山田くんの恋 (2) ★
星野さんは、ほのぼのした顔をしている。見ている人が、思わず肩の力を抜いてしまうくらい、害が無さそうに見える。けれども、その実、結構ずる賢い。
「ねえ、星野さん。どうやってこのメンバーをここに集めたの?」
「うふふ」
美術室には、現在、美術部部員である星野さん、それから僕の他に、剣道部所属の山田くんと、三つ編みさんとその友達1名の計5名がいる。
笑って誤魔化した星野さんに、なんらかの形で呼び出された3名。……きっとそれは、気にしない方が良いのだろう。山田くんなんて、大事な部活を放り出してここに来てしまっている訳であるし。
当の山田くんは、シレッとしており、特に表情は変わっていない。三つ編みさんサイドは、2人揃って困惑顔だ。やはりさり気なく、付き添いの女子が、三つ編みさんを庇っている。
「さて、皆さんにお集まり頂いた理由は……あえて言うまでもないですね」
星野さんは、若干気まずいメンバーの中にいても、いつも通り穏やかに笑っている。
「それぞれの利害が一致して、全員がここにいる訳ですから」
山田くん、三つ編みさん、そして僕へと視線を移しながら、星野さんは、最後にまた、山田くんへ視線を向けた。
「山田くんは、然るべき相手に、伝えたいことがあるのですよね」
「ああ」
「そして、安堂さん達は、“騒ぎ”を鎮静化したい」
「そ、そうです……」
真っ直ぐな視線を向けられた三つ編みさん――安堂さんというらしい――は、ビクリと身体を震わせながら、俯いてしまう。
「あんた達は?」
「私たちは、困っている人を見捨てられなくて……ただの自己満足です」
いやいや、生きることに疲れてしまったから、外の世界に目を向けて休憩しているだけですよね。
――なんてことは、僕は当然口にしなかった。自分たちが暇潰しに使われていると聞いて嬉しい人はいない。
「それで、山田くん、伝えたいこと、というのは……?」
「ああ」
星野さんに促され、山田くんは、鞄から綺麗な袋を取り出し、更にその袋からハンドタオルを取り出した。タオルは、丁寧に折り畳まれている。ピンク色の花の刺繍に彩られているソレは、山田くんの私物では無さそうだ。
「これを返したくて。それから、礼を伝えたかったんだ」
数日前、この辺りは通り雨に襲われた。通り雨自体は、すぐに過ぎ去ったのだが、山田くんは運悪く、ちょうど降り始めた頃に外に出ていたらしい。濡れ鼠と化して蹲っていたところに、居合わせた女子生徒が「これどうぞ……」とタオルを渡してくれたそうだ。
「礼を言おうとした頃には、彼女は既にいなくてな。顔もあまり見えていなくて。唯一、上靴の色で1年だということと、鞄に特徴的なぬいぐるみを付けていたことだけ憶えていたんだ」
彼は矢継ぎ早に言うと、2人の女子が持つ鞄に視線を走らせた。
「それと同じものを、彼女は付けていた」
その視線を追うように、僕と星野さんは、鞄につけられた、可愛いのか可愛くないのか微妙な、カエルのぬいぐるみを見つけた。2つは同じものかと思ったが、顔立ちが微妙に違う。腕のところに、可愛いリボンが付けられている。
「ちょっと前に、4人で作ったんです。それで、みんなで交換して……」
なるほど。既製品で無いのなら、まず他人とは被らないだろう。自力でアクセサリーを作るのは、少数派だ。
「色違い、ですね。色は憶えていなかったんですか?」
色さえ分かれば、あんなに睨むことも無かっただろうに。僕の質問に、山田くんは首を振った。咄嗟のことで、暖色系だった気がする、ということくらいしか憶えていないそうだ。
「そもそも、4人だと分かった時点で、声を掛けて確かめれば良かったのでは」
「難易度高いよ」
僕はすかさず声を上げた。
「高いですか? 訊くだけなのに」
「高いんだよ、星野さん。だって、他の3人もいるんだよ?」
「いますね」
それの何が問題なの、と言いたげな顔だ。……困る、よね。だって、例えば、お礼にお茶とかどう、とか誘うにしても、他の人がいたら緊張するじゃないか。いや、僕は1対1でも女の子を誘った経験なんて無いけどさ。
目で山田くんに訴えかけると、うんうん、と頷かれた。良かった、同志がいた!
