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15、別世界

 飯岡さんをお見送りしていた私とまりあさん。そこでフロアからの物凄い怒号と女の子の悲鳴、ガラスの割れる音を聞いた。


 私とまりあさんは恐る恐る階段を降りてフロントに向かった。フロントには会計を担当する新人ボーイの細田君が居た。まだあまり話したことはないけど、細田君と私は歳が近いらしく他のボーイの人たちよりは親近感があった。

「・・ちょっと、何なの?」

 まりあさんが小声で、その細田君に問いただす。

「ふざけんなって言ってんだよ!詐欺女めっ!!」

 また大きな怒鳴り声が聞こえてきた。さ、詐欺女って・・・お客さんがキレてるの!?私はどうにか平静を装おうとしたが、初めての事態に気がつくと手が震えていた。こんな怒鳴り声とか、今まで生きてきて聞いたことないよっ!

「・・あ・・たぶん舞ちゃんのお客さんみたいですね・・」

 耳に着けていたインカムで何かを聞いた細田君が小声で私達に話してくれた。それにしても、舞ちゃんのお客さんって・・・

「おいっ!何とか言えって!!」

 また怒鳴り声。そこで奥の店長室から店長が出てきた。

「・・おい!まりあ、ここで何してんだよ!お前は席に戻れ!お客待たせんな!」

 フロアに行こうとした店長がフロントに居た私達を見つけると、まりあさんに声を掛けた。

「・・え、ええ。でも・・」

「いいから!こんな時にお前が席に居なきゃお客のフォローできないだろ!・・・おい、岩村!ミキちゃんどっか席に着けて!」

 店長はインカムで岩村に指示を出し、フロアへ向かった。無言でフロアへ向かうまりあさんと入れ替わって、顔面蒼白の岩村がフロントに飛んできた。

「ご、ごめんねミキちゃん!とりあえず、女の子着いてないテーブルに入ってもらえる?」

「は、はい・・・・」

 岩村に案内されてフロアへ入った私が見たものは・・・・フロア中央あたりの小さなボックス席、飛び散ったグラスやお酒を片付けるボーイ達。顔を真っ赤にして怒るお客さんに、ふてくされた顔の舞ちゃん。一生懸命とりなそうとテーブルの前にひざまずく宮道。そのお客さんは一見大人しそうな・・よれよれのスーツに分厚いメガネ。なんかちょっと、おたくっぽい?お客さんだ。私はちょうど舞ちゃんたちの席の真向かい側にあたる、同じような小さなボックス席に入った。

「・・ごめん、ミキちゃん。フリーのお客様なんだけど、まだ女の子着いてないうちにこんな状況だから、なんかフォローしといて!」

 岩村が私に小声でささやいた。そんな、いきなり言われても・・・・・。

「お、おとなり失礼しますっ」

 あたふたと席に着くや否や、向かいの舞ちゃんの席では今度は店長が対応していた。

「だから詐欺だって言ってんだろ!この女がゆいから指名変えて通ったらヤラせてくれるって言ったんだよっ!!!何か悪りぃかっ!!!」

 隣でふてくされた顔をしていた舞ちゃんの表情が変わった。

「ちょっ、その話は内緒だって言ったでしょ!?」

「うるせぇ!!」

 お客さんが舞ちゃんの胸元を掴み、今にも殴りかかろうかという状態だった。フロア中がしん・・と静まりかえって舞ちゃんのテーブルを固唾をのんで見守っている。

「・・お客様、当店のキャストがご迷惑をおかけしました。どうぞこちらへ・・・」

 店長が深々と頭をさげ、怒り狂ったお客さんを奥へと促した。しばらく色々と文句をつけて動こうとしなかったお客さんだったが、再三店長が頭を下げて、ようやく席を立った。舞ちゃんも宮道に連れられ、しぶしぶ裏に下がった。反省とか、落ち込んだ様なそぶりは全く無くて、何ていうか・・・逆切れしているような態度と表情だった。

