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夜を越えて巡る朝  作者: トウリン
夜を越えて巡る朝
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鼓舞

『反乱軍』の長、リオン・a・レーヴは、目前に集まった仲間、そして傭兵たちをしっかりとその視界の中に捉え、最初の一言を発した。


「明日、我々は進撃を開始する」


 しばし言葉を切り、リオンはグルリと一同を見渡す。少なからぬ酒の入った彼らの眼差しは、翌日に戦いを控えているという緊張も相乗して強い光を放っていた。

「我々の力は王のものに比べれば、圧倒的に劣る。だが、それを理由に留まるわけにはいかないのだ。ものを見ることのできる眼を、そして、ものを聴くことのできる耳を持っているのならば、この国の圧政に声すら上げられぬ民たちの苦しみを感じることのできぬ者はいないだろう。民一人一人の為だけではなく、この国そのものの為、今を変えなければならぬ」

 その場はシンと静まり返り、咳払い一つ聞こえてこない。

 武骨な男たちは、手の中の杯も忘れているかのように、身じろぎ一つしなかった。

「我々が王に刃を向けるのは、この国を愛すればこそである。皆が笑顔で暮らしていける国、それを創る為の礎となるのだ。我々が投じるのは、小指の先ほどの小石に過ぎないのかもしれない。だが、その小石が作る波紋は、いずれ大波となろう。我々の肉体が一人残らず斃れることになろうとも、我々の目指すものが正しいものであれば、それは永遠に受け継がれていくだろう。ひとは決して飼い慣らされた羊とは成り得ない。独裁は、人間本来の在り方ではないのだ」

 口を閉ざし、軽く眼を伏せた。皆、身動ぎ一つせずに耳を傾けている。沈黙は、リオンの言葉を染み込ませるだけの時間を与えた。


 この『反乱軍』の構成は、大きく二つに分けられる。

 ピシリと姿勢を正し、真直ぐな視線をリオンに向けてくる一団は、かつて同じ人物に忠誠を捧げ、かの人を、命を賭して護り抜こうと誓い合った仲間である。

 一方、粗野な身なりで、その眼差しにリオンを値踏みするような色も含まれている一群は、旗揚げをするのにあたって金で掻き集めた傭兵達であった。

 この企ての当初から付いてきてくれた十二人の仲間たちには、不要の演説だ。だが、自分の声が彼らの心を鼓舞することも、リオンにも解っていた。


 ある種の象徴、それが彼に求められた役割の一つなのだ。


 しかし、いつしか仲間たちの中に宿り始めた、その明らかな崇拝の色。それは時々、リオンに苦い思いをさせる。

 リオンが目指しているものに対しての憧れならば良い。だが、彼個人対して抱かれたものであるならば、これからやろうとしていることは、何と矛盾に満ちたものになることだろう。

 無意識のうちに眉間に寄りかけた皺を後方に立つエルネストに目で指摘され、リオンは再び顔を上げ、続ける。


「そして、傭兵諸君。勝ち目の無いこの戦いに、最後まで我々に付いて来いとは、決して言えない。だが、自由を愛する貴殿らであれば、私の言葉に一片の共感を得てくれるものと信じている。支配、それも、恐怖による支配から解放される為のこの戦いに、抗う術を持たぬ弱き人々に代わって、どうか、その力を貸して欲しい」

 そしてリオンは一歩下がり、深々と腰を折る。

 刹那、場がざわついた。

 通常、身分の高い者に対してなされるその最敬礼に、これまで金持ち連中には捨て駒同然に雇われることが殆どだった傭兵たちはどよめきを走らせる。興奮は徐々に伝播していき、其処此処から「俺に任せろ」や「あんたに付いて行くぜ」などと声が上がり始める。


