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17、誘い

 初指名のお客さんをお見送りした後、店長室に呼ばれた私・・・・


怒られるんじゃないかと、びくびくしながら店長室のスツールに腰掛けた。相変わらず雑多とした狭い店長室は、音楽が流れているフロアからは一線を画したようにしーんと、不気味なくらい静かで、時折パソコンが鳴らす機械音が妙に響く、異空間だった。

「どお?慣れてきた?」

 店長はニコニコしながら椅子に座り、私のほうに向き直る。

「は、はい・・・」

 ここ最近、だいぶ仕事のリズムと雰囲気に慣れては来た。今はそんな仕事中よりずっと緊張して体が強張る。

「初指名、凄いね!結構営業とかしてたの?」

 営業・・・・うーん。営業と呼べるようなことは・・・・何にもしていない。

「いえ・・その、舞台とか忙しくて、メールのやり取りだけだったんですけど・・」

 私はありのままを、恐る恐る話してみた。店長は黙って私の話を、笑顔で聞いている。

「ふーん。凄いじゃん。ミキちゃん、才能あるんじゃない?」

「へ?」 

 突然、何を言われるかと思ったら・・・。私はまた、ぽかーんとした間抜けな顔で固まっていたに違いない。才能?まさか。まりあさんや、ゆいちゃん、アキラちゃんにも到底及ばない。

「売れる素質があるんだよね。俺は何年もキャスト見てきたから、この子はって子、分かるんだよ。まりあだってそう、ピンときた。俺の見る目は間違いないって。」

 売れる子・・・店長のその言葉を聞いたとき、アキラちゃんから聞いたあの話がひっかかった。売れると思った子を、色管理するって・・・。

「い、いや、そんなこと無いです。それに、私、まりあさんのヘルプってことで働いてるので・・その・・指名とか・・」

 私はなんだかんだ必死に、自分が売れる子だってことを否定しようと思った。だって・・・・自分が色管理の対象になるのかわからないけど、もしそんなことになったら絶対嫌だ。まりあさんとも付き合ってて、ゆいちゃんともそんなカンジで、他にも手を出した女の子は沢山居るっていうし・・。

「まりあのヘルプでも、売れっ子はいるんだぜ。うちのナンバー3のエナ。こいつだって最初はまりあの専用ヘルプで働いてたんだけど、今じゃ売れっ子。自分のお客で忙しくて滅多にヘルプに入ることは無いけどさ。」

 エナさん・・・そう、私が始めてこのお店に来た日待機席で見た、背が小さくて細くって、顔が小さくて、目が大きい、金髪のショートカットがめちゃくちゃ似合う、アイドルみたいなもの凄く可愛い子だ。エナさんが人気があるのはわかってたけど、まりあさんのヘルプだったの!?他にも何人か名前が挙がったけど、どれもここ半月働いていて、結構指名のお客さんがいる女の子だなぁと思っていた子ばかりだった。

「エナはまりあと同じ頃に入店してさ、その頃は昼間は渋谷のショップ店員してたから、そんなに夜の仕事やる気なかったし、まりあと仲良かったこともあって専用ヘルプにしたんだけどね。あいつ自身も十分に指名取れる子だったから、まりあのヘルプに入らないとき以外、どんどんフリーにつけてったらあっという間に稼げる子になったってわけ。最初はエナも『私には無理~』とか言ってたんだけど、俺は絶対売れるって確信あったからね。今じゃ時給にすると1万越えだよ。専用ヘルプの時給なんかより、全然こっちのほうがいいんじゃね?去年の人気キャバ嬢の読者投票でも、エナはTOP10に入ってたからね。」

