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21、魅力

 店長とオーナーから、新店舗と『MOON』リニューアルの話を聞かされてから、にわかに女の子達は慌しくなった。自分の指名客を持ってる子は今まで以上に営業に力を入れ、お客さんを持ってない子は毎日着く一つ一つのテーブルを盛り上げ、売り上げを伸ばすことに貢献していた。そんな甲斐あってか、11月末にかけて『MOON』は連日お客さんが入りきれないほどの大盛況だった。平日でも平気で60分以上の待ち時間をご案内することも多かった。


 そんな私は、昼間の舞台稽古も忙しくなり、出勤時間を22時30分過ぎにまで遅らせてもらっていた。時間の相談をしたとき、岩村は明らかに困ったような顔をしていたけど、店長の口ぞえもあってどうにか納得してもらった。


「・・・・ねえ、君。もっと役に近づけてくれる?たとえばさ、その真っ黒な髪、どうにかならないかな?」

 昼間、いつものように舞台稽古をしていた時だった。机に座って稽古を見ていた演出家が私にダメだしをした。現代版『ロミオとジュリエット』の舞台。明らかに舞台は日本じゃないのに、私の真っ黒な髪はイメージに合わないって・・。

「はい・・・」

 みんなの前でダメ出しをされ、ちょっとへこむ。・・たしかに、黒髪のままじゃどうかとは思ってたけど・・・。まだ稽古中だからいいかなって、思ってた。本番にはカツラとか考えてたんだけど。

「・・・・まだ稽古中だけどさ、カタチから入って役を掴めるってこともあるんだよ。・・君の芝居は悪くない。台詞回しも綺麗だし、聞きやすい。動きも悪くない。・・けど、なんていうかな。『上手』にまとまりすぎてるんだよ。台詞はうまいけど、気持ちが感じられないし、『絵』が見えないんだ。印象に残らない。これはアナウンサーの朗読劇じゃないからね。ぶっちゃけそんなに台詞が明瞭じゃなくたって、気持ちが伝わればいいと思ってる。君は・・・役になりきれてないっていうかね。黒髪、ジャージ姿の『大山咲』のまま、叶わない恋をする、イタリア人少女の気持ちって、わかるかい?」

 演出家の言葉に、ちょっとはっとする。・・・私、台詞を追うことにいっぱいいっぱいで、背景とか良く考えてなかった・・・。

「宝塚の男役の人はね、プライベートでも絶対スカートなんて履かないんだ。いつもパンツ姿、髪はショートで過ごす。プロ中のプロの役者さんだって、そうやって自分の役柄やキャラを突き詰めて、保っているんだ。気持ちを最初に完璧に作れれば問題ないだろうが、そんなに簡単じゃないってことだ。だからこそ、形を作ってから気持ちを作る。不思議と形に気持ちがくっついてくるものだ。」

 カタチから・・・そうだこれは前に飯岡さんにも同じようなことを言われたっけ。水商売は形から・・・形から、気持ちがついてくるって・・・・


 次の休みの日、私は早速近くのドラッグストアで髪の毛のブリーチ剤を買った。本当は美容院にいければ一番良かったんだけど、まだ給料も出てなくてお金も無いので、そんなに贅沢はできない。ちょっと髪が長かったので1つでは足りないかなと思い、ブリーチ剤を2つ買ってみた。・・・一応、金髪にまでならないように気をつけよう。今よりちょっと明るい感じで・・・雑誌で立ち読みした海外セレブの髪色をイメージする。黒髪からここまで明るくするなんて初めて・・。いったいどうなっちゃうんだろう・・・・・


「・・・おはようございまーす・・・」

 髪色を変えてから、初めての『MOON』出勤。初めての明るい髪色にどうも落ち着かない私・・・・。もうすでにお店は開店していて店内は騒がしく、今日も結構お客さんが入ってるようだった。

