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31、ヤオー

 岩村に案内された15名のヤカラの席。


 どっかりとソファに座り込むその集団は、フロアでひときわ異様な雰囲気を漂わせていた。

「ご指名のミキさんです!」

 岩村に急かされ、席に向かう。

「ご、ご指名ありがとうございます。ミキです…」

 ちょっぴりビクビクしながらジャージ男の隣に座る。その男は、ソファの一番奥のL字の席に深く腰掛け、両手をソフの背もたれの上に乗せ退屈そうに座っていた。

「えっ、ヤオーさん、指名したんすか。」

 隣には、細身でスーツをだらしなく着ているチャラチャラした男が居た。ジャージ男が私を指名したことを知ると、びっくりしたように私をジロリと見る。…どうやら待機席に乱入してきたジャージ男は『ヤオー』と呼ばれてるらしい。そういえば、さっき杏ちゃんも、ヤオーもいるからどうとか…そんな事話してたよね。

「あ?…まーな。女コロコロ変わるとめんどくせぇし。」

 そう言って、ヤオーと呼ばれるその男はタバコを取り出した。私はとっさにタバコに火をつけようと、自分のそばでライターに火をつける。…なんだか最近、この動作が反射的に出てくるようになっちゃったな。条件反射ってやつか。

「…ああ、悪りぃ。俺、人に火つけてもらうの嫌なんだ。」

 ヤオーはそう言って、ジャージのポケットから細身のライターを取り出し、自らタバコに火をつけた。

「あ…ごめんなさい…」

 私は手持ち無沙汰になってしまい、とりあえず灰皿を近くに置いてみた。

 もう既にテーブルには何人か女の子が席に着き、わりと賑やかにしてはいた。待機であれだけ不満げにしていた女の子達も、ニコニコと楽しそうにしている。そんな雰囲気の中、なんだか私とヤオーの席は会話が弾まない・・・。こんなカンジのお客さん、初めてだからどうしていいかわかんないよ・・・。

「オッスー!おまたせぇー!」

 ひときわ大きな声でテーブルに入って来たのは杏ちゃん。私とヤオーの並びに座っていた、店のフロントで色々文句をつけていたリーダーらしき男の隣に座った。

「おつかれーぇ!」

 続いてやってきたのは凛ちゃんだった。凛ちゃんはさっきヤオーに話しかけてた細身の男の隣に座る。

「ヤオー、お久ぁ!元気ぃ!?」

 杏ちゃんが私の隣に座っていたヤオーに声をかけた。

「あ?あーオマエ、まだ生きてたのか。」

 ちらりと杏ちゃんを見たヤオーは、ひどくつまらなそうに答える。

「酒もってこい、酒ー!」

 杏ちゃんの隣のリーダーらしき男がボーイに乱暴に叫び、それに乗じて他の男達も次々と騒ぎ立てる。そんな中でも相変わらずヤオーはむっすりして様子でつまらなそうにソファに寄りかかった。

 運ばれてきたボトルでお酒を作り、キャスト全員のドリンクも頼ませてもらってようやく乾杯。もう結構飲んできたのか、勢いづいてるヤカラ客たちの飲むペースはかなり速くてあっという間に最初のボトルが空いて、次のボトルを注文した。やかましいくらいに盛り上がってるんだけど・・・・私とヤオーはなんだか・・盛り下がってる?ヤオーは乾杯のとき少し飲んだだけで、それっきり全然お酒も飲まないし。色々話しかけるんだけど、なんだか会話が続かなくて。・・・指名したはいいけど、なんだよこの女って思われたのかな・・・。

「・・・あの、もしかして私、つまらないですか?」

「あ?」

 ヤオーがぎろりと睨む。睨まれちゃったけど・・・・ちょっと迷ったけど、でも私はそのまま続けた。

「・・その・・せっかく指名してくれて嬉しいんですけど・・もしかして私のこと、期待はずれって思ってたなら、なんか申し訳ないし。指名料ももらってるわけだから・・。う、うちのお店は凄く素敵なキャストがいっぱいいるので・・・もしかして他にもっと気に入る子がいるかもしれないから・・その・・嫌だったら遠慮なく言ってください・・。」

 言ってみたものの、だんだん声が小さくなってる自分がいた。恐る恐るヤオーをみると、ぎろりとにらんだまま、私の事をじっとみている。・・・やばい、怒らせちゃった!?

「・・お前は俺が嫌なのか?」

「い、いえ!そんなことはありません!!」

 私は大焦りで答えた。周りは大騒ぎで私達の様子に気づくものは誰もいないといった様子だった。

「・・・じゃ、いいんじゃねぇの。」

「・・・え?」

 ヤオーは退屈そうに、座りつかれたのかクビをまわし、大きなあくびをした。

「俺がいいって言ってんだからいいんじゃねぇの。・・・もっとドリンク頼めば?」

「え?・・ええと・・はい・・」

 会話が続かなくて、場が持たなくてがぶ飲みしてた私のグラスは空っぽになっていた。・・頼んでいいって言ってくれるのは嬉しいんだけど・・・私はちらりと杏ちゃんと凛ちゃんを見た。もともと杏ちゃんと凛ちゃんが呼んだお客さんだし・・いくら私も本指名もらってるからって、どんどんドリンク頼んじゃうのも、なんか気が引けるし・・・。