 い、一万円!?時給で!?店長はさらに畳み掛けるように私に言う。

「売れてる子ってさ、基本的に他の女の子のヘルプなんて入りたくない奴が多いんだよ。プライドとか、意地とかあるからね。それでもうちの店なら、まりあ指名だとエナみたいな人気有名嬢もヘルプで着いてくれちゃうこともある、これも大きなウチの売りなんだ。だからさ、そんな売りをもっともっと増やしたいわけ。ミキちゃん、ちょっと頑張ってみない?」

 頑張ってみない?と言われても・・・とりあえず大金が必要なチケットノルマ分が稼げたら、出勤日数を減らそうと思っていた私にはこれ以上に『頑張る』心構えは無かった。色管理のこともあるし・・・・。

「・・い、いえ、年明けの舞台が終わるまで、本当に忙しいんで、そんな、無理です・・・・」

 私は必死に、店長の顔色を伺いながら、やんわりと断ってみた。これでキレられてクビだって言われたらどうしよう・・・・。

「あ、そうだっけ?年明けに舞台やるんだっけか?じゃあ、その後から本腰入れてやればいいよ!今はそれでもできるだけ沢山のお客さんに着けるようにするからさ!」

 ・・・あれ?なんか話が通じてない??断ったつもりなんだけど、断ってないことになってる!?強引な店長のペースに私が戸惑いの表情を見せると、それまでニコニコしていた店長が急に神妙な顔になった。

「いやさ、これはまだ皆には秘密なんだけど・・来春以降、この『MOON』をリニューアルして、新宿にもう一店舗出店する計画なんだ。リニューアル後の『MOON』は大人っぽい雰囲気で、品のある接客の店にしたいから・・・ミキちゃんみたいな子を探してたんだ。リニューアル後のコンセプトはもちろん、まりあをメインに考えてそんなカラーなんだけど、ミキちゃんの雰囲気って、まりあに似てるんだよね。新しいお店の姿に、欠かせない子になると俺は思ってる。」

 リニューアル・・!?それに、私がまりあさんと雰囲気が似てるって・・!?リニューアルとかそんな話、本当なのかな・・。ただ私を夜の仕事にしっかり引っ張り込もうとして、適当におだててるだけなんじゃないかな・・・。

店長は私の迷いをよそに話を続ける。

「ね!とりあえず、今はその舞台頑張ってね!俺も観にいくからさ!・・で、その舞台って、どんな話なの?」

「え、えと・・・・」

 なんだかんだ、舞台の話を長々とさせられてしまい、この仕事を本腰で頑張る云々の話は断ったつもりが、うまく話を逸らされてしまった。


 店長室でそんな話をされた後、その日はまりあさんのヘルプに一度も入る事無く、フリーのお客さんにどんどん付回された。これって、さっきの話、私がOKしちゃった事になってるのかな・・!?入ったばかりで、たいした売り上げも無いヘルプ専用の私があれこれ文句言えた立場じゃないんだろうけど・・・。

「・・・へー。ミキちゃん、フリーのお客さんにも着くようになったんだー・・なんで?」

 営業終了後、メイクルームで着替えてた私に、ゆいちゃんが話しかけてきた。ゆいちゃんが私にお客さんの席以外で話しかけてくるなんて、初めてのことだ。いつもどおりに気だるい感じの話し方だけど、どこかにちょっとトゲを感じる。なんでって私に言われても・・・

その場で着替えをしていた女の子全部が、まるで私の答えを待っているかのような、それとも、他の事情を勘ぐるような妙な空気が流れた。

「え・・ええと・・」

 私が答えに困っていたところに、アキラちゃんが助け舟をだしてくれた。

「今日はチーム・まりあ、沢山出勤してたから、女の子余ってたしね!たまにはいいんじゃない?ミキちゃんはいったばっかりで、経験も少ないからいっぱいお客さんの席、経験しなきゃさ。」

「う、うん・・」

 ゆいちゃんはそれを聞くと何も言わず、黙々と帰り仕度を始めた。


 まさかその日から、私をとりまく環境が劇的に変化していくとは・・・この時は思いもよらなかった・・・

 

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