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袖触れ合うも多生の縁  作者: 麦子
8/10

7.午後のシュガータイム

梅雨と子猫と不良(?)と天然パーマ、それからそれから。

こんがり焼けたトーストに、昨日買ってきたばかりのマーマレードジャムを塗りながら見た窓の外の天気は、曇り空。今日は午後から雨が降るらしい。



花柄の傘を忘れずに持って歩くいつもの学校までの道のり。バスから降りて、10分ほど歩けば学校へとつづく坂道が見えてくる。最近見つけた近道を通っている途中、にゃあんという鳴き声がした。ブランコと砂場しかない小さな公園の入り口に、よごれた段ボール箱が置いてあった。そこからピョコンと見えたかわいい獣耳。



「捨てネコ…」



近づいて中を覗くと、黒と白の二匹の子猫が寄り添うようにからだをくっつけて鳴いていた。連れて帰りたくなったが、今は学校へ行く時間だ。もし連れて帰ったとしてもわたしのマンションはペット禁止。

ごめんね、と二匹の頭を撫でてから、鞄の中からタオルを取り出してちいさなからだの上にそっとかぶせる。…学校の帰りにまた様子を見に来よう。そう決意して立ち上がろうとしたその時、鋭い視線を背後から感じた。クシュッ、とくしゃみの音が聞こえてきたので恐々と、視線を感じる方向へ身体を向ける。



「ハクシュッ、あーやべ…止まんなくなってきた」



電柱のそばに怪しい男の子がひとり、ガラ悪く突っ立っていた。灰色のパーカーを着て、はちみつみたいな金色の髪がやけに目立っている。年はわたしと同じくらいだろうか。ずず、と鼻をすすりながらその不良っぽい男の子はパーカーについているフードを深くかぶり、白いマスクを装着した。ますます怪しくなる。

ついつい凝視していたら、目が合ってしまった。びくり、とからだを揺らしたのはわたしではなく男の子の方だった。すぐにぎろりと睨まれたが、またすぐに視線を逸らされる。…なんだか気まずい。



「また来るからね」



子猫たちに小声で約束をして、いまだに鋭い視線を送ってくる不良さんを見ないようにしてわたしは公園をあとにした。






教室に着くと、小日向さんがてるてる坊主を大量生産していた。小日向さんの机の周りや教室の窓の外にも、カラフルなてるてる坊主が飾り付けられていて、目がチカチカする。



「おはよう、小日向さん」



作業を中断した小日向さんは、わたしを見るなりウワアアアと泣きながら机に突っ伏してしまった。「雨のバカヤロウ、梅雨のバカヤロウ…」と呪いの呪文のように呟いている。…小日向さんのふわふわとしたくせ毛がいつも以上に自由な跳ね方をしているのに気が付いた。よしよしと撫でてあげると、勢いよく飛び付かれて朝食べてきたトーストが口から出てくるから思った。相変わらずの怪力である。



「わたし…生まれ変わったらお嬢みたいなサラサラツヤツヤで真っ直ぐな黒髪和風女子になりたい」

「なぜそうなるの」

「6月なんてきらいだ〜梅雨なんてだいきらいだ〜〜!」

「おれも天パだけど、けっこう雨すきだけどなあ〜」

「ぎゃあああ」

「ははっ、吉野ビビりすぎだろーおもしれーなあ」



いきなり後ろから頬っぺたをひんやりとした手のひらでぺったりと触られたら、誰だって驚くに決まっている。犯人である太郎先生をギッと睨むと、イェイとピースサインされて、「ごめんな!」と笑って誤魔化された。太郎先生の首にはなぜか小日向さん手作りのカラフルてるてる坊主がつるされている。悪趣味な首飾りにしか見えない。

よく見ると、小日向さんの首にも同じようなてるてる坊主ネックレスがぶらさがっていた。



「なにそれ…」

「いいでしょいいでしょ!はい、吉野嬢のも作ってあるからあげる!」

「い、いらない」

「なんでだよ吉野。これできっと梅雨のじめっとした空気もぶっ飛ぶぞ。きっとお天道さまも拝めるぞ」

「いりません」



ブーブー文句を言う2人に根気負けして、結局もらってしまった桃色のてるてる坊主。太郎先生が書いた不細工な表情がなんとも言えない味をだしている。授業中、その表情を思い出して笑いをこらえるのに必死だった。隣の席の小日向さんは小雨が降り始めたことに拗ねてしまって、午前中の授業はずっとふて寝してた。



お昼休みになっても、いくら声をかけても揺すっても叩いても起きない小日向さんに困り果てていると、とんとんと肩をたたかれた。



「吉野さん、今日日直だよね?」

「う、うん」

「なんかね次の授業で地球儀使うから、日直のひとに持ってきてほしいんだって」

「そうなんだ。わかった、確か資料室にあった…よね」

「うん。世界史の塚本も人使いあらいよねー、自分で用意しろよってかんじ」

「あの、ありがとうね。教えてくれて」

「いえいえー」



話し終わって、ほっと息をつく。まだまだ小日向さん以外のクラスメイトのひとと話すのは緊張してしまう。もう6月にはいったんだから、少しずつ話していけるように頑張ろう。

ひとりで気合いをいれて、資料室へとむかう。小日向さんは多分放っておいてもお腹が空いて起きるだろう。賑やかな廊下を早足で歩いていく。職員室のとなりにある資料室は、なぜか鍵が開いていた。不思議に思いながらも、扉をひらく。



