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29、杏と凛

 週末。最近忙しくて、なおざりになっていたお客さんへの連絡をしてみた。


 教えてもらった、岩村のマニュアル中級編とやらに習い、日曜日なので家庭のある方には連絡を控え、メールを送れる人にはメールを。電話で話せそうな人には電話をしてみた。もちろん、長電話にならないように注意したんだけど…なかなか終わりにするタイミングが難しくて…一番長いお客さんでは1時間も話してしまった。

『電話でたっぷり話しちゃったら、お店に行かなくてもいいって思っちゃうからねっ!営業電話は短く!簡潔に!』

 岩村の言葉が蘇る。…わかっちゃいるんだけどさぁ…なかなか難しい。それなりに話が盛り上がっての長電話だったので、私もちょっと楽しいなんて思っちゃった。これじゃあ営業電話としては、やっぱり失格かなぁ。

 そう、そして樋口さん…。あれから何度かメールもしたし、電話の着信も残してみたんだけど…返信も電話も無かった。一応、月末のイベントの事はメールでお知らせしてみたんだけど…きっともう無理だろうなぁ。私はなんだか、寂しいような、何ともいえない気持ちだった。そんなに頻繁にお店に来ていたお客さんでもないし、付き合いも浅いんだけど…やっぱり初指名のお客さんだったからかなぁ?連絡が取れなくなる事で、こんなに喪失感があるとは思わなかった。



 週明けて月曜日。いつものように舞台稽古を終えて、ちょっと遅めにお店に滑りこむ。舞台の稽古のほうはイメチェンの力も相まって、以前よりも役に馴染んできたと演出家の先生に誉められて…どうにか順調になってきた。舞台かキャバか、どちらか一つだけでも順調になってくると大分気が楽だな。

 大急ぎで着替えて、メイクとヘアメを終え、待機席へ向かう。…と、待機席に向かう途中、見慣れない女の子達とすれ違った。背が小さい子…エナさんみたいに細くて小さな、ギャルっぽいけど可愛い女の子2人だった。…体入の子なのかな?

 『MOON』は新宿でも大箱の有名店。毎日誰かしら体入の子が居たりする。もちろん、体入してもそのまま本入できる子はなかなかいない。そう思えば、私なんてまりあさんのコネで本入できたようなモノだ。何だかんだ店長にも良い待遇してもらってるし…少しはそれに見合うように、自分なりに成長しないとな・・・なんか申し訳ないかも。

「あ、ミキちゃん!おはよう。」

 ふいに声をかけてきたのは…宮道だった。そういえばいつも入り口付近に居る宮道の姿が今日は無いと思ったら…店内に居たのか。その横にはさっきの小さな女の子二人組。

「今日から本入した、(あん)ちゃんと、(りん)ちゃん!よろしくね!」

 どちらもギャル系雑誌に載ってそうな感じの目の回り真っ黒メイクと、いかにもっていう雰囲気なんだけど…なんか二人、似てるな。メイクがメイクだから同じような顔に見えるのか、体型が一緒だからそう見えるのか・・・双子?みたいに一瞬見えた。色黒で金髪のほうが杏ちゃん。色白で黒髪のほうが凛ちゃんらしい。

 宮道に促されて、杏ちゃんと凛ちゃんはダルそうに頭を下げた。

「…ねがいしまぁーす。」

 言葉もはっきり聞き取れないようなテキトーな挨拶で…そんなに面倒なら、いっそ挨拶されないほうがマシなんだけどな。この二人、すっごい若そう。幾つなんだろう…

「あれ?宮道。新しい子?」

 ちょうどそこへ、お手洗いの為に席をたったと思われるまりあさんが通りかかった。

「まりあさん、今日から本入の杏と凛。よろしくお願いします。」

と、宮道が言い終わるか終わらないうちに…

「うわぁー!!まりあさん!?桜井まりあ!?超きれー!マジ可愛いっ☆」

「あたし達、まりあさんに超〜憧れてんですケド!今月号の『キャバクラ・night』の表紙見ましたぁ★こないだ『小悪魔girl』にも出てましたよねっ!超うれしー!」

 私の時とは別人のような大はしゃぎで杏ちゃんと凛ちゃんは、まりあさんに飛びついた。『キャバクラ・night』は夜のお店専門の情報誌らしい事は知っていたけど…今月号は、まりあさんが表紙なんだ!?ヤバい、知らなかった…やっぱりそういった情報誌もちゃんと見ておかないと。

 なんとなく、失礼なカンジの杏ちゃんや凛ちゃんよりも、夜の仕事について知識も興味も浅かった自分が…ちょっと悔しかった。

「そ、そう。ありがとう…」

 杏ちゃんと、凛ちゃんの迫力に、まりあさんはちょっぴり引き気味で挨拶して、そのままさっさと去っていった。

「マジすげぇ☆オーラとか、ハンパないってカンジぃ?」

「あとで写メ撮らせてくれるかな〜?」

 そんな感じで。キャイキャイ言いながら杏ちゃんと凛ちゃんはメイクルームに歩いていった。・・・なんていうか・・・『MOON』には珍しいタイプの子達だけど・・・本入ってことは正式に働くんだ!?

「・・・あれね。宮道が引き抜いてきたらしーよ。」

 待機席に座った私にアキラちゃんが耳打ちした。

「ブクロの店から引っ張ってきたみたいよ。引っ張ってきた子は自分の担当だからねぇ。なーんかカンジ悪い奴らだけど・・・もしかして、あの子達が宮道の店長レースの隠し玉なのかも・・・?」

 そういってアキラちゃんが見た視線の先には、待機席に座らず、フロント近くで宮道や店長と騒いでいる杏ちゃんと凛ちゃんが居た。

 

 隠し玉・・?杏ちゃんと凛ちゃんが!?『MOON』の雰囲気に、全然合ってない二人だけどな。


 この後、すぐにその理由がわかるようになった。





 

 





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