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袖触れ合うも多生の縁  作者: 麦子
3/10

2.うっかりしてたね

今日はうっかりしてた。うっかり寝坊して、うっかりお弁当を作ってくるのを忘れてしまった。遅刻ギリギリで校門の前を通り抜けたら、校門の前に立っていた先生たちの中にいた太郎先生が「寝癖ー」と自分の髪の毛を摘んで口をぱくぱくさせていて。慌てて逆立っていた髪の毛の一部を押さえたら、先生は声を殺して笑っていた。

教室について、すぐに髪の毛をお団子にセットして寝癖をごまかした。あとから遅れて教室にはいってきた太郎先生と目が合ったけど、からかわれるのがいやだったからすぐに教室の窓のほうを向いてやった。





お昼休み。一年生の時に一度行ったきりになっていた購買に向かうと、すでにたくさんの生徒でぎゅうぎゅうになっていた。あまりの熱気と人の多さに一瞬怯んだ視線の先に、真っ白なジャージの背中が映る。先頭にいる野球部の群れの間にするすると割り込んで、なにやら購買のおばちゃんと楽しげに話し込んでいる。そんな白ジャージを着た人、太郎先生は後ろに列になっている生徒たちにバシバシと肩を叩かれたりしていた。



「太郎ちゃん、割り込みは禁止だぞー」

「だって、おれお腹空いたんだもん」

「俺らだって空いてんだよ!早くどけっつの」

「太郎せんせーい、あたしデラックスチョコクリームパンが食べたいなー」

「じゃあ俺、日替わり弁当でいいわ」

「えっ、ちょ、待て待てきみたち早まるんじゃない。奢るなんて一言も先生言ってませんけど…」



生徒たちにもみくちゃにされてからかわれても、太郎先生はいつものへにゃへにゃ笑顔のまんまだ。相変わらずわたしは、お昼ご飯を買うことすらできずにぽつんと突っ立っている。ぐう、とお腹が鳴った。



「てか、太郎先生なんでジャージ着てんすか?」

「ああ、これ?聞いてくれるー?おれの不幸話」



ひとりの男子生徒にコソコソと耳打ちする姿からなんとなく目が離せない。聞きおわった瞬間、ぶはーっと男子生徒が吹き出した。「寝呆けてコーヒー溢してスーツ濡らすとか、どんだけだよー!」「ばっかやろ、そんな大声で言うんじゃありません!」…なんて太郎先生らしいエピソードだ。そういえば、よく職員室のデスクの前で首をかっくんかっくん揺らしている先生を見かける。なんであのひと先生になれたんだろう。



またグウウウとお腹が鳴いた。ちらりと購買前の人だかりを見る。今日ぐらいお昼抜きでもいっか、と近くにある自販機に立ち寄って麦茶を購入。ここからでも聞こえる購買の賑やかなざわめきをぼんやりと聞き流して、廊下を歩きはじめる。

くん、と右腕を後ろにひかれて身体が仰け反った。



「吉野、なんで何も買わなかったんだ?」



少しだけ息を切らせた太郎先生だった。片手には膨らんだ紙袋を抱えている。むっとして、ぐるんと顔を背けると太郎先生は不思議そうに首を傾げた。朝のこと、まだ怒ってるんだから。我ながら、なんて子どもっぽい思考。



「どしたあ?ハムスターみたいに頬っぺた膨らませて」

「…指で突かないで下さい」

「だってなんかおもしろいんだもん」

「わたしは不快ですが!」

「怒った怒った。よしよし」

「撫でるな!」



ははっ、と先生は笑う。またばかにして!名前を呼ばれても知らんぷり。黙って腕を振り払ってずんずんと歩くわたしの隣をのらりくらりとついてくる先生にまたイラッとした。ついでに紙袋からただよってくるおいしそうな匂いにもイラッした。



「ついてこないでください」

「なんで?」

「……うぜえ」

「ははっ、吉野はたまに口悪くなるよなー」



尖っていた心が先生の間抜けな笑顔みたいにへにゃりと丸くなりそうになる。本当は嬉しいのに。わざわざわたしを見つけて追い掛けてきてくれたこと。でも素直になれない両足はさらに歩く速度を速めていた。



「吉野、今日はすごく不機嫌だなー」

「いつも通りです」

「そうかあ?…いやでも、朝の寝癖とか…」

「…ねっ、寝坊しただけだもん」

「……あー、なるほど」



急に立ち止まった太郎先生につられて、ついうっかりわたしも立ち止まってしまった。がさごそと紙袋の中を探ってから、「ほい」と無理矢理わたしの両手にジャムパンと焼きそばパンを乗せていく。



「お腹が空いてるから、イライラするんだ。吉野、朝ご飯は?」

「朝ご飯…も、食べてきてません」

「だろ?腹が減っては勉強はできぬ、だぞー」

「戦、じゃないんですか」

「学生の本分は勉強らしいからな。あと、これはおまけ」



ぽん、と置かれたのは一日30個限定のプリンだった。「お金はいらないからね。おれの奢り」と笑う先生につられて、またうっかりして笑ってしまう。さっきは奢らないって言ってたくせに。



「こないだの自己紹介も、お前頑張ってたからな。ガチガチで噛みまくりだったけど」

「…太郎先生」

「あ、ごめん。怒った?今のは…」

「ありがとう…ございます」



太郎先生の真似をしておもいきり笑う。ぽかんと口を開けて、でもすぐに笑顔になる先生に声を出して笑ってしまった。

たまには、うっかりするのはいいのかもしれないなあと思ってしまう。なんて単純な思考回路なの。



「あれ、吉野髪の毛元に戻ってる」

「さっき結び直しました」

「なんで」

「だ、だって…いつもと違う髪型ってなんか恥ずかしくて…」

「そういうもんなの?」



ふーん、と先生がわたしのいつも通りのみつあみをちょんちょんと軽く引っ張る。両手がふさがっているわたしは振り払うこともできずに、じっと待機。



「先生、人の髪の毛で遊ばないでくだ、」

「朝のお団子頭、かわいかったのに」

「……」

「残念だな…ん?吉野?」

「うっ」

「あ、照れてる照れてる」

「て、てて、照れてにゃ、ないです!」

「噛んだ噛んだ。はは、やっぱり吉野おもしれーよ、うん」

「…っ、先生は白いジャージ似合ってませんけどね!」

「ひどいよ吉野!」



今度こそ本気で走りはじめたわたしの後ろで、「廊下は走っちゃだめだぞー!」と走りながら叫ぶ先生は全然説得力がなかった。わたしと太郎先生の謎のおい駆けっこは結局お昼休み終了のチャイムまで続くことになってしまったのだった。それから、不機嫌のまま教室で食べたプリンはとびきり甘くておいしくて、なんだかなあと地団駄したくなるような天気のいい4月のとある日。




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