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6、ヘアメのさっちゃん

 次の日の朝、目覚めたのは10時過ぎ・・平日にこんなにゆっくり起きたのは久しぶりだ。

「稽古は明日から、かぁ・・」

 出演が決まった舞台の稽古は明日の夕方から。大体夜9時には稽古は終わる。稽古場も中野近辺とあって新宿と近いこともあり、稽古後急げばなんとか『MOON』には出勤できそうだった。そのあたりの時間の融通なども、今日出勤してから店長と色々話す予定。

 今まで働いていたファミレスは、この舞台のオーディションの為に突然休んだ為、先週であっさりクビになっている。ぶっちゃけ夜の仕事が嫌だとか、合わないとか、そんなことを言ってる余裕は無かったのだ。それに・・・

「チケットノルマ40枚かあぁ。」

 3,500円のチケットを40枚=14万円、いきなり今月末には必要なわけだ。もちろん、40枚分全部定価で売り切れば全く問題がないのだが、そうもいかない。だいたい芝居仲間でチケットをお互い売りさばく時は、若干値下げして買ってもらう。定価3,500円なら、良くて3,000円かな?もちろん知人・友人に買ってもらう時も、なんだかんだ定価では売らない。安く売っても枚数売って観に来てもうら方がなにかと良いからだ。ある程度知名度のある俳優さん・女優さんなどは中規模の劇団の公演チケットな、手売りで200枚以上さばいたりするという。もちろん、その人のチケット販売数=いい役・・という図式が無いわけではない。舞台だって赤字がでるよりは黒字のほうがいい。商業演劇なら儲からなければ意味は無い。そう考えればチケットが売れる役者と売れない役者、どちらが選ばれるか・・・わかりきったことだ。

 もちろんそれは舞台だけではなくて、映画やドラマでもそう。実力はさておき、集客が見込める人、数字が取れる人にオファーが集中するわけだ。

 舞台に話を戻すけれど、チケットを売り切ってから、後でチケット代を制作に納める場合はまだ良いが、今回のようにチケット代を先に納めるタイプだと、自分の蓄えがなければかなり厳しい。もちろん、舞台公演中はリハーサル日を含めてバイトもできないし、衣装代やメイク用品などは基本的には本人の持ち出しなので、いつもよりも稼げないどころかお金がかかる一方だ。売れない役者仲間では借金を抱える人も結構いる。

 今ならまだ11月の初め。週5日くらいでキャバを頑張れば、何とかチケットノルマ分と生活費は稼げるんじゃないかな・・・?と、電卓で皮算用してみた。

 とっぷり日が暮れた頃・・・昨日と同様、7時過ぎに着くようにお店に向かった。一人で初めて足を踏み入れる歌舞伎町。ドキドキしながら早足で、昨日まりあさんと一緒に歩いたゴチャゴチャした通りを抜ける。途中、黒服の男が何人か声をかけてきたが、思いっきり早足で無視して通り抜けた。背後から『無視すんなよ!』とかいう捨て台詞も聞こえたけど・・・そんな言われ方して、誰が止まるか!!と、思いとにかく真っ直ぐお店を目指して歩いた。

「お、おはようございまーす!」

「あ、ミキちゃん、おはよう!今日からよろしくね!頑張って!」

 これもまた、昨日と同じく宮道が店の前を掃除していた。小太りの顔をクシャクシャにつぶして笑った。まったくイケメンではない宮道だが、彼の笑顔はやたら人懐っこい。

「大丈夫?走って来たの?顔赤いし、息切れしてるけど・・・」

「え!?本当に??」

 私、そんなに必死に歩いてたのかな・・・。

「中に入ったら誰かいるから、ヘアメの順番とか聞いてみて。」

「は、はい・・・。」

 ヘアメ・・・?ヘアメ・・ヘアメ・・ああ。ヘアメイクのことか???なんとなく言ってることが理解できたような気はした。知らない言葉が沢山だなー。これも『業界用語』ってことかな??

