35、ドレス新調デー
11月の最後の週末のイベント『ドレス新調デー』
年末に向けてどんどん加速するイベントシーズンにふさわしく、そしてまた新店舗の店長レースの最初のイベントでもあり、とても華やかなイベントの始まりだった。
この日も私は舞台の稽古を終えて、大急ぎで22時過ぎにお店に到着した。もうすでに60分以上のウェイティングのお客様が出ているらしく、すぐに入店できず他で時間を潰そうといったん店を離れるお客様や、列を作ってでも店で待っているお客様など・・本当に店内は大盛況だった。相変わらず店に到着するや否や、仕度を急かされ、さっちゃんにもブーブー文句を言われながらヘアメイクをしてもらい、同時に急ぎでメイクを直す。
今日のイベントの為に、岩村にも前日までに色々営業指導はしてもらったんだけど・・・今日の私のお客さんの来店予定は、残念ながら無い。みんなに今日のイベントの告知メールを送っては見たものの『行けたら行くよ』とか、そんな感じの返信ばかり。返事が来ないものも多かったり。予定があるからいけない、と、はっきり返信されたほうが残念ながらも諦めがつくものだなぁ・・なんて思った。
もちろん、樋口さんにもメールで案内してみたんだけど・・・相変わらず返信は無かった。もう連絡してくれないのかなぁ・・。そんなこともあって、なんだかモヤモヤした、すっきりしない気持ちでフロアに向かった。まあ、いいか・・私はまりあさんの専用のヘルプなんだし。今日はきっとヘルプだけでも大忙しのはずだ。
「おっはよう!ミキティ!!そのドレス、超似合ってるじゃん?」
そう言ってフロントで私を待ち構えていたのは岩村ではなく・・・店長だった。今日はこの日の為に先日アキラちゃんと一緒に選んだ、薄いピンクのロングドレスを着ていた。
「ミキティ、どんどんキレイになってくじゃん。すげーいい女。」
店長がそばに来て、わざとらしく背中をさすってくる。・・・・ま、まさか酔ってる?わけないよね??でも、店長は酒臭いわけでもなく、至ってフツーに、私の背中をさすり、しばらくして何事も無かったかのように手を離した。
「今日は俺が付け回しするからさ!やっぱイベントの日は俺じゃないと、店回せないんだよ!」
フロアをちょっと覗いてみると・・いつも付け回しの岩村は他のボーイさん達と同じようにボトルを運んだりオーダーを取ったり、テーブルの灰皿を交換したりしている。・・店長も付け回ししたりするんだ!?入店してから一度も店長の仕事っぷりは見たことない・・というか、いつも目にするのは酔ってたり、怒鳴ってたり・・まともに仕事しているの見たことないんだけど。大丈夫なのかな・・。
「さ、ミキティ行こうか!!もう随分指名のお客様、待たせてるから。ちゃんと挨拶しろよ。」
「はい・・・え?」
大きく頷いたものの・・・今、なんて??
「ヘルプに着いててくれた子にちゃんとお礼言えよ。」
そう言って店長は強引に私の背中をフロアへ押し出した。
「あの・・指名って、まりあさん指名のお客さん??」
あわただしく席に連れて行く店長に、ちょっと焦りながら聞いてみた。
「は?何言ってんの。お前の指名だよ、ミキティ指名!本指名2本と、いつもの飯岡さんの場内指名で今3本被ってるから!自分の来店くらい把握しとけよ。時間ねえからさっさと挨拶してって!」
「あ・・す、すみません・・」
そう言うか言わないかのうちに席に案内された。
あれだけ営業メールの反応が悪かったので、絶対誰も来ないと思ってたのに・・・。いつもの飯岡さんの場内指名はともかく、ほかの2組のお客さんはいずれも前回の来店の際は確か場内指名をもらっていて、連絡先を交換していたお客さんだった。ちょっと品のいい感じのおじさまと、いつだったか舞ちゃんのお客さんが大暴れした日に、私があわただしく着いたおじいさんだった。
場内指名を本指名にして返すこと・・・・一つ、クリアできたのかな?
そんな事はともかく、私は慌ただしく席に着き、ヘルプに入ってくれていた子にお礼を言い…勧められるままにドリンクを頼み、話をして…指名の席を周り、自分の中ではいっぱいいっぱいに忙しかった。
飯岡さんはいつも通りにニコニコと良いお客さんなんだけど、場内指名から本指名で来店してくれた、品が言いおじさんと、おじいさんも、どちらもとっても穏やかなお客さんで…ちょっと助かった。だって、たった3組指名が被っているだけで、こんなに大変なんだもん。いい感じに話が盛り上がってきたのも関係ナシで次に席に動かされ、ちょっと化粧直ししたいなと思ってもそんな暇はない。混んでることもあってドリンクを頼んでもなかなかすぐに出てこなくて、出てきたとたんに次の席に移る羽目になったり・・・・もちろんその都度、お客さんが不快にならないようにフォローをいれるんだけど・・・今日は常にフォローばっかりしてるかも・・・・目が回りそうだった。
いつも幾つも幾つも指名が被っているまりあさん達って、一体どうしてるんだろう・・?
