8、商品
岩村考案、接客マニュアルと、『MOON』の就業規則を目の前に、頭が真っ白になった私・・・。
「まず何でもルールは守らなきゃね!」
就業規則には事細かに禁止事項が書かれていた。
・ヘルプの席では指名の子の了解無しにお客様に自分の番号やメアドを教えてはならない、とか
・ヘルプの席では基本的にヘルプはタバコ禁止(私はタバコ吸わないから、これはあんまり関係ないか)、とか
・店での衣装は週に2日以上、黒色の衣装を着てはいけない(なんでだ?)、とか
・お客様に他の女の子のプライベートな話をべらべらしゃべってはいけない、とか
・無断欠勤は罰金2万円、当日欠勤は罰金1万円、週末・イベント日は罰金2倍(怖わぁあああ!)とか、
・遅刻は30分につき時給の1/2罰金、とか
・イベント日・強制同伴日にノルマ達成できないものは日給半額。数ヶ月改善が見られないものは解雇。(おおおお!?解雇!?)
とかとか色々・・・・・・
まあ、なんとなく理解できるものもあれば、水商売初心者の私には、まだ理解できない規則も色々あった。
時給が破格に良い世界だけど、罰金の内容も破格なのにはちょっとびびった。それにイベント日とか強制同伴日って?????またもや謎の恐怖ワードが登場しちゃったよ。ま、ね・・世の中、そんなに上手い話はないんだよね・・。
「ウチの店は歌舞伎町でも時給が高いお店だけどね、その分キャストのみんなに要求することもレベルが高いんだ。あ、あと規則で重要なひとつが・・・店内恋愛禁止!」
「て、店内恋愛!?お客さんとですか?」
「違うよ!お店の・・・まあ何ていうか、俺たち黒服とか男子従業員。」
岩村はそういって、わざとらしく髪をかきあげた。・・・・正直・・・・・キモい(笑)
「・・・ぷっ・・!無理ですよぉーあははははははは!」
思わず笑い転げてしまった。いや、岩村は別に不細工でもないし、わりとカッコいいほうだと思うけど・・・いや絶対に誰もあり得ないでしょ。宮道とかもっと無理だし!あ、でも・・・店長は割りとカッコイイほうかな。ワイルド系っていうか・・・。
「・・・あのね、ミキちゃん、そこまで笑わないでくれる?」
「ご、ごめんなさい・・だって・・・」
苦笑いの岩村がちょっとふてくされた。
「とにかくね、店内恋愛は禁止。ばれたらキャストは即クビ!男子従業員は罰金100万だからね。」
「ひっ100万・・・ですか!!?」
明らかに桁が違う罰金額に、あごが外れそうになった。
「コンビニだってさ、店員が勝手に店の商品もって帰ったり手をつけたら、いけないだろ?キャストはね、お店にとって大切な商品なんだよ。俺たち男子従業員の仕事は商品を磨き上げてお客様に提供すること。キャストが気持ちよく接客できるような環境づくりも俺たちの仕事。原石を見つけ出して、磨いて、ダイヤモンドにするのも俺たち仕事なんだ。ああ、ダイヤになるには本人の努力も絶対必要だけどね。」
私たちは、商品・・・・・・。そうか、タレントさんや女優さんも自分自身を『商品』として仕事をしている。それと、同じことなのかな?
「素のままの自分で接客勝負できる子は、そういないんだ。だからキャストのみんなには自分を商品って自覚して、自分磨きをしてもらいたいし、キャストとしてお客様が満足するように演じて、接客してもらいたいんだ。おとはちゃん、女優目指してるんでしょ?じゃあ、言ってることって、よく分かるよね?」
「はい。・・なんだか今の説明、凄くよく伝わりました。」
素のままの自分で接客勝負できる子は、そういない・・・か。まりあさんも演じて接客してるのだろうか?いったいどんな『まりあ』としてお客さんの前にいるのか・・。先日飯岡さんの席で一緒になった時は、至って普通の・・私が昔からよく知る由美先輩=まりあさんだった。そういえば学校に居る頃とくらべて、まりあさんは今はテンションが高くなった気がするけど・・・それも『まりあ』を演じ続けてる影響なのかな?
「わかったところで・・・・岩村特製・接客マニュアルを今日から実践してもらうから!!」
にかにかと、もうひとつの冊子を手渡す岩村。
「まりあさんの専用ヘルプといえど、まりあさんがお休みの日やヘルプが間に合ってる時はフリーのお客様や他の子の指名の枝にもどんどん着いてもらうからね!ちなみに。毎週木曜日はまりあさんお休みだから。」
「え?木曜?・・・じゃあ今日は・・・」
今日は間違いないく木曜日だ。
「ビンゴぉ~!じゃあまず、今日は初級編からいってみよっか!」
「ええ~っ」
「このマニュアルはね、おれの7年の水商売人生で学んだものをまとめた、いわば『売れる法則』の集大成!?ふふふ。」
なんだかちょっぴり、この岩村って人は自分に酔ってる感じするんだよねぇ。中身は分からないけど、自画自賛とか・・・・ともあれ、水商売初心者の私にとっては、何でもありがたいことには変わりないのだ。
「よろしく・・・おねがいします・・・」
なんだかよくわからなけど、お店が開くまでの時間に、『岩村特製・接客マニュアル初級編』を、みっちり叩き込まれることになった。