 店の階段を降りると、ちょうど岩村というボーイがやってきてすぐにヘアメイク・・ヘアメに入るように言われ、メイクルームへ連れて行かれた。もうすでに着替えを終えた女の子がホールにうろうろしていたり、メイクルームで着替えをしていた。メイクルームには昨日のギャルみたいな美容師さん?を含め3人くらいのヘアメらしき美容師さんと、ヘアメイクしてもらってる最中の女の子が居た。

「今日から入店したミキちゃん、よろしくね!この人、ヘアメのさっちゃん!」

 昨日のギャルみたいなヘアメの美容師さん?・・・さっちゃんがちょうど手が空いたので、岩村が声をかけた。そのさっちゃんは表情ひとつ変えずにダルそうにうなずく。

「・・・どんなのにします?」

 気だるそうに私に聞いてきた。ど、どんなのって言われても・・・どんなのがあるんだ??すぐに答えない私にイライラしたのか、さっちゃんは貧乏ゆすりをはじめた。さっちゃんの様子を見て、岩村が口をはさむ。

「ミキちゃんは昨日みたいな盛った巻き髪よりも、ストレートのほうが似合うと思うんだ。髪の色も落ち着いてるし。さっちゃんの腕で上手いこと清純派ストレートヘアにしてよ!」

「・・・はい・・」

 岩村の言葉に、さっちゃんはやる気の無い返事。岩村は『よろしく!』とだけ言い残しメイクルームを後にしたが・・・終始機嫌の悪そうなさっちゃんと私は無言のまま、ただ目の前の鏡を見つめていた。

 さっちゃんは全く笑顔を見せないが色も白くて、かなり可愛い。ショートパンツから見える足はびっくりするほど細くて長い。おめめもパッチリでくっきり二重。目の周りはマスカラだのシャドーだので結構真っ黒メイクで髪は金髪、ぐるぐる巻きの髪。爪もきらきらネイルをしていて、首や手首にはジャラジャラとしたシルバーのアクセサリーをつけている。どうみてもヘアメのさっちゃんのほうが私よりもキャバ嬢らしかった。

「・・・髪の毛、結構長いっすね。」

 ストレートアイロンをあててたさっちゃんが突然口を開いた。見かけによらず、結構声が低くてびっくりする。タバコとかでハスキーボイスになった感じ?

「は、はい!もう1年くらいのばしてます!

 本当は美容室に行くお金が無いだけなんだけど・・・・。確かに気がつけば私の髪は胸の辺りよりも長くなっていた。

「・・・結構毛先ばらばらだから、ちょっと揃えたほうがいいかも・・枝毛多いし。」

「・・あ・・・はい・・・・」

 とほほ。プロがみたらすぐわかるんだよね。舞台終わったら美容室行きたいな。

「・・・結構、髪、黒めだから、長いとスゲー重いけど、ちょい明るくしたら色々遊べる長さかな。」

 さっちゃんは手を休める事無く、鏡越しに私を見るわけでもなく淡々と話す。・・・この人、何なんだろう・・??超愛想無くって、ぶっきらぼうなんだけど、言ってることは割りと親切というか・・・

「あの・・このお仕事、長いんですか?」

 実は結構いい人かな?と思って、ちょっと話しかけてみた。

「・・・別に・・・。」

 え、エリカ様か!?

「美容師さんなんですか?」

「・・・・・・・」

 今度は無視ですか・・・。

「や、やっぱりプロは上手ですよねぇ。」

「・・・・・・・・ちっ・・・・」

 こ、今度は舌打ち!!?

二言、三言話して、私は、さっちゃんとの会話を諦めた。それからしばらく私は鏡の前に置いてあったファッション雑誌を見たまま。さっちゃんは手を動かしたまま、無言の時間が続いた。

「はい、終わり。」

 程なくして、ぶっきらぼうにさっちゃんが言う。

「あ・・・・」

 目の前の鏡には昨日とは別人の私が居た。昨日は違和感たっぷりで頭が浮いていた状態だったが、今日は全然違う。ほんの少しだけ頭の後ろだけを盛ったストレートヘアで、とってもナチュラルで清潔感があった。

「ありがとう、ございます・・」

 私は、ダルそうに椅子に座るさっちゃんに礼を告げてメイクルームを出た。さっちゃんはため息をついて返事すらしてくれなかったが・・・。

メイクルームを出たところで私は早速岩村に捕まり、今日のドレスを選んでおいたと無理やり渡されてしまった。

「ね?俺の言ったとおりこの髪のほうがミキちゃんにぴったりでしょ!?だからさ、ぴったりのドレスも選んでおいたから!」

「はあ・・・」

 髪型はともかく、ドレスまで?なんていうか、強引だな。ドレスはちょっと自分で選びたかったんだけど・・・手渡されたドレスは昨日とはイメージの違う真っ白の、短い丈のドレスだった。正直、似合う似合わないよりも、サイズが入るかとかデブが目立つかどうかのほうが気になるんだけど・・・・

