4、彼女がナンバーワン
まりあさんのヘルプ・・・・それが私の初仕事だった。
「指名の女の子が他の席に行ってる時とか、着替えてる間、指名嬢に代わってお客様のお相手をするのがヘルプだよ。」
席に案内しながら長身で細面のボーイ・・岩村という若い人が教えてくれた。
「たまに指名の女の子と一緒に接客することもあるんだ。ヘルプの仕事は指名嬢がいない間、お客様を飽きさせないこと。指名嬢を立てる事。それから・・・まあ、後はまだいいか。ミキちゃん、まりあさんの後輩なんだって?じゃあ大丈夫だよ。よろしく!」
「えっ?あ、あの・・・」
気がつけば、数時間前に面接をしたVIPルームに連れてこられていた。
VIPルームに来るお客さんって、い、一体どんな人よぉ!?怖い人とか・・?よく聞く♪チャララ~♪って曲がかかってきそうな人達!?
重々しい気持ちと共に開いた扉の奥には・・美しいピアノのBGMとキラキラ輝くシャンデリア。一番奥の席へと進む。そこには・・・
「こんばんは。はじめましてだよね?」
ソファに座っていたのは、なんとも気のよさそうな、ちょっと太目の・・頭も薄い、ニコニコしたおじさん。50代後半くらいかな?服装はそんなに派手な感じじゃないし、むしろ普段着みたいなトレーナーにスラックス姿だった。
・・・VIPに来るお客さんって、超怖い人ばっかりだと思っていた私は、少し安心した。
「は、はじめまして。さ・・いえ、ミキです。お隣失礼します。」
どうにかこうにか、さっき教えられたばかりのお酒の作り方を思い出し、水割りを作る。氷を静かに入れて・・お酒入れて・・水入れて・・・ええと最後に混ぜるんだっけ。
「そうそう。マドラーで混ぜる時には、片手はグラスに添えてかき混ぜたほうが綺麗に見えるよ。」
私の無言の作業を見守りながら、ニコニコと太目のおじさんが教えてくれた。
「あ。ありがとうございます!いえ、すみませんっ・・・その、今日はじめてでまだ慣れなくて・・」
焦りながらグラスを拭き、おじさんのコースターへ乗せる。おじさんはそれでもニコニコしながら続けた。
「いいのいいの。最初はみんな初めてだから。今日はまりあちゃんから水商売初めての子が来るからって呼ばれちゃってさ。あ、何か好きなドリンク頼んでいいよ。」
「はい・・ありがとうございます。」
まりあさんから呼ばれた???いったいどういう事だろう。結局そのおじさんにドリンクのオーダーの仕方も教えてもらい、どうにかレッド・アイを注文し、ようやくおじさんと乾杯をすることができた。その後はおじさんがニコニコと、先程まりあさんと一緒に行ってきたレストランの事や、美味しかった料理のこと、こないだ行った出張先での不味いレストランの面白話などを話してくれて、私はただただ、おじさんの面白い話に夢中になり、すっかり楽しませてもらってた。
「あのぉ・・・まりあさんから私のこと聞いたって、本当ですか?」
ある程度お酒が進み、話にひと段落ついたところで、私はおじさんに思い切って聞いてみた。
「ああ、そうだよー。まりあちゃんの後輩なんでしょ?まりあちゃんはすっかりベテランだからさぁ。誘い方も上手になってね。ついつい誘いに乗っちゃたよ。僕ね、水商売初心者の女の子が大好きなんだ。」
おじさんはニコニコと、ちょっぴりお酒で頬を染めながら話す。
「初心者が好きっていいうよりは、初心者の女の子の成長を応援するのが好き、なのかな。」
「応援・・・?」
私は半分以下に減ったおじさんのグラスに氷をいれ、また水割りをりはじめた。
「うん。夜のお仕事初めての女の子で、この子は!と思った女の子を指名して、人気嬢になっていくのを応援するのが好きなんだよ。しかもね、面白いことに僕が指名した子はみんなお店のナンバーワンになるんだよね。」
「ナンバーワン!?それじゃあ、まりあさんは・・・」
「はははは。今日入ったばかりじゃまだわからないよね。まりあちゃんは凄く人気があるんだよ。そんな彼女も、最初に会った日は君と同じで初めての水商売、初出勤の日だったんだ。」
ま、まりあさんが、ナンバーワン・・・。確かに、もともとスタイルもよくて、学校でも結構モテてたし、綺麗な顔立ちだとは思ってたけど。まさかナンバーワンとは。
「まりあさん、綺麗ですもんねぇ・・」
思わず感嘆と、どこか諦めの入ったため息をついた。舞台や芸能界もそうだが、夜の世界も、私なんかが働ける世界じゃないのかな、と。
「・・・確かに彼女は綺麗だけどね。必ずしもナンバーワンがお店で一番綺麗だとか、一番可愛いからナンバーワンになれるわけじゃないんだ。僕も女の子を綺麗とか可愛いだけで選ばないんだよね。何ていうかな・・直感かな?この子がどんな成長をするのか見てみたいっていう、只の興味かもしれないけど。まりあちゃんなんて、出会った初日は・・・・」
