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18、遠い目

 店長から話があってから、今までは出勤した日は殆どまりあさんのヘルプとして席に着くことが多かった私が、突然その半分くらいは新規のお客さんや、他の女の子の指名の『枝』といわれるフリーのお客さんに着くことが多くなった。


「枝のお客さんって、オイシイから必ずゲットしてね!!」

 営業前や営業後の岩村のミーティングも、前以上になんだか熱が入ってる。『枝』とよばれるお客さんは、すでに誰か女の子を指名で来店されているお客と一緒にやってきた、またはいつも一緒にやってくるお客様のことだ。その『幹』となるお客さんがお店の常連さんだったり、人気のある子のお客さんだと必然的に『枝』であるお客さんも一緒に来店されることも多く、売り上げも折半となるのでオイシイということらしい。必ずゲットしてっていわれても、昼間本当にそこまで暇じゃないから大変なんだけどな・・・

 今日も営業終了後にわざわざ残されてのミーティング。今日はまりあさんがお休みの日だから、新規のお客さんばかりに沢山着いて・・・本当にもうへとへとで、お腹もすいた。

「ほら、ここ一ヶ月弱でこんなにミキちゃん指名のお客さん増えたんだよ!!」

 岩村がいつぞやの大学ノートを出してきた。それには樋口さんを初め、私を指名で来店してくれたお客さんの名前と、ついでにそのときの売り上げ、頼んだボトル等が、来店日と一緒にしっかり書き込まれていたのだ。まだまだノート1ページ分しか無いけど。・・・い、いつの間に・・・。岩村って、結構マメ!?

「ミキちゃんは僕の担当キャストだからね~これくらい当然!これからガンガン売り上げと指名数上げる為に指導していくよ!!」

「は、はあ・・・・」

 おそらく店長と岩村の間では、あの話は生きてることになってるんだろうな・・・・。そうそう、最近ようやく理解できてきたことなんだけど、『MOON』ではキャストの女の子達を数名ずつグループ分けして、何人かのボーイが『担当』として指導や教育なんかをするシステムらしい。私はこのハイテンションの岩村が担当。アキラちゃんはあの小太りの宮道が担当らしかった。ちなみにまりあさんとか、ゆいちゃんはボーイが担当では無くって、店長が直々に『担当』してるんだって。・・なんだかね。分かりやすいっていうか、なんていうか・・・。

それはともあれ、岩村が色々とアドバイスしてくれるのは正直助かってる。

「ね、ミキちゃん。月末のイベントには誰か同伴できないかな?」

「は!?私が!?」

 何を言ってるんだ、岩村は。イベント!?同伴!?

「ミキちゃん、貼ってたポスター見てないの?今月末のイベントはドレス新調デーだよ。店のドレスはレンタルできないから気をつけてね。」

 えっ!?ということは、自分で買ってこなきゃいけないの!?・・・そんな、お金あるかな・・・・。そもそもどこでドレスなんて売ってるんだ。

「それから・・今月末のイベントから来月年内のイベントまで、実は僕の店長就任がかかってるから・・・そこんとこよろしく。」

「・・は?」

 なになに???何!?私が物凄く怪訝な顔をしていたところ、岩村がわざとらしく咳き払いをして話しはじめた。

「・・実はね、来春以降、グループで新店舗を出店する計画と、この店のリニューアルの計画があってね・・・。」

 あ・・・その話・・。こないだ店長が話していた話だ。てっきり嘘かと疑っていたけど、話自体はどうやら本当だったらしい。

「で、『MOON』の他に店ができるってことは、誰かが店長として新たに必要になるってわけだ。オーナーと林田店長と話をして、今月末から来月末までの僕の担当キャストの売り上げ次第で、店長に抜擢してもらうことになったんだ。」

 岩村はにやにやと、なんだか嬉しそうだ。

「他にはさ、今のところオーナー達に売り込む奴もいないし、林田店長も今働いてるボーイの中からって思ってるみたいだから、まあ敵無しって感じなんだけどさぁ!目標金額は絶対達成したいから、頼むよ!ミキちゃん!」

「え、ええっ!?」

 自分の事でも精一杯なのに、なんで岩村の都合なんかにあわせなきゃいけないんだ。大体、岩村以外に次期店長候補がいないなら、別に私が頑張る必要ないんじゃないのかな・・・・


 ミーティング終了後、いつもの寂びれたラーメン屋さんではアキラちゃんが待っていた。ここ最近、木曜日は仕事終わりにアキラちゃんとラーメンを食べて帰るのが習慣になっている。一緒にしょうゆラーメンを頼み、先ほどの岩村の話をした。外はだいぶ寒くて、店からここまで来る間に、だいぶ冷えてしまった。まだ震える手指をこすって、暖める。

