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20、動き出した波

 アキラちゃんから昔の話を聞かされた次の日、アキラちゃんはいつもと変わらず、明るく元気に仕事をしていた。ちょっぴりどう接していいか戸惑っていた私だったが、そんな心配は要らなかった。アキラちゃんは私と目が合うと、ちょっぴり目配せして、小さくガッツポーズをとった。その表情をみて、私も大きく頷く。・・・そうだ、アキラちゃんはあの過去を乗り越えてここにいるんだっけ・・・

 

 週末という事もあり、店は大繁盛。アキラちゃんはスーパーヘルパーぶりを発揮し、私もまりあさんのお客さんのヘルプと、新規のお客さんの席と忙しく回った。

 仕事を終えた私達は、店長の呼び出しでフロアに集められた。キャストだけではなく、ボーイも全員フロアに集められていた。なんとなく暗黙の了解ではあったが、一番前の列にはまりあさんや、ゆいちゃん、エナさんが立ち、私やアキラちゃん、他にも新人の子などは後ろのほうに立った。・・・なんだろう?私が入ってから、こうやって全員集められるなんて初めてだ。私はあらためてまじまじと、お店のメンバーを見渡した。まりあさんは今日は薄い水色のロングドレスに、髪の毛をいつものように上品にハーフアップにして、なんだかキラキラとしたヘッドドレスを絡め、まさにお姫様だった。ゆいちゃんはいつもわりと暗い色のドレスを着ていることが多くて、今日も深い紫色のサテンのミドル丈のドレス。あいかわらず気だるそうに腕を組んでいる。ドレスの色のせいか実年齢よりは大人っぽく見えるんだよね。エナさんは背が低いこともありロングドレスは滅多に着ないんだけど、超ミニ丈のタイトなドレスがあり得ないくらいに似合っていて、芸能人みたいな独特のオーラをはなっていた。他にも平日にはあまり出勤しない女の子やボーイさんも週末という事もあり集まっていた。

「みんな集まったか?」

 聞きなれない声。みんながそろったフロアに細身の男性が入ってきた。初めて見る顔。色白で鋭い目、シャツのボタンを胸元まであけ、さらっとジャケットを羽織っている。その男は足早に入ってきて、店長の隣に並んだ。

「あれ、ケイ君。」

 アキラちゃんが私にだけ聞こえるような小さな声でささやいた。あれが、オーナーの!?思ってたよりもすごく若い!もしかしたら店長よりも若いんじゃないかな?

ケイ君、と呼ばれたオーナーは私達従業員をぐるっと見渡すと、話を始めた。

「みんなお疲れ。噂で聞いてる人もいるかもしれないけど、年明け、春ごろをメドにこの『MOON』をリニューアル、それからもう一店舗姉妹店を出すことになった。」

 その言葉に、フロアの従業員がざわざわと騒がしくなる。

「それじゃあリニューアル後の『MOON』のコンセプトと、新店舗について林田ちゃんから説明して。」

 ・・林田ちゃん・・・。明らかに店長のほうがオーナーより年上だ。オーナーのケイ君と、店長も、それからアキラちゃんは長い付き合いだって言ってたっけ・・・。どんな関係性なんだろ、この3人。

「えー・・」

 店長が軽く咳払いをして一歩前に出てきた。

「もう一店舗をだすにあたり、この『MOON』も料金体系含めてリニューアルし、完全なカラー分けをし、より特色のある店作りにするつもりだ。簡単に言えば、『MOON』は高級店、新店舗は激安店だ。それにあわせて既存のキャストも振り分けする。リニューアル『MOON』は品のある接客の、大人っぽい高級店。もちろんキャストの容姿も重要だ。新店舗は激安店だけあって、見た目が良くて、飲んで騒いで売り上げ立てれたらそれで良し。もちろん二つの店舗では給料にも差が出るから今から各自、希望の店舗にいけるように頑張るように。」