「とにかく! そういうことは、その、できないんだよ。……こほん。それで、三つ編……えっと、安堂さんが、山田くんにタオルを貸したんだよね」
「な、なんで分かるの?」
安堂さんの友達が、ビックリした顔で僕を見た。
「あー、まあ、いろいろ、その、うん」
なんだ、いろいろ、って。僕は、嘘を吐くのが下手だ。星野さんのお墨付きなので、間違いない。
あからさまに狼狽える僕に、安堂さんの友達は、突っ込まない方がいいのかな、と気を遣ってくれたらしい。不思議そうな目を向けながらも、それ以上の追及はしないでくれた。
「……確かに、ミッチーがタオルを貸したんだけど……」
大丈夫かと労わるように、安堂さんの友達が、安堂さんの背中を軽く叩いた。
「あ……」
注目を浴びた安堂さんは、顔を真っ赤に染め上げて、俯いてしまった。
「あ、あの……困って、そうだったので。でも、山田くん、人気者だから、私……その、その……」
変なことをして目立ったり、女子に目を付けられることが怖かったのだと、安堂さんはおろおろしながら語った。初めは明らかに狼狽えながら話していた安堂さんだったが、話している内に少し落ち着いたのか、段々とスムーズになっていく。
「でも黙っていたら、もっと大きな事態になってしまったんです。私、余計に何も言えなくなってしまって。……今更、名乗り出ることもできなくて」
八方塞がり、という気分だったのだろう。それでこの謎の集まりにも、参加したのだ。
「ミッチー、あんまり表に出たそうじゃなかったから、私たち……ええと、他にも仲良くしてる2人も、みんなで隠し通そうって決めたんだけど、どうしたらいいのか分からなくなっちゃったの」
それであの微妙な空気が形成された訳か。僕は無言で納得した。
「安堂」
山田くんが、長い足で三歩進むと、安堂さんとの距離は、ほとんどなくなってしまった。そこから彼は、片手で、す、とタオルを差し出した。
「ありがとう。あの時、ずぶ濡れで困っていたから、助かった」
反射的にタオルを受け取った安堂さんは、タオルと山田くんの顔を交互に見ながら、「き、気にしないで、ください……!」と真っ赤な顔をふるふると振った。
安堂さんの友達は、そんな2人を見て、ととと、と僕と星野さんのところへやってきた。彼女は、困ったような、嬉しいような、そんな微妙そうな顔で僕たちを見た。
「ミッチーが心配でついてきたけど、なんか私、お邪魔だったみたい。ここに避難したいんだけど、良い?」
「もちろんですよ、伊賀さん」
星野さんは、にこやかに言った。
どうやら、安堂さんの友達は、伊賀さんというらしい。
それにしても、星野さんから、「あの人の名前、知らない」という言葉を聞いたことが無いのだけれど、星野さんはどこまで生徒の名前を把握しているのだろう。たまに、怖い時がある。
「それで……安堂は俺が話し掛けると、その……迷惑、だと思うんだが、俺はもう少し話せたらなって思うんだ。……たまになら、話をしてもいいか?」
「た、……たまに、なら」
目の前では、外野の存在を忘れた2人が、初々しい雰囲気を周囲に振りまいている。
僕の予想では、山田くんの気持ちは恋の一歩手前、だったんだけど、うーん、僕の勘も、まだまだってことかな。
「恋って、一瞬で落ちるものですから」
僕の思考を読んだ星野さんが、僕の顔を覗き込みながら、にこりと笑った。
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また2人きりになった美術室で、僕たちはいそいそと片付けをしていた。今日は、僕が鉛筆などの道具類を片付け、星野さんは教室の掃き掃除をしている。
「そういえば、星野さん」
「なんでしょうか、松田くん」
鉛筆を戸棚にしまいながら、僕は、少しばかり疑問に思っていたことを口にした。
「安堂さんの友達の女の子、他に2人いたけど、その中にいる……ええと、宇野さん、だっけ……? 確か、星野さんと同中(※同じ中学出身)で、ちょくちょく話もしていなかったっけ」
「……うふふ」
星野さんは、笑って誤魔化すことにしたらしい。ま、良いけどね、どこからの依頼で彼女が動こうが。
それにしてもこの戸棚、床に近い場所にあるので、道具を出し入れする時にしゃがまなくてはならず、ちょっと不便だ。
「星野さん、まだ生きるのに疲れてる最中、ですか?」
全ての道具を片付け終え、立ち上がる。腰をトントンと叩きながら、僕は窓に近付いた。美術室からは、校庭が見える。校門付近に、並んで歩く男女の姿があった。
「疲れてますね」
いつの間にか隣に立っていた星野さんが、僕と同じ方向を見ている。
「でも、ああいう光景を見ると、もう少し頑張ろうかなって思っちゃいます」
並んで歩く2人の間は、まだ微妙に離れている。いずれ、肩が触れ合う程の近さになるのではないかな。やがて校門を抜け、2人の姿は見えなくなる。
「帰りますか」
「帰りましょう」
「帰りに、カフェにでも寄る?」
「良いですね」
僕はひとまず、星野さんと一緒に甘い物を食べようと思った。恋のキューピッド役を無事成し遂げた祝杯をあげよう。
これにて、「山田くんの恋」は終了です。
サクッとバクッと、まずは自己紹介がてら…。
読んで頂き、ありがとうございます!
少しでもお楽しみ頂けましたら、それほど嬉しいことはありません。
どきどき、したいですねー……。
恐怖的などきどきではなく。
次回は、もう少し長く続きます。