久村部長の悩み (4)
「あれ、星野に松田」
久村部長とは、自販機の前でよく遭遇するなあ。
「こんにちは、久村さん」
「どうも」
挨拶をすると、にこっと笑い掛けられた。手にはホットココア。
「お出掛け?」
「ええ、まあ。……久村部長は、休憩ですか?」
「んー、休憩がてら、パシリってところかな。競馬がジュース買って来いって。私もココア飲みたかったし、ちょうどいいんだけどね」
カラカラと笑う久村部長を前に、星野さんがポンと手を打った。
「そうだ、久村さん。一緒に買い物に行きませんか?」
え、本人を誘うの。
「いや、もーしわけないけど、私は部活に戻らなきゃならないから」
そうですよね。
でも、会場は今、大慌てだろう。なにせ、必要な物が揃っていない。
「買いに行くのは隣のデパートですし、すぐに帰ってこれますよ。久村さんも、部員の皆さんにお菓子を差し入れるとか、どうですか」
「うーん、差し入れかあ……」
その一言に惹かれたようだ。「ちょっと小河原に訊いてみる」と辺りを窺いつつ(先生に見つかったら携帯没収だ)、携帯を取り出し、電話を掛けた。
「あ、小河原。もしもーし。……なんか騒がしいね? え、あー、それなら良いんだけど。あ、でさ、今、良い? や、実はさあ」
事情を話して、「うん、そう」と相槌を打つ彼女は、途中でVサインを僕たちに向けた。どうやらオーケィが出たようだ。ま、そうだろうね(裏側の事情的に)。それにしても、久村部長、良い人だなあ。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい!」
元気よく答えた星野さんとは対照的に、僕は苦笑した。
ちなみに、一番真剣にお菓子を選んでいたのも、久村部長だった。
「これと、これと……甘い物ばっかね。辛い物も買おうかな。これとこれ、どっちが良い?」
どっちでもいいと思ったけれど、その答えはアウトだろう。だから僕は、星野さんに丸投げすることにした。
「どちらも美味しそうなので、両方買いましょう」
……星野さんの方が、僕より数段上手だった。
こうして、お菓子のセレクトを悩むこともなく、僕たちは袋パンパンになったお菓子を持って帰還した。当然、袋を待つのは僕の役目だ。
「あれ、結局2人は、自分の分を買ったの?」
星野さんがシレッと答えた。
「はい、買いましたよー」
校門に辿り着いて、ありがとう、と手を差し出す久村部長を丁重に断る。「部室までお伴しますよ」と言って、お菓子袋を後ろに隠した。主役がお菓子の袋持って登場するのは、流石にどうかと思う。
「ちょっと遅くなってしまいましたね。久村さん、部に連絡した方がいいかもしれませんよ」
「ああ、そうね」
捜してたら悪いわ、と久村部長は何も疑うことなく、小河原先輩に電話した。
「もしもーし、無事に差し入れ買ったから、今から戻るわ。……ああ、今もう校舎入るとこだから、へーき。ん、分かった、はーい」
携帯をポケットにしまい、じゃあ行きますか、と久村部長は笑う。
下駄箱にて、靴から上靴に履き替えて演劇部の部室(体育館ではなく教室が部室に当たるようだ)に向かう。2階の端なのよ、とは先程久村部長から聞いた。階段を上がってすぐだ。
ちなみに美術室は、2階に上がって、演劇部部室とは逆方向の端まで行き、渡り廊下を渡り別の棟に行くとようやく辿り着ける。だからこの距離の近さは、正直羨ましい。
「お菓子、持って来てくれてありがとう」
「いえ。中までお持ちしますよ」
「そう?……じゃあ、一緒に食べて行ってよ」
持たせるだけ持たせて、ハイさよなら。は、ちょっと気が咎めるから。
そう言われ、星野さんと顔を見合わせる。どうする、と目で語った後に、星野さんが「それではご好意に甘えて」と返した。