 その言葉にいっそうフロアが騒がしくなる。

「・・新店舗とか、まじで給料安そう・・・」

「・・・高級店って、お客持ってる子じゃなきゃ無理じゃね?・・」

「・・まじで?どっちにも使えない子はクビ?」

 そんな会話があちこちから聞こえてきた。・・そりゃそうだよね、今の『MOON』も新宿ではキャストの給料もお客さんの料金も高いほうだって聞いてるけど。激安店何ていったら確実に給料安くなるんだろうな・・・。私はこないだの店長の言葉を思い出した。もしかして、私もツカエナイ子って思われたらその激安店行きになるってことか!?店長はそれぞれの店舗のキャストを厳選するって言ってたから、ありえなくも無い。

「リニューアル『MOON』には、もちろん新たにスカウトしてきた力のあるキャストもいれるつもりだけど、今の『MOON』からも選抜したメンバーを選んでいく。残念ながらカラーに合わないキャストは新店舗の激安店か、辞めてほかに行ってもらう事になるだろうな。その代わり、リニューアル『MOON』のキャストに選ばれた子は、確実に今以上の給料になるのを保障する。激安点では今より給料が安くなる子もいるかもしれないが、その分、指名や売り上げ、イベントノルマは一切無い。給料も最低保証からは絶対に下がらないシステムだ。どちらに行くにしてもい、頑張る気が見えない子は選ばないからな。今まで手を抜いてた子も、今からでもいいから頑張りを見せて欲しい。指名で稼げる子はもっと売り上げと指名を稼ぐ。指名がないやつは、飲んで盛り上げて、毎日毎日の売り上げをちょっとでも伸ばすこと。」

 ざわついていた店舗であったが、給料の話が出ると、みんな目の色が変わり、神妙に店長の話に耳を傾けた。

「えー、あたし新店舗行きかなぁー。給料下がるのやだぁ」

 そう小声でつぶやいたのは、奈々ちゃん。奈々ちゃんも大学生のアルバイトで、見た目は細身で可愛いんだけど、やる気が無い、本当のヘルプ専門といったバイト感覚の子だった。

「・・いいじゃん。奈々なんて最初からやる気ないんだから。飲んで騒ぐのでいいなら、新店舗のほうがあってんじゃない?『MOON』にいたら今よりノルマもきつくなるよ~」

 アキラちゃんが奈々ちゃんにささやいた。

「あーそっかぁ。指名とらなくてもいいなら、超楽ぅ~♪」

 奈々ちゃんをはじめ、何人かがキャッキャと新店舗の話に盛り上がっていた。

「それから・・・新店舗の店長なんだが・・・岩村!」

 店長のその言葉に、岩村が胸を張って一歩前に出てきた。ちょっと得意げに咳払いをする。

「今月末のイベントから、来月末、つまり年内いっぱいの自分の担当キャストの売り上げで店長を決めることになった。・・・岩村ともう一人」

 その言葉に、またフロアが雑然となった。・・岩村以外にも、いるの!?岩村本人も、店長に選抜されるのは自分だけだと思い込んでいた為、凍りついた顔で店長を見た。

「・・宮道!」

 威勢のいい返事が聞こえてきた。端のほうに立っていた宮道が前に出てくる。・・・・え?あの小太りの、宮道が店長候補??アキラちゃんが言ってたように、他にも店長候補がに売り込んでるのがいるって・・宮道だったんだ!?

「この二人の担当課での売り上げを競ってもらう。」

 一斉に『ええーっ!』という声が上がる。そりゃそうだ。なんで二人のために頑張らなきゃいけないんだよ。周りの女の達も、同じようなことを言っていた。

「ちなみに、新店舗・リニューアル店舗のキャストの割り振りは、新店舗の店長として決まったほうと、俺とで行う。キャストの人事や給料も決めてもらう。そのつもりで頑張るように。」

 騒ぎを一喝するかのように、店長が大きな声で言った。・・・えっと、どういう事なんだろ・・・・隣のアキラちゃんに小声で聞いてみた。

「・・・つまりさ、新店長になったほうが今後の人事権を持つってことよ。新店長に押し上げてくれた自分の課のキャストは、そりゃ色々この先優遇されるってことよね。負けたほうの課のキャストは・・・・まあクビとはならないだろうけど、どんな待遇になるのかわかんないわね。」

 アキラちゃんがため息混じりにつぶやく。

「・・・岩村と宮道以外のボーイの担当キャストもいるわけだから、この勝負が人事の全てってワケじゃないと思うけどね。それに、あたしたち専用ヘルプは当然まりあさんにくっついて『MOON』に残るんだと思うけど、全員とは限らないし。結局自分自身、それぞれ頑張り見せるしかないって事じゃないかな。」

