30、杏と凛~2
杏ちゃんと凛ちゃんを引き抜いてきた、宮道のワケ・・・
私が待機席に座って間もなく、それは訪れた。
「いらっしゃいませー!!」
いつもの宮道のどデカい声と、他のボーイさん達の挨拶。それと同時に、どどどっとなだれ込むかのように集団が入ってくるのが見えた。
「…杏ちゃんと、凛ちゃんご指名の15名様、ご来店です!」
ちょっと困ったような声で細田君が、入り口の階段を駆け下りながら、インカムで必死に喋ってる。…今日は入り口に居るのは宮道じゃなくて細田君なんだ?とか、ぼんやり細田君を見ていた私の肩を、アキラちゃんがつついた。
「いや、マジ無理でしょ。アレ。」
「え?」
アキラちゃんが見つめる、今入ってきたばかりの集団は…
雰囲気だけで、私でもわかった。なんか微妙な柄のジャージみたいな服とか、変な縦縞のスーツにセカンドバッグとか、よくわかんないジャラジャラネックレスとか、サングラス?みたいな色付き眼鏡とか、やたらがに股歩きだったり、ギラギラの金の腕時計つけてたり…まあ、ようするに、ドラマなんかでよく出てくる典型的な『ヤクザ』な雰囲気の方々だった。
「あ、あれって…」
私は不安になってアキラちゃんにこそっと囁く。待機席に居た他の女の子達も、何やらコソコソ話してはじめた。
「ヤカラだね。」
「や、やから??!」
短く答えるアキラちゃんに、更に食いついて聞く。ヤカラって・・!?
「んー…。なんて説明しようかな。なんつーか、ヤクザとかヤミ金とか、詐欺師とか…そんな感じの人達?どれも線引きがビミョーだから、まとめて『ヤカラ』って呼ぶ、みたいな。」
や、や、や、ヤクザ!?マジで!?いや、でも本当にそんな人達っぽいしっっ。
嫌だ、このままだと待機に居る子、私も含めてみんな着いちゃうよ…
「ねぇーねぇー。アキラちゃん。ウチの店、ヤカラあんまり入れないんじゃ無かったっけぇ?」
ちょっと離れた位置にいた、大学生のアルバイトの奈々ちゃんがアキラちゃんの近くに寄ってきて、小声で訪ねた。
そういえば、入って間もなくそんなような話を岩村から聞いたかも。『MOON』はお客さんは初来店の時、名刺提示しないと入れないとか、ヤクザ系禁止とか…
「うーん。表向きはねぇ。ぶっちゃけ今だって、常連で綺麗に飲みに来てるけど、仕事の内容は実はヤカラと同じっていうお客様だって居るしね。…マナー悪い人はお断りですよ〜くらいな意味合い?…いかにもアイツ等はマナー悪そうだけど。」
見るとフロントでは、集団のリーダーらしき男が店長と細田君に何やらヤイヤイと注文をつけていた。
困ったような細田君をよそに、店長はニコニコ…というか、ヘイコラと頭を下げて…どうやらリーダーらしき男のワガママを聞いているようだった。
しばらくリーダーらしき男が店長達と話している間に、他のジャージ姿のデカい男が1人、勝手に中に入って待機席までズカズカやってきた。こっちはお客さん立ち入り禁止なのに…。困ったようにジャージ男に何かを言いかけた細田君を、店長はニコニコしたまま引き止める。
「・・・おい、お前は余計な事すんなよ。」
「は、はい・・でも・・」
それでも何か言おうとする細田君の頭を店長は小突き、リーダーらしき男にまたペコペコしていた。
「・・・ふーん」
待機席にやってきたジャージ男は、座っていた女の子をジロジロとなめるように見渡し始めた。
体格が良いっていうか、ちょっとデブめで、色黒で、結構若い感じで、似合わないのにピアスとかしてて、頭は丸刈りで、なんかよくわかんない犬の絵が書いてる変な白いジャージ着てて…全体的にいかついオーラが出まくっていた。
そんなイカツイ風貌で、キャップとか被ってるのはちょっとウケるんだけど。とか思ってしまう。ヤカラと言われながら、本人は出かける前に帽子とか選んで、被ってくる様を想像すると…ちょっと可笑しくてたまらない。仕事はイカツイけど、中身はそりゃフツーの若い男の子だよねー。じゃあ、あのジャージも自分で選んだのかな?あのセンスはナシだと思うけど・・・・
「ふふ…」
独り、笑いを押し殺していたところで…そのジャージ男と目があってしまった。
「・・・」
私はなんとも中途半端に、微笑んだような状態で凍りつく。…やばい。いや、まさか私がそんな事思って笑いを堪えてたなんて…わかるわけないよね?ね?!かなりビクビクしながら、私は微笑みの仮面をつけたまま、そのジャージの男と、しばし見つめ合うカタチになってしまった。
「……お前、指名な。」
「えっ?」
私は微笑みの仮面を付けたまま、凍りついた。…い、今、なんだって!?!
