27、場内クイーン
岩村特製の接客マニュアル中級編とやら・・・・
以前に見せられた初級編に比ると、随分と接客や営業について細かく触れられていた。
「まずね、そろそろミキちゃんに必要なのは『場内を本指にして返す』って事かな!もう場内指名の取り方はバッチリでしょ!?」
岩村が私に指をさし、自信ありげに言い切る。…まあ、確かに毎日場内指名は幾つか貰えてはいるけど…場内を本指にして返すって、どういう事なんだろ??
「場内指名はね、いわば仮契約だから。成績や売り上げ、評価に反映するのは本契約…つまり本指名のみ!本指名がとれないキャストは評価されないって事だよ!」
そう言って岩村は手元のマニュアルを指差して細かく説明し出した。
「場内と言っても色々あるからね。…例えば飯岡さんの席とか。飯岡さんの席での場内指名は、まりあさん本指名のオマケ場内。これは、まりあさんの専用ヘルプとしては良い仕事してる証かな。他にも居るヘルプの中でもミキちゃんが選ばれたって事だしね。」
「はい…」
確かに。まりあさんのヘルプは私の他にも沢山居る。その中でまりあさんの他に、毎回私を場内指名してくれるのは、嬉しい事なのかもしれない。
「微妙になってくるのが、フリー客に着いた時の、その場限りのノリの場内指名。女の子が次々代わるとめんどくさいからという理由でお客様が場内指名したとか、お客様に指名のシステムを説明しないでとった場内指名とか、強引にとった場内指名とか…こういったのは次の本指名につながらない、残念な場内だな。時間の無駄とは言わないけど。本指名に繋がらないとね・・。ぶっちゃけ、その場限りのノリ場内なんて、割と簡単にとれちゃうからね。たとえば…」
岩村は突然オカマのように身をよじって、オンナ言葉で話し出した。
「ええ〜呼ばれちゃったあ〜。あたし、このままココに居ていいですかぁ?離れたくなぁ〜い!」
うわ〜…岩村のキャストの物真似オカマ言葉は気持ち悪いけど…確かにこんな感じの女の子、ちょいちょい見かけるなぁ…。私は営業中のキャストを色々思い返してみた。そういえば、あの意地悪な綾奈ちゃんとか、フリーに一緒に着くとこんな接客してるかも。綾奈ちゃんの場内指名は確かに結構多いな。その割には、本指名はあんまり見たこと無いっていう…
「…ま、こんな風にだな。隣に座ってた女の子に可愛く言われたら、よほど嫌じゃない限り、ここに居ていいよ!なんて言っちゃうだろ。そんな感じでとった場内指名なんて、本指名に繋がらないってのはわかるよね?」
私は大きく頷いた。
「俺の経験則ではね…場内指名ナンバーワンの場内クイーンは、ツカエナイ子率が高い!!!」
「つ、ツカエナイ子率!?」
「そう!!つまりね、場内指名から本指名に返せる実力がある子は、その後も場内指名とる事は多くても、本指名も着実に増えているから自然とフリーに着く回数も減る。そうなれば場内指名をとる回数も減ってくるだろ!?…フリーにある程度着いてるのに、何ヶ月も経っても本指名が無くて、場内指名がやたら多いなんて…場内とっても本指名で返せない、仮契約ばっかりの子って思われちゃう事!!ミキちゃんも、場内クイーンで許されるのは最初だけだよ〜!」
うーん…。なかなか厳しい。今月、飯岡さん以外にフリーの人から沢山場内指名はもらってたけど、本指名に返すなんて考えて営業なんて、あんまりしてなかったな。
「まあ、場内クイーンはアキラちゃんみたいに自他共に認める『スーパーヘルパー』っていうスタンスなら許される話かな。あと、うちのグループの新店の激安店みたいに、キャストに指名や営業をあんまり求めてない店なら、その場のノリがよければそれで良いけどね。」
岩村は更に熱が入った声で続ける。
「だから!場内指名とったところからがスタート。そこからの電話やメールなんかの細やかなアフターフォローや営業で、本指名に繋げていくんだ。もちろん、場内もらえなかったお客様だって、あとからの営業でどうにでも変わる可能性があるからね!!わかったかな〜!?いかに、仕事時間以外の営業も大切かって事さ!!」
「は、はあ…」
「もちろん、お店での営業中の接客は、基本中の基本だからねっ!!お店での接客あってこそ!帰ってからの営業で、また会いたいと思わせる!!!」
「はい・・」
岩村のミーティングは、さすがに店長レースがかかってるとあって、いつもよりも熱が入ってた。もちろん、私以外のキャストともミーティングをしているようで、朝から晩まで忙しそうだった。・・・そんな必死の岩村を見てると、本当に店長になりたいんだなって言うのが嫌でも伝わってくるので・・・キャストたちも岩村の店長レースを全く無視することも出来なく、一緒になって売り上げを伸ばそうと頑張っているような状況だった。
実際のところ、岩村と宮道の担当キャストを比較すると、岩村の担当キャストのほうが売り上げ・指名のあるキャストが多い。ナンバー3のエナさんも、まだ岩村の担当キャストとしているみたいだから・・そんなに頑張らなくても、最初から全然、岩村が有利な気がするんだけどなぁ・・・・。
「そうそう。俺が『MOON』店長になったら、マネージャー業務やキャストの付け回しなんかを細田にやらせたいんだよねぇ。今、色々伝授しているところなんだよ。な?細田!」
ちょっと離れたテーブルで、一生懸命お絞りを畳んだり丸めたりしていた細田君に、岩村は大声で声をかけた。
「・・あ・・・。はい。」
細田君はちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「細田はああ見えて結構ガッツあるからね!俺の弟子として、教育してやってるんだ!」
そういって岩村はまた得意そうに前髪をかき上げた。・・・それにしても弟子って・・・どんだけ自信家。
そんなことを考えながら、自己満足に浸ってる岩村から視線を外したところ、ちょうど細田君と目があった。
「あ・・」
細田君はニコっと微笑む。
「もう、体調大丈夫?」
お絞りを畳む手を休めることなく、細田君は言葉を続けた。
「あんまり飲みすぎちゃだめだよ。」
「・・あ、昨日はありがとう・・。」
またニコっと微笑む細田君だったが・・・なんだか照れくさい。昨日、酔っておんぶしてもらったからなのかな。今まで歳が近くて話しやすいってだけの、アルバイトのボーイだったんだけど・・・。
「・・んん?なんだ、細田とミキちゃん、あやしいなぁ!?」
私と細田君の短いやり取りを見ていた岩村が、割り込んできた。
「おい、店内恋愛は禁止だぞぉ!!」
禁止といいながら、岩村は明らかに面白がって細田君と私をからかい始めた。
「絶対ありませんから!」
「またまた~!俺だけには教えてよ!ね!?昨日なんかあったの!?」
きっぱり否定する私にも、岩村はからんでくる。
「なんにもありませんっ!」
「またまた~!ミキちゃん照れちゃってぇ~~~」
「・・ああもう!岩村さん、うるさい!」
その後は・・・ゲラゲラ大笑いしている岩村にしばらくの時間、しつこくからかわれ、すっかり帰るのが遅くなってしまったのだった。