24、ハーデス
オーナーのワゴンに乗りこんだ私と、まりあさん。ボーイの細田君が運転手で、助手席に店長、後部座席には私とまりあさん、オーナーといったメンバーで乗っていた。岩村や宮道も一緒に連れて行く予定だったみたいだけど、お店の片付けなどもあるということでお店に残った。・・・宮道は随分一緒に行きたそうだったけど・・・。
「・・・なんだよ、アキラのやつまた来ないのか。」
上野に向かって走る車の中で、携帯をいじっていたオーナーがちょっと残念そうにつぶやいた。まりあさんはそんなオーナーを見てくすくす笑う。
「・・ケイ君も素直じゃないから。いっつも女の子口説くみたいにアキラちゃんに言えばいいのに。」
「まりあちゃん、俺とアキラはそんなんじゃないからね。勘違いしないで。」
あ、オーナーなんかムキになってる?オーナーは子供みたいにちょっとふてくされていた。アキラちゃんも同じようなこと言ってたけど、二人ってどんな関係なんだろ・・・。
暗い夜の街を走る車の中、後部座席ではオーナーとまりあさんと一緒に、他愛もない話をしながら乗っていた。運転している細田君は隣で店長にあれこれ言われてて、ちょっと大変そうだった。聞いてると、店長は自分の昔の自慢話を延々と話しているみたいで・・・昔俺は何人もナンバーワンを育てたとか、酔って上野の池に飛び込んだとか・・・自慢話?と思えるものも沢山あったけど、それでも細田君は一生懸命、相槌をうったりしながら運転している。聞けば、店長はオーナーと『MOON』の近くの居酒屋で新店舗の打ち合わせを兼ねて飲んでいたので、もう結構酔っ払っているらしい。・・・なんか、酔ってセクハラしたり絡んでくる人って、やだなぁ・・。
しばらく走ったところで、ようやく上野に着いた。新宿までとは言わないけど、にぎやかな繁華街。私達は大きな通りで車を降り、細田君は近くのパーキングに車を停めに向かった。
私達は一足先に店に向かう。ちょっと細い路地に入ってすぐに、ずらーっとスタンドのお花が並んだ店があった。壁に打ち付けられた、ぴかぴかのお洒落なシルバーの看板には『club Hades』(クラブ・ハーデス)の文字。
階段をあがり店に入ると、別世界のような喧騒が私を包む。大きな音楽、お客さんや従業員の笑い声、あちこちでシャンパンが開く音、歓声・・・広い店内は深いブルーと黒とシルバーを基調としたクールな内装に、キラキラ豪華なシャンデリア。お店の中にも沢山のスタンドの花や、TVでよく見るシャンパンタワーなんかもあった。
「おう!ケイちゃん!」
私達の姿を見るや否や、奥から背が高い、若い男の人がやってきた。
「遅くなってごめんな。おめでとう!」
そういって、オーナーと若い男の人は握手している。・・・オーナーの知り合いのお店なんだっけか。年のころもオーナーと同じくらいかに見えた。おしゃれなスーツを着て、背も高くて、ちょっと長めの髪の毛を流してて・・・芸能人みたいにかなりカッコいい。こ、これが、ナンバーワンホストってやつ!?
「林田さんも、まりあちゃんも来てくれてありがとう!・・・お、こちらは初めてだね。」
カッコいいその彼が、私のほうを見て、ニッコリと微笑んだ。
「この子はねぇーミキちゃん!ミキティー!!あはははははは!!!!」
酔いどれてる店長が私に圧し掛かり、肩を組んでくる。・・うわ、かなりお酒臭い。私は必死に店長の身体をよけながら、挨拶をした。
「は、はじめまして。ミキです・・」
「はじめまして、ミキちゃん。ここの代表の南波です。あとでちゃんと挨拶に行くけど・・・林田さん、結構飲んじゃってるの?」
ちょっと困ったように南波さんが店長を見た。店長は相変わらず私に圧し掛かり、強引に肩を組んでふらふらしてる。
「あー、こんなんだから、VIPルームにしたんだ。・・・やばくなったら帰らすから。」
そういってオーナーはいぶかしげに店長をみた。店長はお構い無しに大声上げて騒いでるけど・・・
私達は一番奥の、ガラス張りの部屋に通される。壁や柱に、ところどころ鏡があしらわれ、フロアの照明が反射してキラキラしている。『MOON』みたいな内装とはまたちょっと違うけど、TVなんかで見るだけの未知の世界が、そこにはあった。VIPルームに入る手前のフロアには、美しくライトアップされた、やたら大きなシャンパングラスのタワーが飾られていた。
「うわっ、おっきい・・・」
まりあさんが見上げて声を上げる。・・・あ、これがまりあさん達が送った『テキーラボールタワー』?