焦って隣のアキラちゃんに助けを求めようと見ると、アキラちゃんも奈々ちゃんも、わざとらしく顔を背けて知らんぷりする。
「ちょ、あ、アキラちゃん!」
「・・しーらないっ」
アキラちゃんも奈々ちゃんも、苦笑いをしながら、わざとらしく顔を背ける。
ジャージの男はそのままフロントへ戻ると、私を指差し、店長に何かを話している。店長は相変わらずヘイコラした感じて満面の笑みを浮かべ、私を見ては何か話していた。指名なんて、冗談だよね!?
しばらくして、15人ものヤカラはフロアへと案内され、消えていく。待機席の子はいつだったかの千葉さんの時のように、急に電話をするために席を立つ子や、トイレに行く子・・・とにかくあの席には着きたくないと、みんなそわそわし始めた。
まもなくして、いつものように付け回しの岩村がフロアから待機席にやって来る。
「はいはいはいはい!逃げてもダメだから。みんな着くからねっ!」
そう言って岩村はそそくさと待機席から逃げようとしていた奈々ちゃんを捕まえる。同時に岩村は次々と待機中の女の子をかき集めてきた。
「杏ちゃんと、凛ちゃん、それから・・ミキちゃん指名の15名様ね!」
岩村の言葉に、私は一気にテンションが下がる・・・・。さっきのは冗談じゃなくって、本気だったんだ・・・
「岩村さぁ~ん。あたし明日の授業のレポートあるからぁ、早上がり希望ー。終電希望ー!」
いち早く奈々ちゃんが手をあげる。
「はいはい、状況次第ね!」
次々と文句をたれる女の子達を、岩村は適当にあしらい、すぐに席に着ける子から、どんどんフロアに連れて行く。ブーたれていた女の子達も、いざフロアに出れば仕事モード。ニコニコと愛想よく席に入って行くのが見えた。こういったあたりはバイト感覚のキャストでも歌舞伎町の有名店『MOON』で働いている以上、ちゃんとプロ意識・仕事意識をもって働いているんだ・・・と感心する。
「ミキちゃん、しっかり頼むよ~!・・ああいった人たちはさぁ、慣れないとやりずらいかもしれないけど、かなり羽振りいいからね!掴んだら売り上げもデカいんだよ!」
他の女の子を席に着かせ、妙にホクホク顔の岩村が私に耳打ちしてきた。
・・・・そりゃそうか。私の売り上げ=成績は岩村の成績になるんだっけ。
本当だったらこの15人のヤカラ客の売り上げは杏ちゃんと、凛ちゃん2人のもの=宮道の成績だったんだけど・・待機席にズカズカやって来た男のいきなりの指名で、私までもが本指名扱いで加わることになったから、売り上げは杏ちゃん・凛ちゃん・私の3人で分けることになるのだ。岩村にしたら、何もせずに宮道の売り上げを奪える結果になったからホクホク顔なのだ。
「いや~正直さぁ、杏と凛がウチに本入なんて反対だったんだけどね~。2人とはブクロの店で一緒だった事があるから良く知ってるけどさぁ、なんていうか色々問題ありなんだけど・・・でもこうやってミキちゃんが杏と凛達の枝をもぎ取ってくれるなら大歓迎だよねぇ~」
そういえば、岩村は前はブクロに居たんだっけか。そんな話を思い出した。
「えー!?杏と凛だけの指名じゃないのぉー?」
聞き覚えのある声が背後でする。背が低い、色白、黒髪のほうの凛ちゃんだ。あからさまに私が本指名として食い込んでいることに、嫌悪感をあらわにしていた。
「・・しょーがないよ。今日はヤオーも一緒だから・・」
ちょっぴりたしなめるように、背が低い、色黒・金髪のほうの杏ちゃんが、私が居ることに気がついたのか、ちょっぴり小声で話す。
「じゃ、先にミキちゃんいこうか!・・・あんなの気にしない!気にしない!」
ちらりと宮道を見て、したり顔の岩村が強引に私をフロアへと急かした。
い、岩村はそりゃいいかもしんないけど・・気にするなっていわれても、気になるってば・・・。フロアに出る前にちらりと宮道たちの様子を見れば、なにやら3人でこそこそ話しているし・・・。
・・・・なんかちょっと・・いや、かなり・・・嫌な予感がする・・・。