「あー、やっぱり岩村、店長狙ってたんだー。」

 禁煙の店内で手持ち無沙汰なのか、アキラちゃんは近くの雑誌を手にとってぺらぺらとめくる。

「新店舗出すって計画はさぁ、『MOON』立ち上げの頃からのオーナーと店長の計画だから、そろそろかなとは思ってたけど。岩村もわざわざ他の店舗から引き抜いて『MOON』作ったしね。岩村が店長になっても不思議じゃないけど・・・」

 そういって、アキラちゃんは何かを考えるかのように、雑誌から目を離した

「でも・・・岩村だけかなぁ、オーナーに売り込んでるの。」

「え?」

 アキラちゃんが頬杖をついて何かを思い出すように目を閉じた。

「うーん。こないだケイ君と話したとき、何人か店長候補にあがってて、他にも店長になりたがってるのがいるとか言ってたような・・」

「・・ケイ君?」

 聞きなれない名前に、つい聞き返してしまった。そんな名前のボーイさんいたっけ?

「ん?・・ああ。ケイ君って、オーナーのこと。オーナーは三上啓二って言って、アタシも店長もかなり昔から知り合いで、うち等の間ではケイ君って呼んでるのよ。」

 私の不思議そうな顔を見て、アキラちゃんが笑って答えた。色々話を聞いてると、アキラちゃんって店長やオーナーともかなり親しいみたい。そういえばアキラちゃんは上野で働いていた頃にオーナーにスカウトされて『MOON』に来たんだっけ。

「やだ、勘違いしないでよ。ケイ君とアタシの間には何もないからねっ。」

 そういって笑い、目の前に運ばれてきたラーメンにコショウをふりかける。私も一緒にコショウをかけ、割り箸を割った。ここのラーメン屋さんは小さくてぼろぼろだけど、結構美味しかった。太麺タイプのラーメンはここのお店で初めて食べたけど、結構癖になってる自分がいる。

「・・・そんなことよりさぁ、ミキちゃん。店長と大丈夫?」

「は!??」

 突然のアキラちゃんの言葉に、私は口にしていたスープを噴出しそうになった。

「店長に、ミキちゃんは素質があるから、もっと頑張れる!みたいに言われたんでしょ?」

 なかなか鋭い。私はもごもごとした返事をして、ラーメンをすすった。自分で『自分が素質あるっていわれた』なんて言うのは、結構恥ずかしい・・。

「・・・アタシもそう思うよ。」

 アキラちゃんはラーメンを食べながら、淡々と続ける。

「アタシも、ミキちゃんは才能あると思うよ。本気でやれば、結構いいとこまでいくんじゃないかな。」

「またまた、アキラちゃん何言ってんの・・」

 ラーメンのスープで体が温まったのか、額から汗が流れてきた。近くの紙ナフキンで汗を押さえる。

「いや、ほんとに。しっかりやるともっと稼げるし、いいと思うよ。すぐにエナさんくらいは追いつくんじゃないかな。ただ・・・・誰を好きになるのも自由だけど、ハマりすぎて自分を犠牲にしないでねってカンジ?どうせ付き合うなら、相手に利用されるんじゃなくて、逆に利用するくらいじゃないと。」

「いやいやいや、店長と何も無いし!絶対、店長とか好きになったりしないから!」

 なんだか誤解があるようなので、目いっぱい否定しておかなきゃ。店長・・・カッコいいほうだと思うけど、かなり年上だし、女関係派手みたいだし・・・。まず、あり得ない。

「そお?だといいけど・・・。ゆいちゃんとか、もう結構ミキちゃんのこと警戒してるからね。気をつけて。」

 アキラちゃんはそう言って、ラーメンを食べ終え、レンゲと箸を置いた。ゆいちゃん・・・そういえば、店長とミーティングした日、はじめて仕事以外の時間に話しかけられたけど、なんだか言葉に棘があるのは感じていた。もしかして、ゆいちゃんは私が店長とどうにかなってるとか疑ってるの!?

「・・・・ミキちゃんには、そうなって欲しくないんだよな・・・」

 頬杖をついて、真っ暗な窓外に視線を運んだアキラちゃんは、大きくため息をついた。何かを考えるように外を見つめていたアキラちゃんが、しばらくして口を開いた。

「・・・昔ね、上野で一緒に働いていたアタシの親友みたいな子がね、その色管理でボロボロになってさぁ・・・」

 アキラちゃんは視線を外にむけたまま、何か遠くを見つめながら続けた。

「・・・・結局、自殺未遂しちゃったんだよね。」

「え・・・・」

 何かがパキーンと音を立てて割れるような衝撃が、私の頭の中に走った。周りの音も聞こえない、自分達以外のすべての時間が止まったような、凍りついた瞬間だった。

アキラちゃんの・・親友が・・自殺未遂・・・!?

 

 ラーメン屋の古い暖房機のブーンブーンという音が、やたら大きく耳に響く・・・

 

  

 

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