 それぞれが、頑張りを見せるしかない。・・・か。どうしよう、私、年始にかけて一番忙しいのに・・・頑張りなんて見せられるのかな。私はとたんに不安になった。突然クビになっても、他にすぐ雇ってもらえるとも限らないし、昼間やってる仕事もない。家賃や携帯代なんていまでも1ヵ月遅れで払ってる状態なのに、突然収入が減るとなると・・・・どうなっちゃうんだろ。

「よし、全体ミーティングは以上。みんなおつかれ!」

 オーナーはそう言って、さっさと奥へ入っていった。フロアのみんなはぞろぞろと、口々に何かいいながら不満げに動きだす。

「・・よろしくな、岩村。」

 宮道がにやりと、もの凄く嫌味に笑って、岩村に握手の手を差し出していた。・・・宮道って、いつもニコニコしてる小太りってイメージしかなかったけど・・こんな意地悪な顔する奴だっけ!?

「・・ふんっ。なんでお前が店長候補なんだよ!」

 岩村はパシン、と、宮道から差し出された手を払った。そういえばこの二人、普段でもあんまり仲良い感じはしなかったな。二人はお互いにらみ合い、フロアを出て行った。

「・・・・ね、店長。」

 もう一方では、フロアにいたゆいちゃんが店長に歩み寄り、何かを話しかけていた。

「・・・あのさ、ちょっと相談があるんだけど・・・」

「・・ん?何だよ相談って・・・」

「・・・あのさ。今日・・」

 店長もゆいちゃんに呼び止められ、耳を貸していたが、フロアに居たまりあさんとエナさんがメイクルームに向かおうとするのを見るなり、店長は話の途中でゆいちゃんから離れ、まりあさんのそばに行ってしまった。

「・・まりあ、今日この後時間空けとけよ。ケイ君と一緒に打ち合わせするから、店長室に来いよ!エナも来る?」

「ごめーん。エナ、この後アフターだから。まりあ、行って来れば?」

「うーん。」

 ちょっと考えてるようなまりあさんの耳元で、店長が何かを囁いていた。ゆいちゃんがその場に居るにも関わらず、いや、他のキャストも居るんだけど・・・いちゃいちゃしてるって感じかな。その場に居た私とアキラちゃんは、恐る恐る、ゆいちゃんを見た。基本、ゆいちゃんはいつも気だるい不機嫌そうな顔してるんだけど・・・今はそれ以上に物凄く険しい顔で店長とまりあさんを見ていた。

「はいはい。着替えてくるから。お疲れ様ー。」

 しばらく店長に耳打ちされていたまりあさんは、そう適当に答えると、エナさんと一緒に奥に入っていった。

「・・・あのさぁ」

 ようやく店長が一人になったところで、ゆいちゃんが話しかけたけど・・・・

「店長-!電話鳴ってますよー」

 タイミング悪く、細田くんがフロアに顔を出し、店長の携帯を持ってきた。店長はそのまま細田君から携帯を受け取ると、電話を持ってフロアを出ようとした。

「悪りぃな、ゆい。そういうことだらか。後でメールでもしといて!」

「・・え・・・・ちょっと・・・」

 そういうと店長はゆいちゃんを置いたまま、奥に入っていってしまった。しばらく置き去りにされたゆいちゃんはフロアに突っ立っていたが、私とアキラちゃんが見てるのに気づくと、早足でその場から立ち去った。すれ違い間際、ゆいちゃんは私の事をキッと睨み付けてきた。いつも不機嫌そうだけど、その目は憎憎しげで、今まで見たこと無いような目だった。・・・宮道といい、ゆいちゃんといい、普段そんな表情しないのに・・・

「おーこわっ。」

 アキラちゃんがわざと聞こえるように言った。

「・・なんだか、とりつかれてるってカンジよね。宮道もゆいちゃんも。これから・・どーなるのかなぁー」

「え?」

 それだけ言うと、アキラちゃんは大きく伸びをしながらメイクルームに向かっていった。


 リニューアルに、新店舗、そして次期店長争い。なんだか私を取り巻く環境が、すさまじい速さで動いていた・・・






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