 傭兵には、確かに自由がある──が、他人に敬われる身分というものは無い。たとえどんなに腕が立とうとも、軍人を見るような眼で見られることは無いのだ。

 人から敬意を向けられることが無いからこそ、強い矜持を持つ。

 他者によって示された敬意に浮かれるのも、無理は無いことだった。

「明日からは厳しい日々が続く。今夜は、皆、ゆっくり休んでくれ」

 ざわめく男たちをグルリと見渡し、リオンは壇上を下りた。擦れ違いざまに肩を叩いてくる彼らに頷き返しながら、その場を立ち去る。


 自分のテントに向かうリオンの隣に、足音も無くエルネストが並んだ。

「見事な演説でした」

 自らの右腕よりも信頼でき、また有能でもある男をチラリと横目で見て、リオンは呟く。

「切に望んだものを与えられれば、人は盲目になる」

 それはかつての己にも当てはまる。自嘲から、リオンの口元は笑みを刻んだ。

「しかし、皆の士気を高揚させることはできましたよ」

 三十歳になる前にこの人の眉間の皺は消えなくなるだろうな、と思いながら、エルネストは言う。

「士気……か。確かに殆どの者にはそうだったようだが、例外もいたようだな。傭兵の中に、随分若い──少年がいたが、彼は冷静そのものだったぞ」

「少年──ああ、彼ですか。傭兵仲間では省吾と呼ばれているようですが。かなり腕が立つとの噂です」

「あの年でか? まだ、十三、四だろう」

「はい。ここ半年ほどで、名を上げてきています」

「あんな子供が、な」

 感心と傷心が半々に、リオンは呟く。

 皆の前に立っていない時の彼の表情は、呆れるほどに読み易い。ましてや、乳兄弟として、生まれた時から行動を共にしてきたといっても過言ではないエルネストには、その心中は、殆ど音声で聞こえるようだった。


「戦いに駆り出されなくても、どの子供も同じようなものです。子供を労働力にしなければ、王の課す税は払いきれない」

 エルネストは真っ直ぐ前を見詰めながら続ける。彼には、リオンがどんな表情をその眼に浮かべているのか、見なくても判った。

「だからこそ、あなたは彼と決別した。そうでしょう?」

「そうだな……」

 至上の存在と思い、かつて自らの剣を捧げた人の姿が、リオンの脳裡をよぎる。それは、彼の命が尽きるその瞬間まで、決して色褪せることは無いだろう。そして、同じほどの鮮明さで彼の心を占めている『現実』も、また。


 エルネストと同じく前方を見据え、リオンは深く頷いた。


「そのとおりだ」


   *


 ――何故、彼らはこんなに浮かれているんだ?


 それが省吾の感想である。


 興奮した男たちを鬱陶しそうに避けながら、雑魚寝とはいえ、省吾は雨露を凌げる寝床であるテントへと足を運んだ。眠気は無いが、他にすることも無い。


 黙々と歩き続ける省吾のその細い両肩に、突然、重みが加わった。

「おいおい、マジでさっさと寝ようってのかい? お前、ノリが悪すぎ」

 肩に乗せられた、自分の腕の三本分の太さはありそうな勁捷の腕を省吾は振り払う──その太さが、なんだか癪に障った。

「あんただって、冷めてるじゃないか」

 ボソリと返す省吾に、勁捷は眼を丸くしてみせる。

「おやぁ? 俺が楽しそうに見えねぇって?」

「そうは言ってない」

 足を止めることなく続けられるやり取りに、テントは近付き、いつしか周囲に人はいなくなっていた。


「俺らの大将は、結構人間を見てるぜ。どうやりゃ有頂天になるか、心得てやがる。ま、あれが本心からであるってんなら、それはそれで大したもんだがな」

 リオンの最敬礼を思い出し、勁捷は肩を竦める。あの物腰は、どう見てもかなりの身分を持った者のものだ。今回のことは、圧政に耐えかねたそこらの田舎百姓が決起した、というわけではないらしい。


「戦う理由なんて、人それぞれってことだな」

 傭兵は所詮ただの駒。雇い主の言うとおりに動くだけだ。今回の雇い主が何を考えて強大な敵に喧嘩を売ったのかは知らないが、取り敢えず、なかなか楽しいことになりそうなことだけは確かである。

「女は現実だけで腹が膨れるようだが、男は夢を喰わなけりゃ生きていけねぇからなぁ」

 そう言った勁捷の眼からそれが本気なのか冗談なのかを見極めることは、省吾には難しいことだった。むっと渋面になった少年を、勁捷は眉を持ち上げて見やる。


「まあ、夢だけじゃぁ、やっていけねぇってのも、現実の辛いとこだけどよ」

 そう言ってゲラゲラと笑っている勁捷には、この胸の内のモヤモヤなど決して解らないだろうと、省吾は益々仏頂面になった。目の前の男に自分と同じ頃があったとは、夢にも思っていないのである。


 何処も彼処もがっしりとした勁捷の身体と、ひょろひょろして不恰好な自分の身体。

 何もかもを笑い飛ばす勁捷と、それらを全く面白いと思えない自分。

 そして、低く轟く勁捷の声と、妙に甲高い自分の声。


 傭兵たちに遠巻きにされていた頃は気に掛けたことも無かったそれらのことが、いやに気に障った。

 自分でも処理しがたいその心を持て余し、省吾はどうにも落ち着かない。


 ──クソッ、何だって言うんだ。


 毒付きを、辛うじて内心のものに留めた。

 一度、チラリと隣を歩く男に視線を走らせる。


 訳知り顔な勁捷の笑いが、無性に癇に障った。

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