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山田くんの恋 (1)

 星野さんのどこにでもいる、普通の女の子だ。ぽやんと下がった瞳が、僕は可愛いと思います、うん。

 でも彼女は、たまに妙な衝動に駆られるらしい。

「生きるのに疲れました」

 ほら、こんな風に。

 別に、何か嫌なことがあった訳でもない。強いて言うなら、2人きりの美術部が寂しいからだろうか。

「だからちょっと私の話に付き合ってください」

 彼女は、僕を見て、にこっと笑った。生きるのに疲れた人って、こんな風に笑うもんだっけな、と僕は考えた。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「それで」

 僕はガタガタとイーゼルをしまいながら、背後で筆を片付けているはずの星野さんに訊ねる。

「今日は何を話すの?」

「山田くんの恋についてです」

 誰だ山田くん。

 しまいかけのイーゼルを放置し、一瞬考える。駄目だ、少なくとも同じクラスには、該当する人間がいない。そして僕は他のクラスの人なんて知らない。

「有名ですよ、山田くんの恋」

「山田くんが急に不憫になってきたよ」

 知ってる? 男子生徒の恋心ってね、結構繊細なんだよ。いや、女子生徒だって同じだろうけどね? でもほら、……分かるでしょう?

 しかし、どうやら星野さんには分からないらしい。山田くんの個人情報が、どんどん漏れてくる。

「山田くん。下の名前は、太郎です」

 あまりにも“例に挙がる名前”らしすぎて、逆に珍しい。山田太郎って。

「山田くんは、1年C組の生徒です」

 同学年か。C組に知り合いっていたっけ。……うーん、思い出せない。

「さて問題です。山田くんは誰に恋してるでしょう」

「今の情報で分かったらエスパーだと僕は思うんだけど、星野さんはどう思う?」

「エスパーですね」

 なら訊かないで欲しい。

 僕は多少乱暴にイーゼルを押し込んだ。決して八つ当たりではない。大丈夫、壊れてはいない。

「山田くんの好きな相手は、ある女子グループの誰かのようです。山田くんはチラチラそのグループを見ているので、片想いの相手は、グループ4人の誰かだと推測できます」

「そんなことまで噂で流れてるの?」

 正直、そっちの方が興味湧きます。山田くんの恋の行方より、気になる。

 イーゼルをしまった僕が振り返ると、案の定、星野さんはスケッチブックを片手に持っていた。ご丁寧に、僕の分まで差し出してくれている。

「山田くんはキチンと部活に入っています。剣道部です」

「……意外と運動得意なんだね」

 文科部かなって思ってたよ、名前の印象で。いや完全な偏見だけども。

 僕はスケッチブックを受け取ると、嘆息した。止めても無駄なのは、これまでの経験上、しっかり分かっているのだ。

「で、剣道部に行くの?」

「はい。流石、松田くんです」

 何が“流石”なのかは分からないが、星野さんは、僕の返事に満足したようだった。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「おー、いいぞ。好きなだけ見てけ。ただし、邪魔にならないところでな」

「ありがとうございます!」

 星野さんは、外面がいい。いや、内面も十分いい子だけど。こういう衝動的な行動をしない限りは。

 剣道部の顧問に、「剣道部の練習風景をスケッチしたい」とお願いし、快く受け入れられた星野さんは、上機嫌だ。そして、僕に耳打ちする。

「あれが、山田くんです。手前から3列目の一番左」

 山田太郎くんは、非常に背の高く、顔立ちの整った男子だった。野性的というよりかは、綺麗な顔立ちだ。なるほど、これなら噂になるのも頷ける。それだけに、名前がなんとなく残念だ。だって、カッコいい名前がすごく似合いそうなのだ。隼人とか、蓮とか、そういう系。

「恋、ねぇ……」

 お相手の女子グループがいないことには、部活動の様子を見ても仕方ない気がするのだが。僕はスケッチブックを捲りながら、首を捻る。

「今日は松田くんに、山田くんの顔を憶えてもらうためなので、いいんです」

 僕の考えを正確に読んだ星野さんは微笑んだ。――つまり、この騒動は、今日一日では終わらないってことだ。

 愕然とした僕を他所に、星野さんは鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌で、鉛筆を動かしていた。いや、実際、ちょっと歌ってた。生きることが楽しくなってきたらしい。……何よりですね。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 星野さんは、1年D組だ。そして僕はA組。滅多なことがなければ、部活動以外では話したりしない。今回のことは、星野さんにとっては、“滅多なこと”に当たるようだ。

 彼女は、昼休みにA組までやってきた。不文律(他のクラスへは、たとえ仲が良い人がいようと、用事があろうと、無闇矢鱈と、無断で、入ってはいけない)を守り、教室にまでは入らず、その入り口から僕を手招きする。

「星野さん、どうしたの?」

 正直に白状しよう。僕は、山田くんのことなんて、すっかり忘れていた。

 寛大な星野さんは、僕の失態をお咎めなしで許してくれたようだ。その代わり、命令が下った。

「“例の件”を確認しにいきましょう!」

 付き合う義理は本来無いのだが、僕はついつい従ってしまう。なんだかんだ言って、僕も野次馬根性が備わっているのだ。それに、2人きりの部員である星野さんと刺々しい関係にはなりたくない。