「つか、デカすぎだろこれ・・・」
あまりの存在感の大きさに、オーナーも見上げる。明らかに他のシャンパンタワーよりも高く、同時に横幅も大きく・・・ライトアップもされてて、何よりも目立つ。他のお客さんたちも、このタワーは珍しかったらしく、次々と携帯で写真を撮りに来ていた。
「おー!いいじゃねーか!一番目立たなくてどーすんだよ!!!あははははは!!!!な!?ミキティ!!」
店長は上機嫌?でVIPルームに入っていった。そこはフロアの他の席からはちょっと隔離されているので、他の席の騒ぎもそう聞こえない。・・まあ、それでもじゅうぶんに店長一人でうるさいんだけど・・・
お店には、同じようなキャバ嬢みたいな女の子や、フツーの格好の女の子、ちょっと年配の女性から、同業らしき男の人たちなど・・沢山居た。
しばらくすると、南波さんのようなおしゃれなスーツを着た、カッコいい若い男の子たちが数人やってきて、おしぼりを渡してくれた。・・いつも自分がお客さんにしていることを逆にしてもらうと、なんだか照れくさくて、落ち着かない・・。けど、外が寒かったせいか、温かいお絞りを手渡されると、なんだか心まで温かくなる気がした。ホストの男の子達は私に色々気を使ってくれて、飲み物やフードなど、一つ一つ親切に説明してくれた。・・『MOON』に来るお客さんたちも、こんな気持ちなのかな・・。
まりあさんがお腹が空いたといって寿司の出前や、焼肉の出前を色々注文し・・・車を停めてきた細田君が着いた頃には、テーブルの上はフルーツだの寿司だの、ご馳走の山になっていた。
「はい、どうぞミキちゃん」
気がつけばまりあさんが小皿にみんなの分を取り分けてる。それを見て、ホストの男の子達は大慌てでまりあさんの手を止め、代わりに料理を取り分けはじめた。
「ま、まりあさん!いいっす!いいっす!俺達がやりますから!!!」
「いいわよ、別に。」
「いや、まじで!俺達の仕事っす!!!!」
焦りながら、若いホストの子が一生懸命に動いていた。・・・いや・・本当ならまりあさんが動く前に、私も動かなきゃいけなかったんだけど・・・。まりあさんやアキラちゃんを見てると、仕事中はもちろん、仕事外でも周りにしっかり気配り出来ている。私もちょっと、見習わないといけいな・・・。お仕事とかだけじゃなくって、女として・・・。
「いやーケイちゃん、お待たせ。」
しばらくした所で、ようやく南波さんがやってきた。南波さんが一緒になったところでオーナーがドンペリを開け、乾杯をする。人数が人数なので最初の一本は乾杯だけで無くなってしまい、追加でもう一本、ドンペリを頼むことになった。ますます店長は酔っ払って、周りの男の子に絡んでは無理やり一気飲みさせたり・・とまあ、やりたい放題だった。店長の隣に座るまりあさんや細田君が時折必死になだめて、どうにかおさまってるといった様子。
「・・・ミキちゃん、飲んでる?」
「・・・・えっ?」
気がついたら私の隣には南波さんがニコニコと座っていた。俳優さんみたいに端正な顔立ちで、本当にカッコよくて、とってもいい香りの香水がふんわり漂ってきた。
「改めて、はじめまして。ミキちゃん。今日は来てくれてありがとう。」
そう言って南波さんは名刺を私にくれた。私も名刺を出そうとして・・・はっとした。・・・そういえばなんだかバタバタしていて、いまだに初日にもらった『カラ名刺』を使ったまま。半月たっても自分の名刺を注文するのをすっかり忘れていた。
・・・こないだ岩村に早く名刺選ぶように言われたっけ・・・。さすがに恥ずかしくてこの『カラ名刺』を出すわけにはいかない。
「あ・・ごめんなさい。私まだ、名刺無くって・・」
南波さんから随分と素敵な名刺をもらったのに、自分の名刺が出せないのが、なんだか申し訳なくなってしまった・・・。
