25、広い背中
「いえーい!!!ミーキティー!!!!」
店長の大きな笑い声と、みんなの歓声が響くVIPルーム。
・・・そう。私はあの後、意を決してシャンパンを一気飲みした。
店長が煽るまま、そのまま立て続けに二杯目、三杯目とグラスを開ける羽目になっていたけど、おかげで店長もすっかり気をよくして、また上機嫌に騒いでいる。一時は張り詰めた空気にどうなることかと思ったけど、私が折れてシャンパンを一気飲みした事で、どうにかまた和やかにはなった。
・・・・ああ、でもさすがに辛い。いきなりシャンパンを立て続けに一気飲みすると、アルコールが回ってくるのも何だか早い。
「・・ちゃん、・・・ミキちゃん!」
ソファにもたれかかってボーっとなっていると、誰かが私の肩を揺すってる。・・あれ?誰か、話しかけてた・・?
「ミキちゃん!大丈夫?」
気がつくと、さっきまで店長が座っていた私の隣にはボーイの細田君が座り、心配そうに氷水の入ったグラスを手渡してくれた。
「・・あ、ありがとう・・・」
冷んやりした氷水は喉を通ると気持ちよく、気分が悪いのも幾分よくなるようだった。グラスの水は、まるで砂漠に落とすように物凄い速さで私の酔った身体に染み込んでいった。・・あー・・生き返るって、きっとこんな事だ・・なんて思った。
「いっぱい水飲んで。アルコールって加水分解だから・・・水分取れば、ちょっと良くなるはず。」
そういって、また新しく氷水を作ってくれた。・・加水・・・分解?・・うん・・なんだかちょっと難しそうだったけど、とにかく水分を採れってことかな・・。
「ラブちゅうーにゅうぅー!!!あっははははは!!!!」
少し離れたソファでは、ホストの男の子達とまりあさんに煽られた店長が、今度は自分で一気飲みを始めていたのが目に入った。一気飲みっていうか、ラッパ飲み!?グラスじゃなくてボトルを手にして飲んでいる。
・・・て・・店長、完全に壊れちゃってるよ・・・。周りに煽られ一気飲みをしては、まりあさんにキスを迫り、また周りに煽られては酒の一気を繰り返していた。オーナーの姿はVIPルームにはもう無くて、店長の様子に随分呆れてたようだから、どこかに行ってしまったようだった。
「・・店長はあんなカンジだから、オーナーが先にミキちゃんの事、送ってけって。・・・さ、今のうちに、急いで。」
細田君はそういって、私に上着を手渡す。ふと、騒ぎの中にいるまりあさんと目が合うと、まりあさんは『早く帰って』というように目配せをし、小さく手を振ってくれた。私はまりあさんに小さく会釈して、大騒ぎしている店長に見つからないようにこっそりとVIPルームを出た。ずっと座っていて気がつかなかったけど、自分でもびっくりするくらい足元がふらふらしていた。
「ミキちゃん、歩ける?車停めた所まで、ちょっと歩くけど・・・」
私の大荷物のバッグと、自分のバッグを片手に持った細田君は、もう片手でふらつく私の身体を支えてくれた。細田君、細いのに・・・私の大荷物まで持たせて悪いことしちゃったな・・。まだにぎやかな店内を抜けてエントランスに向かうと、南波さんとオーナーが立話をしていた。
「じゃ、オーナー。ミキちゃん送ってきますね。」
細田君はオーナーと南波さんに挨拶すると、オーナーから車の鍵を受け取った。
「悪いな、細田。ミキちゃん送ったら一回電話して。このまま解散するかもしれないから。」
ちらりとオーナーはVIPルームのほうに目をやると、ため息をつく。
「ミキちゃんごめんね。林田ちゃんは昔から酒癖悪くて。・・・南波もごめんな。」
オーナーの言葉に、南波さんは軽く笑う。
「いいよ。林田さんの酒乱は昔から慣れてるから。それに随分シャンパンも開けてもらったからね。」
そう言って南波さんは、細田君に支えられてる私にもにっこり微笑んだ。
「ミキちゃん、またね。アキラにもよろしく。お花とご祝儀ありがとうって。・・・酔ってるミキちゃんて、目がうるうるしてて、なんだか色っぽくてドキドキしちゃうね。今度は僕がミキちゃんを送ってあげたいな。」
