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夜を越えて巡る朝  作者: トウリン
夜を越えて巡る朝
10/25

まつろわぬ民


 後ろ手に縛り上げられ数珠繋ぎとなった四人が到着したのは、下は赤子、上は四十歳ほどまでの男女で構成されている、人口五、六十人ほどの小さな村だった。


「こんな山奥に、よくこれだけの村を作ったもんだな」

 感心したように、勁捷けいしょう省吾しょうごに耳打ちをする。省吾は頷き、辺りを見回した。

 あれだけ鬱蒼としていた森が突然消え、二十戸ほどの家、そしてかなり大きな畑も見えた。

「ここの長と話がしたい。どちらにおられるか?」

 立ち上がってそう問いかけたリオンに、周囲を取り囲んでいた人垣が、ビクリと半歩下がる。いかにも戦いを生業としているような省吾や勁捷の姿が、不安を覚えさせているのかもしれない。

 リオンの声に反応したのか、人垣が割れ、そこから、この村では恐らく最年長であろう五十歳ほどの男が現れた。


 白くなったものが混じる焦げ茶の髪を首の後ろで束ねたその男は、数呼吸分ほど、四人を眺める。

 波の立たない水面のような眼差しが、リオン、エルネスト、勁捷、そして省吾の順に向けられた。


「彼らの縄を解いてやれ」

 男の言葉に、周囲がざわめく。

「でも……」

「大丈夫だ」

 よほどこの男は信頼を置かれているのだろう。男が力強く頷くと、不安げながらも数名の男たちがリオンたちの縄を解くべく、ナイフを片手に歩み寄った。

「こちらへ」

 解放された四人を短い言葉で促すと、男は先に立って一軒の家へ入って行く。

 リオンとエルネストはすぐにその後を追い、省吾と勁捷はやや遅れてその後に続いた。


 最後に部屋に入った勁捷が扉を閉めると同時に、男が椅子を示した。唐突な訪問者にも戸惑う様子も無く、落ち着いた物腰である。

「どうぞ、座ってください」

 各々の尻が落ち着いたのを見て、男も腰を下ろす。

「私はロイ・ブラウンです。あなた方は?」

「失礼した。私はリオン・a・レーヴ、これはエルネスト・アッシェンバッハ。そして、そちらは──」

「省吾」

「と、李勁捷だ」

 一通りの自己紹介が済むと、ロイがリオンに視線を戻した。

「それで、何の為にこんな山奥まで? この村に住みたいというわけでは無さそうだが」

「率直に申し上げる。今現在の王の治世を改善すべく、私たちに力を貸して頂きたい」

 それだけ言って、リオンは全ての説明が終わったとばかりにロイの返事を待つ。

 だが、それで事情が通じるわけも無く、ロイはやや困ったように、エルネストに目を移す。ロイの当惑は至極当然であり、あまりに簡潔すぎるリオンに内心額を押さえながら、エルネストが言葉を足した。

「それはあまりに率直過ぎます、リオン様。ロイ殿、我々は王の施政を正す為、決起しました。しかし、手が足りません。あなた方は王の圧制から逃れる為、この地まで流れてきたのでしょう? でしたら、他の人々を救う為に我々に力を貸して頂けないでしょうか」

 ロイは口を閉じたエルネストを見つめ、手元に視線を落とし、再びリオンに顔を向ける。

 沈黙は短かった。


「我々は、いや──私は、あなたたちの力にはなれない」

「何故!? 王があの圧制を止めれば、あなた方は国に戻ることができる。こんな不便なところでの暮らしから脱することができるというのに!」

 気色ばんだリオンの言葉を、ロイは薄い笑みでかわす。

「ここでの生活は、あなたが思うほど大変なものではない」

「しかし、それでは、王の下で暮す他の人々のことはどうでもいいと言われるのか?」

「リオン様」

 思わず立ち上がったリオンを、エルネストの声が引き戻した。

「……失礼した」

 ボソリと謝罪を口にしたリオンが腰を下ろすのを待って、ロイは口を開く。


「あなたはかなり身分の高い方のようだな。そして、若い」

 話の筋が解らず怪訝な顔をしたリオンに、ロイは微笑んだ。

「私は、『王の圧制から逃れた』訳ではない。ただ、ある時の税が払えなかったから、国を離れたのだ」

「どういう意味ですか?」

 そう問い返したリオンの横で、エルネストが膝の上に置いた自分の手に視線を落とす。

 ロイは続けた。


「税が払えなければ、子供が殺される。それが現在のあの国の法だ。親を殺しては尚更税が徴収できなくなるが、子供を殺す分には食い扶持が減り、その分税に回せるようになるから、な。だから、私は逃げた」

「そんな政策が間違っているとは思われないのか?」

「思いません」

 ロイの即答に、リオンは意表を突かれる。何か反論しようと大きく口を開き、結局何も言えずにまた閉じたリオンは、エルネストがチラリと自分に視線を走らせたことには気付かなかった。


「リオン殿、あなたは西の隣国、バルディアのことをご存知か? あそこは自由な気風を誇りにしているが、国内では犯罪が横行し、暗くなってからは外を歩くこともできない。北のザヤルツクでは、税は軽い。だが、少しでも気候が狂えばすぐに飢饉となり、この国に援助を求めてくる。他の国も、似たようなものだ。治安の悪さ、飢饉、災害、病、色々なものに絶えず悩まされている」

「しかし……」

「確かに、今の王の治世では普段の暮らしは苦しい。だが、その分、犯罪は稀で、大雨の度に右往左往することもない。そして──病気になれば、国立の病院で安く、優れた治療を受けることができる。この国は近隣の国に比べても、決して小さいわけではない。多くの民を治めるのに、王は最も適切な方法を取っているとは、思わないか?」

 同意を求める言葉と共に、ロイは静かな視線をリオンに向けた。

「ただ、私は、『その時』子供を死なせたくなかったから、今、ここに居るのだ」


 リオンは反論の為の言葉を失う。膝を握り締めた彼に代わり、エルネストが口を開く。

「それでも、私たちは王に弓を引こうと思います。より良い国を創る為に」

 真っ直ぐなエルネストの眼差しを受けて、ロイは瞬きを一つする。

「あなたは……」

 ロイの口を封じるように、エルネストは小さく首を振る。

「……そうか」

 ロイはゆっくり目を閉じ、開いた。

「私は、力になれない。しかし、村の者に話はしよう。中には協力したいと言う者もいるかもしれない」

 そう言うと、ロイは立ち上がった。


「今夜はこの村で休んでいくといい。何なら、この村に住んでも構わない」

「いや、それはできない。私には、私を信じて待っている者たちがいる。しかし、宿は有難くお借りする。かたじけない」

 深く頭を下げたリオンを、ロイはじっと見つめる。

「あなたは、真っ直ぐすぎる」

 ロイの呟きはリオンに充分届かなかった。

「え?」

 何と言ったのか訊き返そうと頭を上げたリオンに、ロイは微笑みだけを返した。

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