表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

久村部長の悩み (3)

「…………」

「…………」

 2人揃って、無言で鉛筆を走らせ、下絵を描いていく。今回は自由テーマなので、お互い好きなものを描く。僕は今回、ファンタジックで幻想的な作品にしようと思っている。下絵よりも色塗りで時間が掛かりそうなので、このステージは、なるべく早めに終わらせたいが、なかなか上手くいかない。

 星野さんの絵は知らない。訊けば教えてくれるだろうが、今は自分の作品で手一杯だ。

 一段落したところで、鉛筆を置く。明日改めて見て、少し手直しをしたら、色合いを詳しく決めていこう。

 星野さんは、まだ真剣な面持ちで下絵を描いている。さて、もう少し待とう。

 僕は小銭を片手に、美術室をこっそり抜け出した。

 ――ガコン。

 自販機から紙パックを取り出す。もうひとつ、星野さんの分はどうしようか。前はホットココアを飲んでいた。

 自販機を前にうんうん唸っていたら、「お悩みのようね」と笑いを含んだ声が聞こえた。

「……久村部長」

「やあ」

 挨拶を返している間に、時間切れが起こったようで、小銭が戻ってきた。

「星野の分?」

「はい。ホットココアにしようか、別のものにしようか、悩んでいます」

「前に、マスカットティーが気になるって言ってたわよ」

 マスカットティーは、最近新しく増えた種類の飲み物だ。じゃあそれにします、と早々に選んだ。

「久村部長も、何か要りますか。この前のお礼です」

「あれは前金だから、気にしないでよ」

 彼女は笑いながら、100円玉を投入した。選んだのは、ホットココアだ。

「好きなんですか、ホットココア」

 前も飲んでましたよね、と指摘すると、「ついつい甘い物を飲みたくなるのよ。甘党じゃないんだけどね」と笑う。

 前よりも表情が明るい。じい、と見つめていると、「どうしたよ、少年」と戸惑い顔を向けられた。

「憑き物が落ちたような顔をしていたので……何かいいことがありましたか?」

「特に何も。でも前に話を聞いてもらって、気分的に楽になったのかしらね」

「それは良かったです」

 役に立ったと言われて、悪い気分にはならない。ふ、と笑う。

 ブスリと紙パックにストローを差し、ホットココアを飲む。

「松田…くん、今日はホットココアか」

「松田でいいですよ。僕は少し疲れたので、甘い物を、と」

「順調なの?」

「お陰様で。星野さんはまだ頑張ってますけど」

 大体半分程飲んだところで、「そろそろ戻ります」と宣言する。「私も戻ろうかな」と久村部長は、飲み終えた紙パックをゴミ箱に投げ入れる。そうして、僕の隣に並んだ。

「体育館は向こうですよ?」

「今日は教室で練習してるの。体育館を使う部活は多いからね。交代制よ」

 教えて貰って、初めて知った。確かに体育館を使う部活は多そうだ。その点、美術室は美術部くらいしか使わないから、静かなものだ。

「それで、……どう? 調査の結果は」

「まあ、少しは。でもまだお教えする段階では無いです。少なくとも、悪いことでは無さそうですよ」

「ああ、そうなのね」

 明らかに安堵した声だ。悪いことはしていない、と言っていたが、自分で言うのと、他人に言われるのとでは、また違うのだろう。

「それじゃあ、僕はこっちなので」

「あー、そういえば、美術室ってそっちだったわね。星野によろしく」

「はい」

 教室棟に入り、2階に上がったところで、別れる。

 数歩歩いたところで、僕は立ち止まる。強烈な視線を感じたからだ。

 振り向くと、久村部長と、それから競馬先輩が話し合っている。……うーん。

 じ、と見ていると、久村部長と目が合った。手を軽く振られる。僕は一礼で返した。隣の競馬先輩の目が怖い。僕は恋愛経験は無いけれど、その目に込められた意味くらいは分かる。勘違いですよ! と言いに行きたい。無意味な敵意ほど、面倒なものは無い。

