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夜を越えて巡る朝  作者: トウリン
後日譚2
22/25

だいすきなのは…

後日譚二話目。

あれから、二年ほどが経ちました。

 目指す村は、もうすぐの筈だった。

 省吾は後ろを歩く小夜を気遣いつつ、木々の間を透かし見る。

 以前あの村を立ち去る時に、辿り着くための目印を教えてもらっていたのだが。

「小夜、大丈夫か?」

 手を差し伸べて問いかけると、小夜はコクリと頷いた。

 丸二日間人っ子一人見かけない山奥を歩いているというのに、彼女の眼差しには不安の陰もない。省吾に全幅の信頼を寄せていることが、その目一つで充分に見て取れた。

「もう着くからな」

 省吾のその言葉に、もう一度小夜は頷く。と、不意に彼女は視線を省吾の向こうへ注いだ。

「小夜?」

 省吾が首を傾げて覗き込むと、小夜は小さな手を上げ、真っ直ぐに、今まで目指していた方向を指差した。

「……何か、来る」

 彼女の言葉に、待つことしばし。

 やがて、ガサガサと茂みを掻き分ける音が近付いてきた。

 何か、動物だろうか。

 省吾は小夜を背中に庇うと、銃を取り出した。安全装置を外して、銃口は下げつつ、いつでも撃てるように構え持つ。

 だが、現れたのは――。

「……省吾?」

 連れ立って姿を見せた三人の男たちのうちの一人が、彼の名を呼ぶ。

「どうも」

「やっぱり……省吾じゃないか!」

 短く返した省吾に、男たちは笑顔を浮かべながら近付いてきた。

「二年振りくらいか?」

「デカくなったなぁ!」

 口々に再会の喜びを口にする彼らに、省吾の口元も緩む。が、不意に背中に温もりが寄り添ったのを感じて、省吾は背後を振り返った。そこには、彼の後ろにピタリとくっついている小夜の姿があった。身長も横幅も成長した省吾の影に、まだ小さい彼女の姿はすっぽりと隠れてしまう。

「小夜? お前も前に会ったことがあるだろ?」

 宥める省吾に小さく頷くが、彼の後ろから出て来ようとはしない。この二年でだいぶ人と触れ合ってはきたけれど、慣れるまでに時間が必要なところは変わらないままだ。

 と、男たちのうちの一人が、ひょいと省吾の後ろを覗き込んだ。

「その子……あの……?」

「ああ。ちょっと、人見知りなんだ」

「へぇ……」

 好奇心丸出しの意識を向けられた小夜が、よりいっそう縮こまっていくのがわかる。省吾は彼女の肩に腕をまわし、自分の長衣の中にくるみ込んだ。

「だいぶあちこち回ったから、そろそろ一箇所に落ち着こうか、と。その方が、こいつにもいいかと思って」

「じゃあ、うちの村に来るのか?」

「ああ。……いいか?」

「そりゃ、大歓迎だ!」

 男たちがワッと沸く。

 それに合わせて腕の中の小夜の身体がびくりとしたが、強張ってはおらず、『イヤな感じ』を受けたわけではないことが判る。

 ――この村なら、きっと小夜も安らげるに違いない。

 省吾はそう確信する。それに頷いたかのように小夜の腕が彼の体にまわされ、彼女はキュッとしがみついてきた。


   *


 男たちの一人が先に村に戻って知らせておいた為か、広場は村中の人間が集まっているかのような騒ぎになっていた。その中から、初老の男が歩み出てくる。

「省吾! 大きくなったなぁ」

 感慨深げにそう声をあげた彼は、この村を束ねる立場のロイ・ブラウンだ。省吾が小夜と出会った戦いで、彼からは多くのことを教わった。省吾は『父親』というものを知らないが、きっと、ロイはそれに近い存在なのではないかと思う。幼い省吾を拾い、傭兵としての技術を教えてくれた老人もいたが、名前も告げずに亡くなった彼は、あくまでも『師』と呼ぶ存在だったので。

「ロイ、久し振り。……小夜?」

 彼に声をかけてから、省吾は腕の中の少女を覗き込む。彼女はジッとロイを見つめ、それからチラッと省吾に視線を移し、再びロイに目を戻した。小夜がそれほどマジマジとヒトを見るのは、珍しい。誰かとまともに視線を合わせることが、あまりないのだ。