ああ、分かった。星野さんは、今から起こることの結末が知りたいのだろう。星野さんに限った話ではないけど。
僕も、この人が笑顔になる瞬間が見たい。それくらい思わせる程に、久村部長は魅力的な人なのだろう。
久村部長の手が、ドアに掛かる。
立て付けの悪いドアが、ガララララ…という音を立ててスライドした。
「――部長、誕生日おめでとうございまーす!」
パンッ、と初めに一回。それから立て続けに、クラッカーが弾けた。焦げ臭い、独特の香りが辺りに漂う。最後に、パンッ、と鳴ると、クラッカー攻撃は終わった。
「…………………………は?」
とんでもなく長い間を空けて、久村部長の間の抜けた声が響いた。
「うわ、阿呆面」
「け、競馬、これ、いったい……?」
阿呆面、と言われたことにすら気付かず、目を白黒させる久村部長に、優しそうな雰囲気を纏った2年男子が「だから心配しなくてもいいって、言ったじゃないですかー」と苦笑した。
「小河原……、どうい、う、あ、え……? もしかして、なんか隠してたのって、……ええっ?」
動揺している久村部長の言葉に、木谷が目を見開いた。
「あれ、不審に思われてた」
「だろうねー。でも一番挙動不審だったのは、木谷だと思うの」
「なんで俺!? 垣内じゃなくて俺!?」
いや、“なんで”も何も無いでしょう。見ての通りだよ。
部員プラス僕で、白けた目で見てやると、「その目止めてクダサイ」と冷や汗を流しながら懇願された。
「え、じゃあお菓子……、あ! 星野と松田もグルか!」
「久村さん、それは人聞きの悪い言い方ですね」
「空気読まずに本人にバラすなんて、できませんよ」
パタパタと手を横に振る。「それにほら、悪いことではない、とも、来週には報告できる、とも言いましたし」と僕は弁明を図った。
「あれ、松田が演劇部のこと訊いてきたのって、部長の差し金だったの……?」
木谷がビックリしたように、目を見開いた。久村部長は、ちょっとバツが悪そうに、「危ないことに巻き込まれてたらどうしよう、と思って……」と頭を掻いた。
「おっまえなあ。なんだよ、危ないことって」
競馬先輩が半眼で睨み、しかし堪え切れなくなったように、腹を抱えて大笑いし始めた。すると、他の部員にも伝播して、気付けば全員で笑っている。
幸せな光景だ。
思わず破顔すると、隣の星野さんも「良かったですね」と柔らかい声で言った。うん、良かった。
「部長」
垣内さんが、改まった声で言う。
「私、久村先輩が部長で、本当に良かったです。演技、本当に上手くて、全力でアドバイスしてくれて、どんなにしょうもない話でも聴いてくれて……だから、久村先輩が部長で、嬉しいです!」
俺も私も、と1年から声が上がる。
ぽん、と久村部長の肩に、小河原先輩が手を乗せた。
「久村、大丈夫だよ。ほら、こんなに慕われてるんだから」
「そうそう。久村チャンは考え過ぎるとこが難点だなー」
逆の肩に同じく手を置いて、競馬先輩がにやにや笑う。
同級生というだけあって、久村部長の悩みも、分かっていたのだろう。1年諸君は、きょとーん、としている。自分たちの言葉がどれだけ破壊力があったのか、自覚すらしていない顔だ。
「あ、……ありがとう」
多分、それ以上に続けたい言葉も、たくさんあったのだろう。けれど、それで精一杯だったのだ。頰を一筋、流れたものを、久村部長はゴシッと乱暴に擦ると、「私は幸せ者だー!」と満面の笑みを浮かべた。
「競馬の方が部長に向いてるかもって思ってたから」
最後に思わず溢れた本音に、ザワ、と周りが慄いた。
部長就任おめでとう!の意もふくまれています。だから普段は、誰かの誕生日でもここまで大々的にはやらないので、気付かなくても仕方がない……かも?(あくまで、かも、です!)