22、戸惑い
私自身も、思いがけなかった、イメチェン。慣れない自分の容姿になんだかまだ、自信が無い・・・。
「じゃあ早速席に着こうか!今日もまりあさん指名の飯岡さんから、ミキちゃんも場内指名もらってるからね!よろしく!」
岩村に案内された、いつものVIP席。席に座っていた飯岡さんとまりあさんは、私の姿を見るなり驚きの声を上げた。
「おお!びっくりしたなー!どこの売れっ子嬢かと思ったよ!」
「凄~い!びっくり!ミキちゃん素敵!!!」
飯岡さんとまりあさんが口々に褒めてくれた。そんなに容姿で褒められたことなんて無いから、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい・・・。
「いいねー!サナギが蝶になってきたのかな?」
飯岡さんは嬉しそうにニコニコしている。私はまりあさんたちの対面にのスツールに腰掛けた。深いスリットのドレスが大胆に開き、脚が顕わになる。このスリットがなんだか落ち着かない・・・。私はスリット部分にハンカチとポーチを置いて、気持ちばかりだけど隠してみた。
「今までのミキちゃんも可愛らしかったけど、メイクもドレスも今日のが一番似合ってると思うよ。良いイメチェンじゃない?」
まりあさんもにこやかに私を見つめた。
「あ・・・いえ・・髪の毛は舞台の都合で明るくしたんですけど、・・・・今日のメイクとか、全部さっちゃんがやってくれたものだし、ドレスも岩村さんが選んでくれたし・・自分でできるように色々勉強しないといけなくて・・・」
そう答えて、私は飯岡さんのグラスにお酒を作った。今日はクラッシュアイスで飲んでるみたいだった。また新しいお酒のボトルだ。相変わらず、高そうだなー・・・・。見たこともないような、陶器のボトルがテーブルには載っていた。
「おお、さっちゃんがメイクしてくれたのか。それは凄いな。」
お酒を飲んでいた飯岡さんが驚いたようにつぶやいた。・・・そ、そんなに凄いことなのかな?
「いーなーさっちゃんのメイクー。さっちゃんって、ヘアメだけじゃなくて、メイクも上手いんだよ~」
そういってまりあさんは私に顔を近づけ、まじまじと私の顔のメイクを観察している。
「・・さっちゃんって、腕がいいからどこのお店でも欲しがってるんだけど、ここのオーナーと古い付き合い見たいで、それでウチに来てもらってるんだって。さっちゃん自身、オリジナルコスメとか『姫なな』ブランドで姫華ななちゃんと共同プロデュースしてるみたいだし、ゆくゆくは自分のサロン出す予定みたいなんだけどね。」
姫なな・・・姫華ななの愛称だ。さっちゃんをいたくお気に入りというカリスマギャル社長。まさかさっちゃんが、コスメのプロデュースまでしていたとは・・・。さっちゃんはオーナーのツテで『MOON』に来ているのか。さっちゃんが、そんな凄い人だったなんて、全然知らなかった・・・。
「よし、今日はミキちゃんのイメチェン大成功を祝って、乾杯しようか!シャンパン、なんか頼んでくれる?」
そういって、えらく上機嫌になった飯岡さんはシャンパンを追加で頼み、一緒に乾杯をさせてもらった。
飯岡さんが帰った後、何人か新規のお客さんに着いたが、どのお客さんの感触も良くて場内指名を立て続けにもらうことができた。・・・これって、岩村が言ってた『魅力』のお陰なのかな。私、今まで自分の魅力に全く気づいてなかったってことなのだろうか。顔も悪くは無いだろうけど、目立つほど取り立てて可愛いわけじゃないし、目は二重だけど、どデカい二重というわけじゃない。マツゲもそんなに長くないし、どちらかというとキツくみえるタイプの顔だと思っていた。けど、ここまで変わるなんて・・・もちろん、さっちゃんの腕あってこその変身なんだろうけど、いかに、今まで自分自身を磨くことに手を抜いていたか・・ってことだ。
そういえば今までは、あの人は美人、あの子はすごく可愛い・・私なんて・・・そんな風にいつも思ってた。ここに来た日も『私なんかが働ける場所じゃないんじゃないか』って、思った。考えてみれば舞台の学校でも、恋愛でも、舞台のオーディションも、頑張る前から『私なんて無理』って、後ろ向きだった気がする。
何か、変われるかもしれない・・・
売れっ子になりたいとか、まだそんなことじゃなくって。今までの私から、何か変われるかも・・もしかしたら、この仕事で今までの私から、何か変えられるかも。私の心の中で、そんな風に芽生えてきた。
「・・ミキちゃん。」
場内指名をもらった席に岩村が顔を出し、私に耳打ちをしてきた。
「・・ご指名です。」
どうやら指名のお客さんが来てくれたみたいだ。私はぎこちなく、場内指名をもらったお客さんに挨拶をして、席を立った。入れ替わりにヘルプの女の子が入ってくる。