「失礼しまーす…」



入った途端、ほこりっぽい空気にむせる。でも次の瞬間には、息をするのを忘れていた。

しとしとと降る小雨の音しか聞こえない資料室。奥にあるたくさんの本が積まれた机に、誰かが顔を埋めて寝息を立てていた。運が悪いことに、地球儀もその机の上に置いてある。足音をたてないように一歩一歩、ゆっくり歩いていく。

近づくにつれて、居眠りしているひとが誰なのかがわかってしまって、ますます呼吸をするのが苦しくなった。寝癖みたいな跳ねっぱなしの髪の毛を確認して、やっぱりと思う。



「太郎先生」



寝返りをうった先生の横顔が薄暗い室内に映えている。もっと、近くでみたいな。自然とそんな恥ずかしいことを考えてから、誤魔化すように地球儀をくるくると回した。しゃがみこんで、顔を覗き込む。先生は、まだ起きない。

眠っていても、ふにゃりと顔を緩ませている。太郎先生、と小さく名前を呼んでみる。起きてほしいけど、起きないでほしい。矛盾している気持ちがふわふわと浮かんだまま消えない。

雨の湿気で、くるんと揺れる先生の茶色が混じった黒い髪の毛。まるまっている毛先につんつんと指先で触れてみる。なんだか、かわいいな。



「おれには、よしよしって頭撫でてくれないの?」



かすれた声に、心臓が口から飛び出るかと思った。のびてきた腕に、逃げ切れなかった右手が捕まった。寝ぼけた瞳が、真っ赤に染まるわたしの顔をやわらかく捉えている。



「い、いつから起きてたんですか」

「ついさっき。なんだよ吉野、おれの寝顔わざわざ見にきたの?」

「ちが…、ちっ地球儀を、とり、取りに…」

「ふーん」



右手がやっと解放されて、少し先生と距離をとる。なにびびってんだよ、なんて楽しそうに太郎先生が頬杖をついて笑っている。まだ声が眠たそうだ。

んーと背伸びをした先生が「ほら」と旋毛を見せるようにしてわたしの方へ頭を下げた。



「な、なんですか」

「触っていーよ」

「は?」

「ん?おれのこの天パに触りたかったんだろ?どーぞどーぞ、気が済むまで撫でてください」

「さっ、触らない!」

「なんでだよー、じゃあ代わりにおれが吉野の髪の毛触っちゃうぞー」

「なっ、なんでそうなるんですか!」



だらしなく座ったままの先生が、おいでおいでと手招きする。警戒しながらも、さっきよりもちょっと先生に近づくわたしを見て太郎先生はまたクスクスと笑った。

当然のように、片方のみつあみを摘まれる。



「吉野の髪の毛、いいよな。真っ直ぐだ」

「生まれつきです」

「なあ。このおさげ、ほどいてもいい?」

「やめてください」

「ちぇーっ」

「先生。前から疑問だったんですけど、ひとの頭をすぐに撫でるのって癖なんですか」

「へ?いや、癖っつーか…うーん…」



ちらりとわたしを見て、首を傾げて悩みはじめる。そんなに難しい質問だっただろうか。



「そういや、なんでだろうな。わかんない」

「なんですかそれ」

「うん。でも…」



わたしのおさげをいじる手を一度やめてから、見上げてくる真っ直ぐなまるい眼を見つめ返した。

先生から何気なくぽろりと言われた言葉に、ついに呼吸がとまる。



「ただ、触りたいと思うから触ってるだけなんだけどなあ。それじゃ、だめ?」



何も言えなくなって、ただただ口を開けたまま放心するわたしを放置して、うーんと真剣に悩み出した太郎先生の興味はすぐに、窓の外にうつってしまった。



「吉野、空見てみ。晴れてきた」

「え?」

「すげーなー!てるてる坊主様々だな!」

「…ほんとだ」


いつの間にか、憂鬱な灰色は姿を消していた。雲の隙間から、だんだんと明るくなってくる空をしばらく太郎先生と窓から顔を出して眺めていた。

横で「虹だ虹だ!」とはしゃぐ先生に呆れながら、わたしはずっとさっきの先生の言葉を思い出していた。深い意味なんて、きっとないんだ。だって太郎先生は、ああいう事をなんでもない風にさらりと言ってしまうようなひとだから。



分かっていても、それでも、心臓はなぜかずっとどきどきしてて居心地が悪い。ああもう、早く消えてよ。さっきのことばも声も、手の感触も。



早く地球儀持って教室に戻らなくちゃとか、小日向さんはご飯食べ終わったのかなとか、そういえばわたしまだ食べてないやとか、そうだ帰りに子猫の様子見に行かなくちゃなあとか、色んな思考で誤魔化してみるけれど、ふととなりを見れば何も考えていない能天気な笑顔に話しかけられてしまうから。



「…憂鬱だ」

「え?なに、吉野?何か言った?」

「雨、また降りませんかね…」

「ええっ!なんでだよ!」



だって、晴れていたら先生の声ばかり聞こえくるんだもの。

雨のバカヤロウ。きみが大声で騒いでくれないと、わたしの心臓の音まで聞こえてしまいそうだ。



「バッカヤローー!」

「おおっ、青春だな吉野!」

「誰のせいだと思ってんですか」

「ん?誰のせいなんだ?」

「……うぜえ」



ちんぷんかんぷんなこの気持ちは今はまだ、保留。




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