7、担当・岩村
「安い女…」
ヘアメのさっちゃんの通り魔的な一言に、高級ストッキングに浮かれていた私の気持ちは一気にどん底まで落ちてしまった。
そりゃ、高級ブランドの服とかバッグとかアクセサリーなんて、全く持ってないけどさぁ…
そう言い聞かせながらも、昨日店に来た時の宮道の言葉も蘇る。やっぱり私、他の子に比べると貧乏くさいのかな。うう…
浮かない顔でフロアのソファーで待っていた岩村の所へ戻った。
「あ、あれ?すっかりテンション下がっちゃってるけど、どうしたの?」
「あのー…」
先ほどの出来事を岩村に話してみた。
「あー…さっちゃんか。」
岩村は苦笑いをして、ため息をつきながら腕を組んだ。
「ごめんね、ミキちゃん。さっちゃんはね、悪い子じゃないんだけどさぁ…なんていうか、口が悪いっていうか、表現がストレートすぎるっていうか…」
岩村は困ったように苦笑いを浮かべたまま。
「でもねぇ、さっちゃんはああ見えてヘアメの腕は超上手くてね。引っ張りだこなんだ。今日もこの後、新作ドレスのネット通販の撮影にヘアメで呼ばれててさ。知らないかな?ドレス屋の社長兼モデルもやってる姫華ななって子。」
姫華なな…あ、知ってるかも!?キャバ用のドレスのデザインとか、服のデザインもしてる元・キャバ嬢のギャル社長だ。
「その姫華なながさぁ、さっちゃんをメチャクチャ気に入っててね。さっちゃんのヘアメじゃないと絶対にどの雑誌でもテレビでも出たくないっていうんだよね。この歌舞伎町でも、さっちゃんにヘアメしてもらいたい売れっ子嬢や、雇いたい店は沢山あるんだよ。」
「そう…なんですかぁ…」
それであんなに尖った性格なのか。
「まあ、さっちゃんの言動は良いとは思わないけど、さっちゃんは長年、夜の世界の売れっ子を沢山見てきてるからね。言ってることも、結構図星だったり、的を得てる事が多かったりするよ。」
「う…」
私の貧乏臭いのは、さっちゃんだけに指摘されたわけじゃない…。わかっちゃいるけど、改めて自分にへこむ。
「まあ、気にしないで。さ!ミーティングするよ!ミキちゃんには今日からしっかり頑張ってもらうから、お店のルールとか色々説明するから!」
「は、はい。」
岩村は目の前に新品のファイルと、新品のノート、ホチキス留めしてある薄い冊子を2冊並べた。
「今日からミキちゃんの事は、俺が担当としてしっかり育てるから!これは今日からミキちゃんに使ってもらう名刺ファイルと、顧客管理ノート、うちの店の就業規約と、俺が作った接客マニュアル!」
「ええっ!?」
「就業規約…お店のルールはしっかり覚えてもらわないと、トラブルの元だからね!いくらまりあさんの専用ヘルプだからって、ルールは一緒だからね!」
た、担当って何それ?それに、名刺ファイル!?顧客管理ノート!??そ、それから就業規約と岩村さんが作った接客マニュアルって、何!?
これ…就業規約と接客マニュアルって、絶対に全〜部覚えなきゃいけないの?
薄手の冊子とは言え、舞台のセリフもこれから覚えなきゃいけないのに、また覚えることが…そう考えたら頭がクラクラしてきた。