「おお!?ミキちゃん!?おっはよー!どうしたの、その髪!?」

 いち早く私を見つけた岩村が、いつも以上のハイテンションで飛んできた。

「・・あの、舞台の都合で・・・。これ、まずかったですかね・・?」

 私は恐る恐る聞いてみた。昼間の舞台稽古では『それっぽくなった』と、みんなの評判は結構よかった。金髪とまではいかない、明るい茶色にどうにかおさまった私の髪。ど、どうかなぁ・・・。

「いい!良い!!凄く良いよ!!似合ってる!!さっそくさっちゃんに髪やってもらおうよ!!!」

「は、はあ・・・」

 目をキラキラさせて岩村が私をメイクルームに放り込む。

「あ。」

 ヘアメのさっちゃんが私を見るなり、一言つぶやいた。濃いメイクのさっちゃんの、微妙な表情の変化はわかりずらい。が、明らかに私の髪色の変化に驚いてる風だった。

「さっちゃん!来たよ来たよ~!頼むよ、超売れっ子風に!!!」

「ち、超売れっ子!?」

 唖然とする私を差し置いて、ホクホク顔の岩村は勝手にドレスを選びに行ってしまった。私は無言のさっちゃんの前の椅子に腰掛け、鏡に自分を見つめる。・・・今までこんな明るい髪色にしたことなかったけど・・なんだか違う自分みたい。さっちゃんは私の髪にいつものストレートアイロンではなく、普通の巻きコテをあててきた。

「・・・あれ?」

 私はおもわず、いつもと違う手順に声を発してしまった。自分の仕事に絶対の自信を持ってて、プライド高いさっちゃんに意見するなんて、怒るに決まってる。私は恐る恐るさっちゃんの様子を伺う。

「・・・・今日は巻いてみるから・・・・」

 意外にも、通常通りの無愛想にさっちゃんは答えただけだった。今までやった事もない、グルグル巻かれた髪・・・。

「・・・あんまり盛ると、品が無いから頭は盛らない・・・」

「は、はい・・・」

 言葉少なに、さっちゃんは言う。もちろん、その目は一切私と合うことはなく、真剣に私の頭を見つめていた。

「・・・チーク、ピンク、ある?」

「えっ?」

 突然の質問に、聞き返してしまう。・・い、今なんて??チーク?ピンク?

「・・・ちっ・・」

 いつものように、さっちゃんに不機嫌に舌打ちされてしまったが、さっちゃんはおもむろに自分のカバンからメイクポーチを出し、ピンク色のチークを私の頬に乗せた。ついでに細い筆と小さなケースを出し、さっちゃんは私に目をつむらせると目の上になにやら塗られ、、強引にアイラインを引いていった。ついでにグロスを口に乗せられ、マスカラもこれでもかというくらい塗られた。

「・・・メイク、少し勉強してくんない・・・?」

「・・・・あ・・」

 目を開けた私が見たのは・・・。つやつやあめ色に輝く髪。その髪は外まきにゴージャスに巻かれ、優雅におろしている。白い肌には可愛らしいピンクのチークに、うるうるした唇、お目めパッチリ、キラキラの女の子だった。

「これ・・・私??」

 まだ見慣れない自分の髪色と、変貌に、なんだか信じられない。

「・・・あたしがせっかく最高に美しい髪作ってやっても、メイクがおかしかったら、私の仕事、台無し。・・もうちょっと、自分で努力してくれる?」

 不機嫌にさっちゃん椅子に座り、メイクルームに置いてあった雑誌を手にとって、私の目の前に乱暴に置いた。

「・・・あ、これ・・」

 コンビニとかでたまに見かける、『小悪魔girl』。金髪の頭をいっぱい盛った女の子が表紙の雑誌だった。・・よく見たことなんてなかったけど、手にとってパラパラめくると、『デカ目メイク』とか『愛されフェイスの作り方大公開!』とか、メイク特集が多いことに気づいた。今まで知らなかったアイラインの引き方や、眉毛の書き方、マスカラのつけ方や、おススメ付けマツゲ、チークの位置、メイク用品などなど・・・。もしかして、みんなこういうの見てメイク研究してるのかな?

