1、ポケットのメモ
舞台に憧れている人、夜の世界に憧れている人も、夜の世界を覗いてみたい人も・・・・やっぱり働くって大変。
11月。この季節の東京の街の風は寒い。
重たいレッスンバッグを担いで、ため息をつく。先ほどまでダンスでびっしょり汗をかいた背中が、夕暮れの空気にとたんに冷えて体が凍りついた。
私は大山咲。舞台女優を目指して地方から上京。舞台の専門学校を出たものの、もちろんすぐに女優なんてなれるわけわけもなく・・・・バイトとレッスン、オーディションがの往復の毎日。レッスンはもちろんお金がかかるし、オーディションがあればバイトも突然休まなきゃいけなくて稼ぎもバラバラ。女優志望なんだから、綺麗にしたいのはヤマヤマなんだけど・・・そんなお金なんて全然ないんだよね。
寒くて思わずコートのポケットに手を入れた時、ガサッと一枚のメモが手に触れた。
「いいバイト、ねぇ・・」
専門学校の頃の一年上の先輩からもらったメモ。もうね、コレだけは絶対にやらないと思ってたんだけど。いわゆる『夜のお仕事』。お水のお仕事ね。その先輩は本当に綺麗な人なんだけど、なかなか希望の芸能プロダクションに入れなくて、生活費稼ぎとレッスン費稼ぎのために『夜のお仕事』を約1年前にはじめたってワケ。どんなこだわりか分からないけど、
「どうせ夜働くなら歌舞伎町でしょ!」
とか言っちゃって・・・今じゃすっかり小慣れた感じ。こないだダンスレッスンの帰りらしい先輩に中野でばったり会って、このメモを渡されてしまった。なんでも女の子一人紹介したら先輩にもバックがあるからとか、今本当に女の子足りないからとか色々早口で説明されてしまったのだ。
もちろん、メモをもらってしばらくは放置していたんだけど。・・・たまたま先日受けた舞台のオーディションが受かったのだが、舞台の出演者には『チケットノルマ』が40枚ほどあるという話を、制作さんから昨日聞かされたのだ。1枚3,500円のチケットを40枚・・・・20歳のレッスン貧乏にあえぐ私に、すぐに払える金額じゃなかった。
背に腹は代えられない
そう。せっかく合格した舞台のキャリアは欲しい。急にお金は必要。でも無い・・・・なら、なんとしても自分で用意するしかない。
舞台の目指すことは両親の反対を押し切って決めたこと。生活費も授業料も全部自分で賄うことを約束して目指した道だ。いまさら実家の親に泣きつけることができるものか。気がついたら私はメモを見て先輩に電話をかけていた・・・・・
「おまたせ〜〜!!!」
西武新宿線の出口で待ち合わせをしていた私の背後から、やたらとハイテンションな声がした。
派手な化粧に長い髪をぐるぐるに巻いて、派手なファーがついた黒いダウンジャケットに寒そうなくらいに短いミニスカート、黒いニーハイブーツ・・・・一瞬人間違いかと思って急いで視線をそらした。
「ちょっと!咲!なに無視してんのよ!」
「うわっやっぱり由美先輩!?」
変われば変わるものだ・・・・。先日会ったときは、レッスン帰りでお互いスッピンで飾り気の無い服装だったから変わった感は無かったが。今日は由美先輩のあまりの変貌に驚いた。外見が変わるとキャラも変わるものなのかな?昔から美人だったけど、こんなにテンション高いキャラでもなかったような・・
「ちょっと咲ちゃん、これからお店に行って店長に面接してもらうけど、お店では私のこと まりあ って呼んでよね。間違っても由美とか本名でよばないでよね。」
「・・は?まりあって??」
由美先輩は耳元で小さく囁いた。
「何って、源氏名よ源氏名!みんな本名以外の名前つけてお仕事するの。ウザイ客とか嫌な女とかに本名とか色々バレるとめんどくさいから、本当にやめてよ!」
「あ、はい・・・」
う、ウザイ客って何?嫌な女って・・・・色々バレると面倒って、何ですか??由美先輩からは『ただオヤジの隣で酒作って、楽しく話すだけのお仕事だから☆』とかしか聞いてませんけど!?
私の不安な不安な未知の世界への挑戦が始まろうとしていた・・・・