岩村に案内されたフロアの小さな席には、樋口さんがいた。いつものように、品がいいスーツにおしゃれなネクタイ。ちょっと髪を切ったのか、さっぱりしたようだった。
「・・・・あ・・・・あれ?・・ミキちゃん?」
私の姿を見た樋口さんは、何といっていいかわからないように、ぽかんとしたままだった。
「あ・・・これ、ちょっと舞台に必要で・・・」
樋口さんは明らかに、変わった私の容姿に戸惑ってるようだった。
「そ、そうか。・・・なんだか・・・すっかりカンジが変わっちゃったね。びっくりしたよ。」
相変わらず樋口さんとメールのやり取りは続いていたけど、他にもメールのやり取りをするお客さんも増えてきてしまい、前ほど頻繁なやり取りはできなくなってた。もちろん、昼間は舞台の稽古もあるので忙しいのもあるんだけど。
樋口さん・・・あんまり気に入らないのかな・・?この前はあんなに話が弾んで何時間もいてくれた樋口さんだったけど、今日はあまり会話も弾まない。こないだ一緒についてくれたアキラちゃんは、まりあさんの席のヘルプで忙しくて今日は一緒についてくれる気配は無かった。
「・・・・あ、あの。今度の日曜日、舞台稽古も休みなんですけど。一緒にパソコン、見に行ってくれませんか?」
私はどうにか樋口さんのご機嫌をとろうと、こないだうやむやにしてしまったお誘いをを引っ張り出した。・・・まだ、ノートパソコンなんて買えないけど、一緒に見に行くくらいなら・・・・
「あー・・そうだったね。・・・うーん。・・でも・・また今度にしようか・・・・」
樋口さんはそういって、気のない返事をした。・・・あれ?こないだは樋口さんのほうが乗り気だったのに・・・なんかマズイことでも言ったかな、私・・・。
結局、樋口さんは1セットいただけで帰ってしまった。その後もずっと樋口さんの様子が気になってしまい、なんだか気が晴れないまま仕事を終えた。私のイメチェンは概ね好評だったけど、樋口さんには受け入れてもらえなかったような・・・。
樋口さんは、私の初めての指名のお客さん。そう思うと、なんだかちょっと寂しくなってきた。後でアキラちゃんか岩村に相談してみよう・・。あんまり岩村のテンションは好きじゃないけど、夜の仕事初心者の私に色々とアドバイスをくれるのは助かってる。それに、お客さんの管理なんかも私以上にやってくれてるし。お客さんの事で相談するなら、ボーイなら岩村かなぁと思った。
「ミキちゃーん、めちゃくちゃ綺麗になっちゃって!!さすがだねー!今日は場内指名バンバン獲ってたって?」
営業終了したところに、店長がやってきた。後ろを見るとオーナーも居る。・・・ああ、きっと新店舗とかの打ち合わせでもしてたのかな。あまりにも大げさに店長が言うので、周りの女の子の視線が集まり、なんだか痛い。
「・・・やるじゃん、ミキティ。・・・めちゃくちゃ良い女だよ・・」
「えっ」
いきなり店長が私の肩を引きよせ、耳元で囁いてきた。囁くっていうか、ぴったり店長の唇が耳に触れてる。熱っぽい唇と、口元のヒゲが私の耳元で動き、なんだかくすぐったい。・・・み、みんな見てるのに・・。とっさに逃れようと身体をよじったけど、グイっと強い力で肩を引き寄せられてしまった。
「・・・いいから、逃げんなって・・・」
店長の香水と、タバコの匂いと、ちょっとお酒の匂いが私を包んだ。・・て、店長、ちょっと酔ってるの!?そんな様子を呆れたように見ていたオーナーが口を開いた。
「林田ちゃん、その辺で待ってるから」
オーナーはそれだけ言うと、フロアから出て行こうとする。オーナーの言葉に、ようやく店長は私から身体を離した。
「おう。出るとき電話する!」
わらわらとキャストの女の子達がみんなメイクルームに向かう。私も早いところ着替えようと、メイクルームに向かった・・・が・・・その私の腕を、店長がいきなり掴んだ。
「ミキティ・・・ちょっと店長室。」
「・・・・え・・・?」
私は思わず、身構えてしまった。な、なんで店長室なんかに・・・
「ミーティングだよ、ミーティング!・・・俺は店長なんだから、キャストに指導するの、当たり前だろ!?・・だから、俺が直接指導してやるって言ってんだろ?」
「で、でも・・・」
・・・ちょっと、この流れって、なんかマズくない!?店長、なんか酔ってるし、さっきのだって・・・。なんかいつもと違っておかしいし。
気がつくと、少し離れたところでゆいちゃんが冷ややかにこっちを見つめていた。うわ、ゆいちゃん睨んでるよ・・・!店長はそんなことをお構い無しに、私の腕を引っ張ってく。
やだ、私、どうなるんだろ・・・。どうしようどうしよう・・・!!!