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夜を越えて巡る朝  作者: トウリン
夜を越えて巡る朝
18/25

宣告

 まず、宣戦布告をしたいというのがリオンの弁であった。


 ゲオルグは、すでにこの場にはいない。しばらく森の中をウロウロし、ほとぼりがさめた頃に、「見つかりませんでした」と戻るつもりだという。

 立場の等しい、だが、取る行動は正反対の相手と対峙し、リオンはもう一度だけ、王との話を希望した。

「私は、単なる反逆者として見られたくないのだ。王に背くことが目的ではなく、王の目を違う方向に向けることが目的なのだから」

 彼独特の真っ直ぐな瞳で一同を見渡す。

「私は王と一対一の話し合いをし、私の理想とするところを王に説きたい」

 そう、もう一度だけ。

 未練だな、とリオンは思った。それは重々承知している。

 だが、言葉で何とかなるなら、そうすべきではないだろうか。

 揺らぐ主人の心境を感じ、エルネストが立ち上がった。

「確かに、リオン様のおっしゃるとおりですね。ただの破壊活動を好む集団だと思われては何の意味もありませんから」

「しかし、どうやるね? どこかへ誘き出すって訳にはいかねぇだろ。あの王様は滅多に城から出て来ねぇしな。かと言って、王宮へ忍び込むのは、この間砦へ侵入したのとは訳が違うぜ」

 至極もっともな勁捷けいしょうの台詞に、リオンは言葉に詰まった。実際のところ、具体的な方策は思い付いていなかったのだ。

「うむ。それが問題なのだ」

「おいおい……考え無しかい」

 勁捷は呆れたように目玉を天井に向ける。

「まあ、それはこれから皆で知恵を出し合うってことで」

 エルネストの援護に勁捷は溜め息を返した。

「あのな、王宮のことなんぞ全く知らない俺たちに、あんたら以上の考えが出てくるわけが無かろうよ」

「突っ込めば何とかなるんじゃないか?」

 省吾の提案は、彼以外の者から一刀の元に斬って捨てられた。

「却下」

 まるで手も足も出ない達磨状態となった、その時、ロイが静かに口を開いた。あまりに穏やかなその口調に、一同が危うく聞き落としそうになったほどだった。


「王宮には王の寝室に通じる隠し通路がある。それを使えばよい」


「何故、貴殿がそんなことをご存知なのだ」

 リオンの声が自ずと尖ってしまったのは、近衛時代の名残であろう。視線も険しく、ロイを見つめた。だが、彼の倍以上も生きている男は、それを静かに受け流す。

「答えは簡単だ。私はかつて王の密偵だったからだよ」

 ロイの告白に、リオンはもとより、エルネストと省吾も少なからず驚きを見せていた。確かに只者ではない物腰をしていたが、それほどのものであるとは思ってもみなかったのだ。

 その場でただ一人納得したような顔をしていたのは、勁捷のみである。これといって確信があったわけではないが、そういうような生業に就いていた者であろうことは薄々感付いていた。

 何度か口を開閉し、ようやくリオンは二の句を継ぐ。


「密……偵、ですと? しかし、税を払えなかった、と……」

「表向きの身分は商人だった。まさか堂々と密偵ですと言い触らすわけにもいくまい」

「だが、それなら税を払えなくとも、罰は……」

「いや、それは理由にはならない。王は極めて公平な方だ。それに、税を払えないのに罰せられない者があってはまずいだろう? 疑われ、密偵であることが知られることになる」

 ロイ以外の者は、言葉を失ってしまう。

 仮の身分に納税を強いる王も王だが、それを払えなければ罰せられても当然だと言い切ってしまえるロイも、彼らの理解の範囲を超えていた。


「密偵の第一条件は、疑われないことだよ」

 何でもないことのようにそう言ったロイを、勁捷はまじまじと見つめる。


 こいつぁ、俺なんぞ足元にも及ばんわ。


 内心での呟きを聞き取ったかのように、ロイが勁捷の視線を受け止め、笑みを浮かべた。


 二人の無言のやり取りには気付くことなく、リオンは息を吹き返す。

「では、そうだな……皆には陽動をお願いする。その隙を縫って、私はロイ殿に教えて頂く通路を使って、王の元まで行こう」

「まあ、そうですね。まさかこちらが隠し通路を知っているとは思っていないでしょうから」

 だが、このエルネストの見解にはロイが異を唱えた。

「いや、私がリオン殿に付いたことには、王はもう気付かれている筈だ」

「それでは、隠し通路は役に立たないと……?」

 肩を落としたエルネストに、リオンが不思議と自信に満ちた口調で断言した。

「私は、王は隠し通路に何も仕掛けていないような気がする」

「『気がする』ですか? 根拠は何処に?」

 その台詞は穏やかなものであったが、エルネストはやや苛立ちを覚えるのを禁じ得ない。ことは自分の命に関わることだというのに、何処まで単純にできているのかと、怒鳴ってやりたくなるのを、抑えた。