そのまりあさんがちょうど視界に入ってきた。お客様の送り出しに席を立ち、フロアを横切る。優雅に歩くその姿に思わず釘付けになってしまった。今日はとってもゴージャスなシャンパンゴールドのロングドレスで、いつもはちょっと降ろしている髪をアップにまとめ、小さなティアラを乗せていた。見るからに上質な素材を使ってそうな、それでいてゴテゴテしていないデザインのドレスは、スタイルが綺麗に見えて、品のいい、高級感がある。いつもイベントの時は8万はくだらないというそのドレス・・。今日のドレスが幾らかはわからないけど、私の全身コーデ1万円のドレスとは、やっぱり迫力というかオーラが全然違っていた。まりあさんはどこかの国のお姫様そのもの。
そうなると他の女の子も気になってしまい、接客しながら色々フロアを見渡すと・・ゆいちゃんはいつも黒ばっかりなのに今日はシルバーのロングドレスで大人っぽく、エナさんは相変わらずミニ丈のドレスなんだけど、刺繍とフリルが豪華な真っ白なミニドレスで、可愛すぎてお人形さんみたい。アキラちゃんも一緒に選んだ真っ赤なボンテージ風のミニドレスをバッチリ着こなし美脚をアピールしていて・・今日のドレスは人それぞれちがっていたけど、みんな綺麗で。さらにいつもと違う雰囲気も見れて、見ているこちらも楽しくなってしまう。
「おっはーミキティ~」
ちょっぴり酔ったように陽気な声をかけてきたのはアキラちゃん。指名の席を周り、次に飯岡さんの席に着くというので、一度フロントに来ていた時やっとアキラちゃんと話すことができた。アキラちゃんもまりあさんのヘルプ回りで次の席に移動するところだったらしい。
「今日のまりあさん超~綺麗だよねぇ。みんな気合入ってんだけど、激混みすぎてへとへとだわぁ」
そういいながらアキラちゃんは楽しそうに笑っている。
「今、まだ沢山ウェイティングのお客様いるみたいなんだけど・・・待ちっつったって、その前に店の営業時間終わっちゃいそうだわね。」
そういってアキラちゃんが視線を走らせたお客さんのウェイティング席には数組のお客さんがいた。・・私が出勤してきた時間に比べると大分減ったけど・・・入店できたのか、それとも諦めて帰ってしまった人もいるのか・・・。それでも店内は満席。女の子も足りていないらしい。
「やっぱり今日、そんなに混んでるんだ・・」
おもわずボソッとつぶやいた私に、アキラちゃんが目配せをした。
「?」
アキラちゃんが目配せしたフロアの奥・・・・店内か混んでいるのでよくわからなかったけど・・・ありえない大人数でフロアの奥を陣取り、大騒ぎしているお客さんたち。
「・・あ!?もしかして、奥の席全部!?」
よくよく見れば見知った顔がちらほら。似たような服装、似たような雰囲気のお客さんが大人数。杏ちゃんと凛ちゃんのヤカラグループだった。最初に来店したときよりも、もっと多い!?満席で混んでいて、自分の席だけでいっぱいいっぱいでフロアの奥の席まで気がつかなかったけど、今日もあのグループ来てたんだ!?人数が多すぎてひとつのテーブルにまとめる事ができなかったらしく、あちこちの席にまたがっているので、てっきり別々のお客さんなのかと思ったら・・・全部杏ちゃん・凛ちゃん指名のヤカラグループらしい。
「いくらMOONが大箱の店って言っても、あの人数でオープンから居座られたら・・・ねぇ?まりあさんのお客さんも沢山来店してるから、アタシ達は助かってるけど・・・あの席のに着きっぱなしの子もいるんじゃない?」
「ええっ・・また!?」
おもわず また? という言葉を発してしまい、アキラちゃんがあわてて私の口を押さえる。
「しっ。・・今日は岩村じゃなくって、店長が付け回ししてるからみんな文句が言えないんだよねぇ。何も揉めなきゃいいんだけどさぁ・・」
「おいっ!アキラ!さっさと席戻れって!!!何やってんだ!!」
噂をすれば、影。店長がイライラしながらフロントにやって来た。
「・・あとでね!」
私にしかわからないようにアキラちゃんはそう言うと、まりあさんの席のヘルプにあわただしく戻っていった。私も店長に急かされるままにVIPルームの飯岡さんの席にむかう。
MOONの営業終了時間まであと1時間ちょっとなはずなんだけど。ウェイティングしているお客様もまだ何組もいるけど・・・・大丈夫なのかなぁ・・・