきます。」

 「ちょっと待てっ?!」


 覆い被さって来ようとするフェリスをアルフレットは全力で拒絶した。


 「いけませんか?」


 眉を寄せたフェリスに「いいわけあるか!」とアルフレットは声を張り上げるがフェリスは止まらない。


 「待て、落ち着けッ。扉っ、扉をあけっぱなしだぞ!?」

 

 アルフレットは深夜に密室で未婚の男女が二人きりはいけないと、扉を開けたままにしてあった自分を褒める。だがフェリスはアルフレットが向かうより早く一足先に扉を閉め、行く手を遮るように扉を背に立ちアルフレットを見上げた。


 「もしかしてわたしでは嫌ですか?」


 先程の言葉は体の良い断り文句だったのかと疑いの目を向けられ、アルフレットは違うと必死に首を振った。


 「こういう事は結婚した男女がすることだっ。思いが通じたからといって容易く体をつなげるもんじゃないっ!」

 「アルフレット殿はわたしの想いに応えて下さるとおっしゃいました。」

 「確かにそうだっ、言ったし応えさせてもらうが急展開過ぎるだろうっ!」

 「―――そうでしょうか?」 

 「そうだっ、急展開過ぎるっ。だから頼む、今後に向けてを明日の日中、陽の当たる場所でゆっくり話し合わせてもらえなか?!」

 

 不本意そうにしながらもそこまでおっしゃるならと渋々納得したフェリスに、アルフレットは心底ほっとして胸を撫で下ろした。


 正直巫女に対する不貞疑惑をかけられた時の方が落ち着いて対応できたしよほどましだ。本当なら迫る役は反対でなければならないのではと感じつつも、取りあえずこの場を逃れられほっとする。どうして美味しくいただかないんだとの罵声が隣の部屋から聞こえた気がしたがきっと空耳だろう。






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