「リオン様、もし通路で挟み撃ちにされたらどうするつもりです?私とあなたの二人だけで切り抜けられると?」

 内心は苛々と、だが表面は平常を保ったエルネストだったが、続いたリオンの言葉についに椅子を蹴って立ち上がってしまう。

「私は独りで行く」

「何ですって!?」

「私は独りで行く、と言ったんだ、エルネスト。お前が私のことを案じているのはよく解っている。だが、供を一人でも連れて行けば、王は私の言葉を聞こうとはしないだろう。私が王を信じてこそ、王も私を信じてくださるのだ」

「あなたという人は……!」

 今、この時、エルネストの中では、『こんな莫迦な男はさっさと見捨ててしまえ』という声と、『いや、どんなに莫迦な人でも、この方を見捨てることはできない』という声とがせめぎ合っていた。


 瞑目しているエルネストを、リオン以外の三人は半ば同情を示しつつ見つめる。

 長くて短い、深い葛藤の後、エルネストは無言で蹴り倒した椅子を戻すと、それに腰を下ろした。


「いいです。解りました。私はあなたに付いていくと決めたのですから、最後までそれを貫き通します」

 けれど、と、エルネストは露骨にホッとした顔を見せるリオンに強い眼差しを向ける。

「私は、あなたが王に対して行ったのと同じ誓いを、あなたに対してしているのですからね。もしも、万一あなたが命を落とすようなことがあれば、私もこの首を斬り落としますから、それをよく覚えていてください」

「解っている」

 その真っ直ぐな視線で力強く頷くリオンに、エルネストは本当に解っているのだろうかと、深々と溜め息を吐く。


 脱力しきったその姿にいささか気の毒に思ったのか、ロイがエルネストの肩を叩く。

「私も、リオン殿の言葉は間違ってはいないと思うよ。王は、恐らく隠し通路には何の細工もすまい」

「ロイ殿までそうおっしゃるのならば、きっとそれが正しいのでしょうね……」

 もうどうにでもなれと言わんばかりの風情で、エルネストはそう呟いた。

「そんじゃぁ、もう一回仕切り直そうか?」

 主従の争いに終止符が打たれたのを見て取り、勁捷がやや笑いを堪えながら、一度大きく手の平を打ち鳴らした。

「そうだな」

 頷いて、リオンは王宮の見取り図を描き始める。近衛に上がった時、広い王宮で迷ってはいけないと、必死で覚えたものだった。その出来栄えに感心しながら、ロイがそこに隠し通路を描き入れた。


「入り口は、正面のこの一つしかない。突入した後、三方に別れる。この廊下と、これと、これだ」

 そう言いながら、リオンは真っ直ぐ正面に伸びる廊下と、それに直角に交差する二本の廊下を指す。

「この正面に向かっているのは玉座に通じている廊下だ。当然、最も重要で、あの少女が来るとしたら、ここではないかと思う。ただ、侵入するのは夜だから、絶対とは言えん。こちらの──右のは、主に女の仕事場で、炊事場や洗濯場、風呂場などだ。これが一番手薄だろう。そして、この左に向かうのは兵士たちの休憩所や訓練所などに通じている。人数が最も多いとすれば、ここだな。他にも細い通路が幾つかあるのだが、主なものはこんなところだ」

 リオンに代わり、ロイが説明を付け加える。

「隠し通路の入り口があるのは、炊事場の壁のこの辺り、そこから先は王の寝室へ一本道だ」

 ロイが口を閉じると、真っ先にエルネストが見取り図に指を伸ばした。


「私は、この右のを行きます」

「俺は、この真ん中」

 これは当然省吾である。

「じゃ、俺は余り物か?」

 ぼやいた勁捷を、ロイが宥めた。

「私もその左の廊下を行くよ」

「よし、では分担は決まったな。右と中央の廊下には五人ずつ、残りは左に配置しよう」

 リオンは立ち上がり、右手を差し出す。エルネスト、ロイ、勁捷、そして省吾は、それぞれ己の右手をそれに重ねる。


「あなた方の役割は、あくまでも陽動だ。決して無理はせず、危険と思った時は迷わず退却して欲しい。それだけは強くお願いする」


 果たしてその『お願い』がどれほど実行されるかは各々の理由により甚だ疑問であったが、リオンの言葉に四人は深く頷いた。

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