「ちょっと!飯岡さん!余計なこと教えないでよぉ!」
おじさん・・・飯岡さんと言うらしい。飯岡さんが何か言いかけた時、まりあさんがやって来た。
キラキラとラインストーンが散りばめられた、真っ白いロングドレス。まりあさんの綺麗なボディラインがくっきり強調され、とても素敵だった。くるくる巻き上げた髪はハーフアップにされ、お姫様みたいな小さなティアラがちょこんと乗せられていた。まるで本に出てくるお姫様・・・。恥ずかしいのか、ちょっと顔を赤らめているのが本当に可愛らしいと、女の私でも思った。
まりあさんが飯岡さんの隣に座るので、私は席を移動し、二人の対面のスツールに腰掛けた。
「いいじゃないかー。せっかくミキちゃんの初日なんだから。なぁ?」
「えっ!?いや・・・そのぉ」
私は恐る恐るまりあさんのほうを伺う。
「もう!その話は、お店のみーんなが知ってるから、別にいいんですけど。まりあの中では、もう忘れたい話だったのになぁ・・・」
そういって、まりあさんはちょっと頬を膨らませるた。
「はははは。そう怒るなよ。ドンペリ1本で勘弁してくれるかな?」
「えー。今日はミキちゃんの初出勤の日なのに、ふつーのドンペリ1本だけぇ?」
「まいったなー。じゃあドンペリのゴールドなら許してくれる?」
そんなやり取りが交わされ、目の前にはシャンパングラスとドンペリのゴールドとやらが並んだ。これが・・・TVとかでよく見るドンペリってやつかぁ・・・。なんだか緊張しちゃう。そもそも普通のドンペリとゴールドってどう違うんだろ??
三人で乾杯し、初めてのドンペリのゴールドとやらを飲んだ。なんだかちょっと、苦くてきついお酒だった。
「・・それでね、まりあちゃんの初日。もうびっくりしたよー」
お酒が進みさらに饒舌になった飯岡さんが楽しそうに話す。
「まりあちゃん、初日はミニスカート丈のドレスだったんだよね。初日にかかわらず一生懸命お話してくれて、その時点で結構印象は良かったんだけど・・・僕がトイレに行くので一緒に席を立ったとき、ボトッとね。床に落ちたんだよね。」
「そう。ちょっと店服のドレスの胸元のサイズが合わなくて、ぶかぶかでね・・」
お、落ちた??
「なんだと思う?僕初めて見たよ。ボトッと、肌色の楕円形のものが・・あれが世に言うヌーブラなんだって初めて知ったよ!いやーいい勉強になった!」
飯岡さんと一緒にまりあさんも笑う。
「ね。勉強になったでしょ?ヌーブラはずっとつけてて、汗かくとはがれてきちゃうのよ。もう、本当にはずかしぃー。ミキちゃん、絶対に誰にも言わないでね!」
「は、はい・・・」
笑いたいのをこらえて、控えめに笑いながら返事をした。ヌーブラ落ちるなんて、なかなか無いけどなぁ・・・
「あのまま一緒にいれば、そのうちパンツも落とすんじゃないかと期待したんだけどね。」
「こらっ。ミキちゃん居るんだからエロ禁止!」
まりあさんがふざけて飯岡さんの頭をどつく真似をする。なんか、まりあさんと飯岡さん、本当に仲が良いって感じだ。
「いやー嘘嘘!・・あの一瞬でね、僕の中では決まったんだよ。ヌーブラなんて、そう簡単に落ちるもんじゃないよ。それだけあの日緊張して、冷や汗かきながら接客していたのかと思うとなんか応援したくなってね。ヌーブラも綺麗に手入れされてたようだけど、随分年期が入った物だったし。そりゃあ粘着力も落ちるよ。落とした瞬間、まりあちゃん真っ赤になって泣きそうになっちゃったもんだから、思わずその場でボーイ呼んで『このままこの子を指名する』って言ちゃったよ。まりあちゃんは、ぱっと見た感じじゃ綺麗で華やかで、派手な生活してるように見えるのに、その辺のギャップも好感が持てたのかなぁ。」
飯岡さんはグラスのシャンパンを飲み干し、さらに赤くなった顔をくしゃっとして私に微笑んだ。
「見た目の綺麗さも、ある程度は大事なんだけどね。それだけじゃないんだ、この仕事は。だから面白いし難しいんだよ。」
「見た目だけじゃない・・・・?」
目をぱちくりしている私にまりあさんがささやいた。
「まあ色々、ね。そのうちわかるわ」
色々・・・かあ。そう私がつぶやこうとした時、またもやボーイが現れ、まりあさんに一言何か話すと、まりあさんは私に『じゃあ、またしばらくよろしく♪』とだけ言い残し席を立ってしまった。
見た目だけではないって、一体どういうことなんだろう。一番可愛くて、綺麗な人がナンバーワンになるものじゃないの?ますますもって、夜の仕事への不思議は増えるばかりだった。