 A組からC組までは、すぐに辿り着いてしまう。

「さて、どうやってC組に溶け込もうか」

 流石に、他クラス二人組がじーっと山田くんを見ていたら、不審だろう。「言われてみれば、そうですね」と星野さんはポンと手を打った。さてどうしたものか。そのままC組を通り過ぎる。いい案が出なかったので。

 D組も通り過ぎ、廊下の端で立ち止まる。

「……教室の窓、開いてた?」

「廊下に面したB組側の窓だけ開いてましたね」

 2人で顔を見合わせる。

「星野さん、C組に知り合いっている?」

「お任せください」

 少し澄ました顔で、星野さんが微笑んだ。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「佐倉さんはいますか?」

「佐倉? あー、今いねぇなー」

「そうなんですか。困りましたね……」

 星野さんが廊下の窓から男子生徒を捕まえて、(時間稼ぎ)をしている。ちなみに、佐倉さんとやらがいないことは確認済みである。

「C組には知り合いが何人かいるので、最初に教室の中を探すフリをして、その場にいない子の名前を出します」

 もし全員いたら、その時はその時で。

 運良くというべきか、教室にいない知り合いがいたようだ。あとは星野さんの話術頼りだ。

 僕は星野さんの付き添いのフリをしながら、それとなく教室に目を走らせる。

 山田くんはすぐに見つかった。……相手の女子グループも、すぐに分かった。だって、さ。山田くん、流石にそれは注視しすぎだと思うんだ。

 ジ、とひたすら女子グループを見続けている山田くん。その視線の先には、居心地が悪そうにしている女子グループ。

(あぁ、これは……)

 僕は恋愛経験は少ない。少ないというか、ほぼ無い。いや、無いと言い切って差し支えはない。しかしながら、僕は結構、“鋭い”方らしい。どういう状況なのか、ピンと来る。しかも、意外と当たる。それが星野さんにバレてからは、こうして星野さんの“暇潰し”に駆り出されるようになったのだけど。

 僕はしばらく、両者を眺めた。それから、星野さんに「いないなら仕方ないね、他を当たろうか」と声を掛けた。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「4人の内、山田くんが気になっているのは、三つ編みの女子みたいだね」

 放課後、僕と星野さんは、お互い視線は一切合わさない状態で、ガリガリと下絵を描いていた。描いているのは、剣道部の部活風景だ。竹刀と竹刀が交わる瞬間は、見ているだけでビリビリ痺れた。あれは凄い。まずあの気合いのこもった声で、全身が震える。

 湧き上がる創作意欲を、いい感じに落ち着かせるために、僕は話し続ける。

「でも山田くんの方は、自分が探している相手が、彼女だと気付いていないみたいだ」

 カタン、と音がした。おそらく、星野さんが椅子に座り直したのだろう。木製の背が低い椅子は、少しでも座っている人間が動くと、音が鳴るのだ。いや、木製の背の低い椅子が全て悪いわけでは、当然ない。この木製の背の低い(美術室の)椅子が悪いのだ。

「どうして松田くんは、三つ編みの子だって分かったんですか?」

「周りの3人が、さり気なく彼女を彼の視線から守っていたし、彼女が一番ソワソワしていたから。多分だけど、彼女、目立ちたくないんじゃないかな。だから山田くんから隠れてる」

 それから、と僕は首を捻る。

「山田くんのアレは、恋っていうよりも……もう一歩手前の何か、みたいな気がするんだけどね」

 僕が分かったことは、それだけだ。伝えるべきことを伝えた安堵から、少しばかり落ち着いた気持ちで、再び鉛筆を無心に走らせる。

 星野さんから返事が来たのは、僕の話が終わって、しばらく経ってからのことだった。

「そうなんですね」

(…………あー)

 ぴたり、と手が止まる。

 短い返事から漏れ出た感情で、僕は彼女が更に突き進む気でいることに勘付いてしまったのだ。

 そして彼女は、ここから先に僕が来るかどうかは、僕の判断に委ねることにしたらしかった。多分、訊いたら後から、事の顛末は教えてくれるのだろうけど。

 僕は鉛筆を置き、うーん、と身体を伸ばした。そして、降参宣言。

「山田くんがどうして三つ編みさんを気にしているのか、三つ編みさんがどうして山田くんから逃げようとしているのか、僕、知りたいなあ」

 棒読みでそう言えば、星野さんは、嬉しそうに、ふわりと笑った。

「お任せください」

 実のところ、僕はただ、この本当に嬉しそうな顔を見たいだけなんだけどね。そんな本心は、本人にはとてもじゃないけど、言えない。




読んで頂き、ありがとうございます!


休憩のつもりで、書きました。

ですので、主人公二人にも、作者の休憩に付き合ってもらっています。

ちょっと疲れた時に、箸休めのように読める物語になったら、大変嬉しく思います。


よろしくお願いいたします!

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