「・・・・ちゃんとメイクしなかったら、もうあんたのヘアメやらないから・・」

 さっちゃんはそういって、ダルそうに帰り仕度を始めた。

「・・あ、ありがとうございます・・・・メイク、が、がんばります。」

 ・・・・メイクって、こんなに変わるんだ。元・キャバ嬢のカリスマギャル社長・姫華ななちゃんが、さっちゃんをお気に入りというのも、なんだか分かる気がする。さっちゃんは口は悪いし、態度も横柄だし、愛想も無いけど・・・腕は物凄くいいんだって、あと・・そんなに悪い子じゃないのかなって。なんだか身をもって実感した。自分自身が、こんなに変わるなんて思っても無かったから・・・

 他のキャストの女の子達も、きっとこういった雑誌とかでメイクとか色々勉強してるんだね。みんな凄い綺麗で、可愛くて、同じ人種じゃない気がしてたけど、きれいになるために色々努力をしてるんだ・・。この仕事関係無しに、今まで自分のメイクにあまり気を使ってなかった事が、ちょっと恥ずかしかった。

 岩村が勝手に用意してたドレスは、薄いピンクのシフォン使いの優雅なロングドレス。胸元も大きく開いていて、キラキラしたシルバーの刺繍がぎっしり。広がるドレスの裾部分は、センターに深くスリットが入っていて、歩くたびに脚が顕になる。これって、座ったらミニスカ以上に脚が見えちゃうんじゃ・・・

「ちょ、これって・・・」

 あまり着慣れない露出の多いドレスに、ドキドキしながらフロアへ出た。ひぇ~~~~待機席の女の子の視線が集まってる!!恥ずかしい~~~!!

「おーう!いいじゃん!!!さすが、さっちゃん!そして俺、最高!!俺のセレクト最高でしょ!?清純セクシー系!!!ミキちゃんの路線確定!!」

「・・・はぁ・・?!」

 せ、清純セクシー系??なんか、矛盾してない?

「品のある、ゴージャスなセクシーってことだよ!ミキちゃんはもともと、上品な雰囲気あるからね。でもセクシーな魅力ももってるからいけると思ったんだよな!」

「・・・・。いや・・セクシーとか、ちょっと無理なんですけど・・・」

 私にセクシー系とか・・・本当に無理があるんだけど・・私服もカジュアル系な私にセクシーの『セ』の字も見つからないと思うけどなぁ。

「キャストの女の子の魅力を引き出すのも、担当の仕事だからね!」

 岩村は満足そうに私を見る。・・・魅力?コレが私の魅力ってこと??

「へー!いいじゃん、ミキちゃん!カッコいいー!髪の毛も良いカンジじゃん!」

 待機席で携帯をいじってたアキラちゃんまで飛んできた。

「結構、おっぱい大きいとは思ってたけど、おっきいねぇ。ミキちゃん、何カップ?」

「え、ええ!?」

 アキラちゃんが堂々と、岩村や他の女の子が居る前で聞いてきた。・・・そ、そんなみんなの前で言えないってば!!

「いーなー。アタシもおっぱい大きかったら、露出しまくるのになぁー」

 そういって、アキラちゃんは自分の胸に手を当てる。私・・・そんなに自分では胸が大きいほうだなんて思ってなかったんだけど・・・大きいのかな。自分で意識したことなんてなかった。

「でも、ミキちゃん、こーゆーの、凄い似合ってるよ。フリフリ可愛い系より、こっちのほうがなんか似合ってる。雑誌に載ってもおかしくないカンジ。・・・ついにやる気になっちゃった?」

 アキラちゃんはそういって、何かを含んだような笑みをみせた。・・そんなんじゃないんだけど・・・。

 

 思いもかけずにイメチェンした私。その反応はすぐさま、お客さんの席で現れることになった。

 それは良くも、悪くも・・・・・・・




 

 




 

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