「小夜」

 もう一度促すと、彼女は省吾の腕の中からロイに向けてコクッと頭を下げた。

 彼女にしてみたら、ロイは殆ど初対面の相手になるのだから、これが精一杯なのかもしれない。

「……まだ、あまり人に慣れていないんだ」

 小夜の言葉足りなさを補うように、省吾はロイに向けてそう言った。そんな彼に、ロイが笑みを深くする。

「お前も変わったなぁ。護るものが、できたからか……」

 その言い方は、まるきり息子の成長を喜ぶ父親のものである。省吾は居心地が悪いような、それでいて胸を張りたくなるような、不思議な心持ちになった。

 照れ臭さを隠そうと、省吾は用件を伝える。

「俺たち、ここで暮らしてもいいかな」

「それは、もちろんだ。私も嬉しいよ。住む場所は自分で建てないとていかんがな。出来上がるまでは私のところにいるといい」

 そう言うと、ロイは自分の家へ向けて先に立って歩き出した。

「行こうか」

 小夜を見下ろして、促す。彼女は、わずかに口元を綻ばせて頷いた。


   *


 『ソレ』を目にしたのは、省吾が家を建て始めて三日ほどした頃だった。

「ただいま」

 一仕事終えて省吾がロイの家の扉を開けると、小夜がパッと頭を上げた――ロイの膝の上から。そして、いつもどおりタタッと走り寄って、省吾に抱き付く。それを抱き止めた彼を、小夜は不思議そうな顔で見上げてきた。多分、省吾の心中を感じ取ったのだろう。

 ――今の光景は、何だったんだ?

 そう、確かに小夜は、彫り物をしているロイの足元に座り込み、その膝に持たれていたように見えたのだ――いや、そうとしか見えなかった。

 小夜は彼女が身に持つ特異な能力とその生い立ちゆえに、ヒトに対して怯えがある。かなり慣れた者に対しては傍に近付くことはあったが、それでも、触れることは滅多にない。ましてや……。

 省吾の心の中に、モヤモヤと、名状し難い何かが湧き上がる。そんな彼を、小夜は不思議そうな顔をして見上げるばかりだ。

 ――いや、別に、気にすることなんか、ないじゃないか。

 省吾は自分に言い聞かせる。小夜が自分以外に懐くなら、それだけヒトに対して心を開き始めたという証拠ではないか。いつまでも省吾だけとしか触れ合わないのは、決して良いことではない。

「何でもないよ。気にするな」

 そう呟いて、頭をクシャクシャと撫でてやる。ふと気付いて顔を上げると、こちらを見ているロイと目が合った。そこに何か言いたそうな笑みが含まれているのは、気のせいではないだろう。

「省吾?」

 思わずパッと手を放してしまった彼を、小夜はキョトンと見つめる。

「あ……今日の夕飯は?」

 半ばごまかすように、省吾はそう尋ねた。人の心の機微というものをまだあまり解さない彼女は、易々とそれにのってくる。

「うさぎのシチューと、パン」

 そう言った小夜は、どこか得意げだ。

 旅では隊商の護衛をすることが多かった。その中で、小夜は主に料理や洗濯などの手伝いをしていたため、家事の腕もだいぶ上達しているのだ。

「そうか、楽しみだな」

 そう言って笑いかけると、応えるように彼女もニコリとする。まだ『満面の笑み』や『声を上げて笑う』というものは見たことがないが、それでも、小夜はこうやって表情を見せてくれることが増えてきている。そして、その数少ない笑顔を見せるのは、省吾にだけだ。

 ――そう、俺にだけ、なんだ。

 ふと、そう思い、そんなふうにちっぽけなことに何故か安堵を覚えてしまう自分が、省吾には、妙に小さな人間に思えた。


   *


「なぁ……アイツ……随分、あんたに懐いているよな」

 村に居着いてから一月ほどが経った、ある日。村の食料調達の当番が回ってきた省吾は、ロイと共に森の中にいた。得物に狙いをつけながら、何ということはないというふうに、切り出したのだ――さり気なく。

 意識して小夜の行動を見るようになると、やはり、ロイとの密着ぶりが気になった。

 省吾が傍にいる時は、もちろん、彼から離れることはない。

 だが、家を建てている時など、省吾にくっついていられないような時には、必ずロイにピタリと寄り添っているのだ。

 省吾には、その様が、なんだか無性に面白くない。

 ロイのことは省吾も好きだし、すごい男だと思っているし、尊敬もしている。そんな彼の傍にいれば、小夜が安全だということはよく判っている。何より、彼の揺ぎ無い安定感は、彼女にとっても寛げるものになるだろう。

 それはよく解っていた。省吾自身が、ロイといることに心地良さを覚えているのだから。

 なのに、何故、小夜が彼を慕っている姿を見ると、胸の中がジリジリするのだろう。

 自分の心のことだというのに、省吾にはさっぱり訳が解らないのだ。

 常日頃、省吾や小夜のことをじっくりと観察している男は、面白そうに片方の眉を上げる。彼の口元には小さな笑みが浮かんでいたが、省吾は気付かない。ロイが、生真面目な口調で答えた。