「あ・・あの・・」
ただでさえ酔って顔が真っ赤な私だったけど、南波さんの言葉にドキドキしてしまい、全身真っ赤になってしまいそうだった。・・・もう、ホストの人って本当に上手だなぁ・・さりげなく交わす言葉の端々に、ドキっとさせられる。普段男の人からこんな風に真正面から褒められたり、ドキっとするような事言われるなんて、なかなか無いもんなぁ・・。
「行こう、ミキちゃん。」
細田君が私の腕を引っ張る
「あ・・・うん。」
ボーっとしていた私は、細田君に身体を引っ張られるようにお店を出た。
ひんやりした空気が、酔って熱くなってる私の身体を包む。朝方だけどまだまだ暗くて、ドアの外には紺色の世界が広がっていた。お店の中とは違う、新鮮な朝の空気だ。
「ちょっと歩くから。車まで頑張れる?」
「大丈夫。」
細田君の言葉に元気に答えてみせた。冷たい空気にちょっと具合がよくなった気がしていたけど・・歩き始めると、また徐々に酔いが回ってくる。
「・・今日はごめんね、ミキちゃん。店長は酔っ払うといつもああなんだ・・」
細田君はまっすぐ前を見て、片手で私を抱えたまま歩く。
「いつもなら、一番下っ端の僕とかが店長のターゲットになってべろべろに飲まされるんだけど・・。今日は宮道さんも岩村さんも、他のボーイも居なくて、僕が運転係だったからミキちゃんの代わりもできなくて・・。ごめん。」
「・・・ううん・・大丈夫。」
あの状況なら、たとえ細田君が飲んでいたとしても、店長の収まりはついてなかっただろうなぁ・・。
店からしばらく歩いたところで、前方にようやくパーキングの黄色い看板が小さく見えてきた。だけど歩いて行くには随分距離があった。それでもパーキングが見えて気が抜けたのか、私はまた急にくらくらとしてきて・・・目の前がちらちらして、なんだか顔から血の気が引けてくような気がした。
「えっ・・?ミキちゃん!?」
そのまま私はその場に座り込んでしまった。
「・・・だめ・・何か・・動けない・・」
どんどん周りの音が遠くなり、聞こえなくなってくる・・・・あれ、何か細田君が話しかけてるけど・・・次第に周りの音が聞こえなくなって・・そのまま目の前が真っ暗になっていった・・・
「・・・・?」
目の前が暗くなって、どれくらい経ったのか・・・。しばらくして気がつくと、なんだか身体か温かい。それに身体が楽だった。
「・・よいしょ・・・。」
細田君の声。・・・・あれ?私、自分で歩いて無い!?
「・・・ああ。ミキちゃん、気がついた?」
いつのまにやら、私は細田君におんぶされていた。
「倒れこんだ時はどうしようかと思ったよ。もうパーキングまで着いたから、車に乗ったら横になってるといいよ。」
「あ、ありがとう・・。」
そういって細田君は朗らかに笑った。・・・細田君って、若くて細身で長身でひょろっとしてて、頼りなげなボーイだと思ってたけど・・結構、力強いんだ・・・。その筋肉質の背中は、普段ヒョロヒョロしているように見える細田君からは想像つかない。そういえば名前が細田っていうから、勝手にヒョロヒョロだって思ってただけかも。・・なんて考えてたら、ちょっとおかしくなってきて、背中の上で気づかれないように笑った。
「あー重たいなあー。」
ため息混じりに、わざとらしく細田君が言い出した。。
「ええっ!?ちょっと、それって!」
急に恥ずかしくなって、私は思わず細田君の背中から身体を離した。
「ははは。重いのは荷物の事だよ、荷物!ミキちゃんじゃないよ。」
「・・・もう!!!」
「うわっっと・・。ミキちゃん暴れないでよ。」
からかうように笑う細田君の耳を仕返しに引っ張り、そのまま細田君の、意外と広い背中に身体を預けた。
ようやくパーキングに着いて車の鍵を開けてもらい、私は後部座席になだれこむように横になる。
・・ああ。なんだか疲れた・・
ほどよく揺れる車の振動が心地よくて、いつのまにか私はぐっすり眠りについていた・・・