 前もじろじろ見られた。あの時は星野さんと一緒だったから、すぐに疑いは晴れたけど、今回は2人きりだ。久村部長が代わりに弁明をしてくれるとも思えない。

 やれやれ、と思いながら、美術室に向かう。どうしたもんかな、とぼんやり考えながら美術室まで辿り着くと、教室のドアの前に、星野さんが立っていた。

「えーと。飲み物買ってきたよ。はい」

 星野さんの目が輝いた。

「マスカットティー! 気になってたんです!」

 ……あれ。カンニングをした時のような、罪悪感を覚える。いや、カンニングとかしたことないけどさ。

「下絵は描けた?」

「はい。松田くんは、久村さんと仲睦まじくお喋りですか?」

 どことなく、悪意を感じる表現だ。そして何故、久村部長と会ったことを知っているのだろう。「たまたま自販機のところで会ったんだよ」と弁解をする。何故だか、追い詰められている気分になる。

「そうだ、久村部長というと……星野さんも、訊いた?」

「はい。同じ話でしょうか」

「多分ね。理由は分かった訳だけど、これをバラしてしまうのは、無粋だよね」

「ええ」

 星野さんは、にこりと笑った。彼女は訊く前から分かっていたんじゃないかな。心当たりはあると言っていたし、これは、“友人たる彼女だったら知り得る情報”だ。

「金曜日までですもの。部外者は部外者らしく、大人しくしていましょう」

「……その割に、すごく楽しそうだね」

 今は水曜日。あと2日だ。『調査中』で乗り切れるレベルかな。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 金曜日。

 登校すると、教室のドアで木谷と鉢合わせした。

「準備、どう?」

「バッチリ!」

 木谷は、ぐっと親指を立てた。うわー、不安要素満載。

「垣内が飾り付け担当なんだけど、あいつ、大丈夫かなー」

 垣内……ああ、垣内さんか。舞台で姫役をやっていた女子だ。ちなみに、木谷は冷静沈着な宰相役だったらしい。普段からは、到底想像がつかない。

「木谷は何担当?」

「俺はお菓子!」

 うわあ、そっちの方が不安。飾り付けは無くても大丈夫(最悪黒板とチョークがあればオーケィ)だけど、お菓子は……ああ、お菓子の方が無くてもどうにでもなるか。買いに行くという選択肢がある分。

「ちなみに、プレゼントはー」

 更に担当公開しようとしている木谷を置いて教室に入ると、「聞けよ!」と怒鳴られた。いやあ、聞く義理は無いと思うんだよね。

 席に着いて、鞄から筆記用具と教科書を取り出す。そうしながら、久村部長のことを考えた。あれから、来週にはお答えできます、とは言って、待ってもらっている。あながち嘘では無い。

 いつも通り授業を受け、いつも通り休み時間を過ごし、いつも通り昼食を食べ、放課後もいつも――「あ、やべ。菓子忘れた!」いつもと違う声を聞いた。

「予想通り過ぎて、どうしよう、って気持ちになる」

 どうして今になって、気付くんだ。

「うわー、やべ。やっちまったー」

「……どうしたの、って訊く必要も無いよね」

「松田あああ! へるぷみー!」

 こうして僕は、面倒ごとを押し付けられた。いや、自ら突っ込んでいった、が正しいか。

 美術室に寄って、星野さんに声を掛ける。

「星野さん、お菓子買いに行かない?」




当初のプロットでは名だけ登場だった木谷くんが、非常に出っ張ってくるのです。不思議。


ちなみに星野さんが久村さんとの邂逅を知っていた理由は、密告があったからです。

某メッセンジャーアプリにて。

「さっき、星野の相棒と会ったよー」

「そうなんですか。道理で部屋にいらっしゃらないと思いました」

筒抜け。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