 私がもたもたとしていると、ヤオーがいきなりそばを通ったボーイを大声で呼び止めた。テーブルの一番奥に座ってるから、こうするしかないんだけど・・その大声にテーブルに居たみんなが一瞬びくっとした。

「おい、お前ソルティードッグ飲めんの?」

 ヤオーが私にぶっきらぼうに尋ねた。・・え?ええと・・・飲んだことはあった気がするけど・・どんなんだったかな・・・。

「は、はい!」

 私はとにかく何か返事しなきゃと、そのカクテルがどんなものかよく分かってないまま大焦りで答えた。

「・・おい。こいつのドリンク。・・・お前、名前なんだっけ?」

 ヤオーはボーイを捕まえたまま私のほうを向いた。

「み、ミキです・・」

 大声でボーイを呼び止めたヤオーに気づいたテーブルのみんなの視線が、いつのまにか私達に集中していた。

「ミキのドリンク。ソルティードッグ10杯な。10杯全部今すぐ持ってこいよ。」

「じゅ、10杯!?」

 私が思わず声を上げると、ヤオーはまたぎろっと私を見た。

「・・お前、変わったヤツだよなぁ。」

 一言そう言うと、ヤオーは初めて笑いを浮かべた。席では他のヤカラ客達が再びわいわいと盛り上がってる。

「もっとさあ、欲とかねぇの?」

「欲?」

 きょとんとした私を、ヤオーは面白そうに見ている。

「ドリンク一杯頼めば、その分自分の売り上げにもなるし、幾らかバック入るんだろ?フツー客に頼んでいいって言われたら、ガンガン頼むもんじゃねぇの?」

 ヤオーの言うとおり、キャストがドリンクを頼めば、その分の売り上げも上がるし、一杯につき幾らかのバックも入る。それは本指名料や場内指名料もそうなんだけど。・・・確かにそうなんだけどね。なんだかイマイチまだ一杯飲んで儲けようと思えないって言うか、できないっていうか・・・。

「お前、何年水商売やってんだよ?」

 ヤオーはちょっとからかうように私に聞いてきた。機嫌は悪い様子じゃなくって、むしろさっきより全然よくなってる風だ。

「えっと・・2週間・・3週間くらいになります・・」

「はぁ!?」

 あれ、なんかまずかったかな・・。私はもう一度答えた。

「今月のアタマあたりから、初めてここで・・キャバクラで働き始めたので・・」

「おい、つまんねー冗談言うなよ。」

 思いもかけず、ヤオーは大笑いした。

「じょ、冗談じゃありませんってば!」

 別に怒ることもないんだけど、なんかムキになってしまう。

「おいおい。どこにこんな玄人くさい新人がいるんだよ。マジうける、お前。」

 そういってヤオーはまた笑った。見た目はガタイ良くて色黒で、見るからにおっかないんだけど・・・意外と、そうでもない・・のかな?それにしても玄人くさいって・・・イメチェン大成功ってことで喜ぶべきなのか、どうなのか・・・・。

「おい、お前の名刺よこせ。」

 ヤオーの言葉に私は、はっとした。・・・やばい、私の名刺まだカラ名刺だった・・!あれだけ名刺注文するように言われてて、注文しなきゃって思ってたのに・・私もすっかり忘れてたし。岩村も自分の店長レースのことで忙しくて私の名刺のことなんて忘れてたから・・・

「・・・あの・・これなんですけど・・」

 私は店名のみ印刷されたカラ名刺に、ボールペンで『ミキ』と書いた、なんとも情けない名刺をためらいながら差し出した。

「・・・・ぶっ!・・おいなんだこれ!」

 ひと目見るなり、なんだかもうヤオーのツボにハマってしまったらしく、大笑いをする。・・・なんだか馬鹿にされてるかんじなんだけど。

「うわぁー。超だせぇ!手書き名刺だよ。」

 最悪な事に、ちょうど名刺を取り出した所を、隣の杏ちゃんに見つかってしまい・・凛ちゃんやそのお客さんも一緒になって私の手書き名刺を覗き込んでは大笑いをはじめた。

 しばらくヤオーも身体をよじって大笑いをしている。・・・そんなに笑わなくてもいいじゃん。なんかだんだんイラっとしてくる自分がいた。ヤオーだけならともかく、なんで杏ちゃんや凛ちゃんや、その他見ず知らずのお客さんにまでこんなに笑われなくちゃいけないんだ。そりゃ、さっさと名刺作らなかった私が悪いっちゃ悪いんだけどさ。こんな着きたくもない席について、嫌な思いするなんて本当にイラつく。

 そう思ってるのが顔に出てしまっていたのか、ヤオーは私の様子に気づくと笑いを堪えながら、カラ名刺を私につき返してきた。・・受け取らないなら受け取らないでいいから、本当にもう指名はずしてくんないかな。その言葉が喉まで出掛かった時、ヤオーが先に言葉を発した。

「はは!そう怒んなよ!お前のアドレスと電話番号ねぇぞ。書け。」

 ・・え?・・今、なんて・・?


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