「いいよいいよ。ミキちゃん、夜の仕事初めて間もないんだって?さっきケイちゃんから聞いたよ。びっくりしたなー、どこの売れっ子嬢連れてきたのかと思ったよ。」
「あ、ありがとう・・ございます・・」
やっぱりホストの人って、女の子の扱いが上手なんだろうなー・・・。しかもお店の代表というからには、売れっ子ホスト。初めて会った南波さんだったけど、びっくりするくらい隣に居るのが違和感無い。・・なんていうか・・落ち着くっていうのかな。最初に隣に座った瞬間から、ふんわりとした南波さんの雰囲気に心地よくなる。南波さんは緊張している私に気遣ってくれながら、色々と話をしてくれた。オーナーのケイ君とは幼馴染だとか、昔は一緒に色々やんちゃしてたとか・・。
「あ、ごめんね。また新しくお客様来店されたみたいだから行かなくちゃ。・・・また今度ね、ミキちゃん!」
そう言ってあわただしく南波さんは席を立った。
「あ・・・」
なんだかもうちょっと、南波さんと話したかったなぁ・・・なんて思ってしまった。また今度・・・といっても、私がまたここに来ることなんて、あるのかな・・・?
「おーい!ミキティ!!全然飲んでないんじゃねえのー?!」
ぼんやり南波さんの背中を見送っていた私は、自分のすぐ横で店長の大声がしたことにびっくりして、隣を見た。いつのまにか、さっきまで南波さんが座っていた席に店長が座っていたのだ。
「はい、かんぱーい!」
「は、はい・・・」
とりあえず、乾杯をさせられシャンパングラスに口を付けたけど・・・・どうにもこのドンペリってやつは得意じゃない。まりあさんの席でも何度か飲ませてもらっているけど、時間をかけて、どうにかこうにかグラスを空っぽにするのが精一杯だ。・・・うう。こんなのどこが美味しいんだろ・・・。
私がなかなか飲み進まないのを見ると、店長は不機嫌な顔を隠そうともしなかった。
「・・おい、俺やケイ君が金払ってる酒だぞ・・残すんじゃねーよ・・」
「・・・は、はい・・・」
微妙な空気を察知したのか、近くに座ってた若いホストの男の子が、すかさず私のグラスを奪う。
「じゃ、代わりに僕がいただきまーす!!!」
一気にグラスを飲み干し、テーブルに置く。
「ごちそうさまでしたー!!」
・・・た、助かったー・・・と、思ったのもつかの間・・・
「おい、おめーに飲ましてんじゃねーんだよ!!新しく酒持って来いって!!!」
店長の怒鳴り声に、VIPルームはしーんとなる。
「・・おい。林田ちゃん、飲みすぎなんじゃない?」
少し離れたソファで飲んでいたオーナーが、店長の様子を見て声を掛ける。が、店長には全くオーナーの声など聞こえていないようだった。しぶしぶ若いホストの子が持ってきたグラスには、なみなみとシャンパンが注がれていた。
「・・・俺はこいつに飲めって言ってんだよ。・・・なあ・・・俺の酒が飲めないのかよ!」
これは完全に目が据わってる・・・。酔っ払って随分とタチが悪くなった店長は、私の肩を掴むと強引に引き寄せ、シャンパングラスを持たせた。
「・・ミキちゃん、無理しないで・・」
心配そうにまりあさんも声を掛けてくれたけど、そんなことも酔いどれた店長の気に触ったらしく・・・
「うるせえって言ってんだろ!!・・・なぁ、ミキティ、飲めないわけ?」
まりあさんに怒鳴ると、店長は私に顔を近づけて凄んできた。心配そうにしているまりあさんと、細田君。それにあきれかえってるオーナーに、どうしていいかわからずオロオロしているホストの男の子達。いつ怒り爆発してもおかしくない状態の酔いどれ店長。この状況では、誰が何を言っても、店長がおさまる気配は無い。・・・どうしよう、このままだと・・・
「わ、私、飲みます!!!!!」
私は覚悟を決めて、手にしていたグラスを持ち上げ、そのまま一気に流し込んだ。