「まあ、そうだな」

「……」

 呼吸数回分の、沈黙。

 再び、省吾は口を開く。

「……何でなんだ?」

「何故、とは?」

 省吾の訊きたい事が、この世慣れた男に判らない筈がない。敢えてぼやかしているに違いがなかった。それが判っていても訊かずにはいられない自分が、省吾は悔しい。

「何で、アイツはあんたに懐いてるんだよ? 昼は殆ど、他の女と一緒にいるだろ? でも、彼女たちとは、まだ距離があるじゃないか」

「まあ、そうだな……ほら、逃げるぞ」

 双眼鏡を覗き込みながら、ロイが促した。

 省吾もライフルの照準に意識を戻す。スコープの中では後ろ足で立ち上がったウサギが、空気を嗅ぐようにして、警戒している。

 この男は、何か思い当たる事はあるようだが、教える気は毛頭ないらしい。自ら答えを導き出せということか。

 ――クソッ。

 ライフルから放たれた弾は、見事に――外れた。


   *


 結局、本日の収穫はウサギ三羽に山鳥が二羽。

 それらを土産に、省吾とロイは村へと帰った。

 村の入り口をくぐると同時に、小夜が姿を現す。

「おかえりなさい、省吾」

 小さな声で迎えられ、省吾の口元は緩んでしまう。小夜にはかなり早いうちから二人が戻りつつあることがわかっている筈だが、村の外には決して出ないように言い含めてあるので、省吾が村に足を踏み入れるまで待っていたに違いない。

 村の一員として迎え入れられた省吾は、時々こうして村の外に出なければならない。旅をしていた頃は殆ど離れることがなかったので、初めのうちは小夜の不安がありありと伝わってきていたが、最近はだいぶ和らいできた。それでも、まだ、こうやって待ちかねていたように出迎えるあたり、村に一人で残されるのは、余程心細いのだろう。

「ただいま」

 省吾の返事に、殆ど変わらない小夜の表情がわずかに動く。省吾は、そんな彼女の手を取って歩き出した。

 広場に出ると、井戸の周りに数人の女たちがたむろしているのに出食わす。彼女たちは二人を見ると、にこやかに手を振ってくる。だが、未だに何となく慣れなくて、省吾はぎこちない会釈だけを返した。傭兵生活が長かったためか、男たち相手ならまだマシなのだが、女たちには、どうにも無愛想になってしまう。やはり、ロイが一番気安い相手だった。

 省吾の緊張を受けたのか、小夜の身体が心持ち彼に擦り寄る。

 若干視線を下げ気味に歩いていた省吾は、ヤレヤレと言わんばかりに背後で肩をすくめたロイには気付かなかった。


   *


 ようやく、家ができ上がった。

 要したのは、三ヵ月。

 これで、本当に、省吾と小夜がここで暮らし、生きていく土台ができたというものだ。

「どうだ、小夜? 嬉しいか?」

 省吾は得意げに小夜にそう問いかけた。

「うん。うれしい」

 彼女は、大きく頷いて、花がほころぶように表情を緩めた。紛れもない笑顔に、省吾の心にも温かいものが溢れてくる。小夜のこの顔を見られるのなら、頑張った甲斐があったというものだ。省吾は、深い充足感に包まれる。

 だが、次の瞬間、彼は固まった。

「よかったな、小夜」

 その、ロイの言葉に、小夜が同じように笑みを浮かべたのだ――ニコリ、と。

 ――ええ!?

 省吾の、その心の声が響いたらしく、パッと小夜が振り返る。

「省吾?」

 怪訝そうに見上げてくる小さな顔には、もう笑顔はない。だが、それは、さっきは確かにロイにも向けられていた。

 自分が尊敬している相手に、自分の大事な子が笑いかける。

 それは、全く問題のないことの筈だ。いやむしろ、喜ばしいという結論になるべきだろう。

 だが、その時の省吾の心中は、『喜ばしい』とはかけ離れていた。

 何がどう、とは明言しがたい感情の揺れと共に、強い衝動に駆られる――この、目の前に立ちはだかる男に勝ちたい、と。ロイに対してそんなふうに感じたことは、今までなかったことだった。

 『嫌い』とか『憎い』とか、そんな感情があるわけではなく、ただ、『勝ちたい』――それだけだ。

 まだまだ未熟な今の自分がロイに敵うべくもないことは、充分に承知している。

 けれども、それでも、勝ちたいのだ。

 彼に勝ったその時こそ、本当に小夜を守れる力を手に入れることができたと胸を張れる気がする。

「ロイ?」

 名前を呼ばれて、家を眺めていたロイが振り向く。そのもの静かな眼差しは、省吾の悩みも葛藤も、全て承知しているように見えた。

 気負いなく、省吾はその言葉を口にする。

「俺と、勝負してくれ」

 ロイは一瞬目を見開き、次いで穏やかな笑みを深くする。そして、力強く頷いた。


   *


 それから数年間、この村の男たちは娯楽に事欠かない日々を過ごすことができたのである。

目指せ、オヤジ越え、でした。

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