 おそるおそる着替えてみる。嫌だな、太ってみえたら・・いやいや、それよりサイズ入らなかったらマジで恥ずかしいんだけど!面接時の履歴書には7号か9号とは書いてみたが、7号は入らない訳じゃないけど、ちょっとキツイ。

「・・・おお」

・・・結構、いいんじゃない!?岩村が選んだドレスは白いシフォン素材のひざ上丈のドレスで、裾はひらひらと、足がちょうど細く見える丈の長さだった。気になるウエストラインはストンとしたデザインで体のラインを拾わずごまかせる。胸元にはひらひらとレースがついてて可愛らしいが、適度に胸の谷間をみせていて、肩紐はシンプルにキャミソールのような感じの細紐。思い切り肩と胸元を出しているので逆にすっきり華奢に見えた。

昨日の紫のドレスと巻き髪は野暮ったく見えたが、今日の自分は結構可愛いんじゃないかと思った。

「良いじゃん!!あ、あとウチの店は生足禁止だから。必ずストッキング履いてね!サイズMでいいよね?あと、サンダルもこの店の使って。」

 着替えた私を見た岩村がストッキングと、白いサンダルをよこした。

「あ、ありがとうございます・・・」

 手渡されたストッキングを見れば・・・・高級ブランドのストッキング!!タダの肌色ストッキングなのに、一足、1,500円もするシロモノだ。いつも二足525円のストッキングの陳列棚から、憧れの目で見ていた高級ストッキングだ。一速1,500円のストッキングなんて誰が履くのよ!?って思ってたけど、まさか私が履けるなんて・・・・・

ごそごそとメイクルームのはじでストッキングを履く。なんというか・・・やっぱり二足525円のストッキングとは履き心地が違う・・・ような気がした。つま先の切り替えが無いとか、お尻部分の切り替えが無いとか・・・そういう細かい部分はよく作られてるとは思った。・・・が、所詮庶民の私には一足1,500円のストッキングの違いと、二足525円のストッキングの違いはよく分からない。伝線しにくいとか、そんなのか?

 生まれてはじめての高級ストッキングを履いた私は、再びフロアのソファに腰掛ける岩村のところへ行こうとした。

「あ・・・」

 ちょうどメイクルームを出た時に、帰り仕度をしたヘアメのさっちゃんと鉢合わせた。もこもこのニット帽をかぶり、黒いショート丈ダウンを無造作に羽織って、これまた無造作にヘアメ用品が放り込まれた大きなバッグを担いでいた。

「お、お疲れ様です・・」

 とっさに頭をさげて挨拶をする。

「・・・・おつかれ・・。」

 怒ってる訳じゃないんだろうけど、相変わらず不機嫌にさっちゃんは答えた。ヘアメの時で、さっちゃんとはあまり会話はできないとわかったので、再び小さく会釈してさっちゃんの横を通り過ぎようとした。

「・・・・その安い時計、合わない。」

「え!?」

 すれ違い間際、さっちゃんが再び口を開いた。こ、この時計・・・確かに高級じゃないけど、20,000円くらいで高校卒業の時、自分へのお祝いに買ったものなんだけどな・・。見た感じもシルバーでシンプルな時計なので色んな服に合うから重宝してたんだけど。

「でも、これは・・・」

 私が言いかけた時、さっちゃんが不機嫌にさえぎった。

「安物ならさ、しないほうがいいっって。・・・金持ちの客に、時計、持ってないって言えばいいじゃん。・・そんなんつけてたら、あんた安モンのままだよ。」

「・・あ・・の。」

「安モンの女の髪なんて、いじりたくないんだけど。」

「・・・・・・・・」

 ポカーンとしている私をよそに、さっちゃんはスタスタと店を出てってしまった。


 安モンの女って・・。店の女の子は十分怖いとは思ってたけど、ヘアメも十分怖いって!!!ヘアメのさっちゃんって、一体何者なの!?なんでいきなり、そこまで文句言われなきゃなんないの!?



『MOON』出勤一日目・・・なんだか、大変な予感がする・・・・・。 





 

 

 


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