次第にフロアはポツリ、ポツリと他のテーブルから会話が戻ってきた。

「・・すごかったねぇ・・」

 私が着いてるテーブルの、初老の身なりのいいのオジサマといった感じのお客さんが口を開いた。そ、そうだ、舞ちゃんのテーブルにすっかり釘付けになって、挨拶もそこそこに、今までお客さんと会話もしてなかったけど、岩村からちゃんとフォローするように言われてたんだっけ・・。ふと周りを見ると、奥の席にまりあさんの姿が見えた。

「失礼いたしました。今までこんなこと無いんですけど・・。ご気分害されたらゴメンなさいね・・」

 まりあさんは動ずるでもなく、やんわりと優美にお客さんに見事なフォローを入れていた。そのお客さんも怒るふうでもなく、いつの間にか楽しそうに笑っている。

「し、失礼しました。今までこんなこと無いんですけど・・ご気分害されたら、ゴメンなさいね・・」

 とりあえず、まりあさんを真似てフォローを入れ、まりあさんみたいに優美にグラスにお酒を注ごうとしたが・・・手が震えていてなかなかスムーズに作れなかった。初めての事にすごく動揺している自分が良く分かる。

「そうだね、今まで飲み歩いていて初めてみたよ。」

 そういうと、初老のオジサマはにっこり微笑んでくれた。

「ご、ごめんなさい。なんか手が震えてうまくお酒作れなくて・・・」

 今度は緊張もあいまって、さらに震える手でグラスをコースターにのせた。ようやく店内も何事もなかったかのように、にぎやかになり、舞ちゃんたちが座っていた席は、跡形も無く綺麗にされ、来店した次の新しいお客さんを既に案内していた。ようやく気持ちが落ち着いて、初老のオジサマと映画の話など盛り上がっていたところに店長がやってきた。

「先ほどは失礼いたしました。お騒がせ致しましたお詫びにこちらのボトルを当店からサービス致します。」

 目の前にはちょっとお洒落なブランデーの新しいボトルが置かれていた。なんと、店長が一つ一つのテーブルにまわり、頭を下げ、お酒のボトルをお客さん全員にプレゼントしていたのだ。この広いフロアにほぼ満員のお客さん・・・このすべてにボトルをプレゼントするなんて、そう安くはないだろう。フロアに居たお客さんはそんなサービスと、頭を下げる店長の対応にすっかり気をよくしたのか、ほどなくすると先ほどの騒ぎはすっかりみんな忘れて楽しんでいるようだった。


 営業終了したのは午前2時。あのあと、あちこちのまりあさんのヘルプにまわり、あの赤ワインを戴き、つまみもいっぱい食べさせてもらってへろへろになりながら終了した。そういえばあの騒ぎから舞ちゃんの姿が見えないけど・・・あたりを見回してみるけど、見当たらない。

「ね、ついにやらかしたね。」

 メイクルームに向かう途中、にやにやしたアキラちゃんが小声で話しかけてきた。

「あのキレたお客さん、ずっとゆいちゃん指名だったんだけど、なんだか最近、突然舞ちゃんに乗り換えてさぁ。なんか有るとは思ってたけど・・」

 ちょうど店長室の前を通りかかったとき、大きな声がして、店長室の扉が壊れそうな勢いで開いた。

「なんでよっ!!!なんであたしがクビなんですかぁっ!!!?」

「いいから出てけって言ってんだろっ!!」

 ブチ切れていたのは・・舞ちゃんだった。すっかりドレスを着替え、私服姿だった。おそらく今日のことで店長と何か話してたんだろう。部屋の奥には・・舞ちゃん以上にブチ切れていた店長がいた。私は目の前に飛び出てきた舞ちゃんから離れ、アキラちゃんとぴったりくっついて壁際に避難した。その場にいた他の女の子達も、静まりかえって舞ちゃんの様子を遠巻きに見ていた。

「なんでですか!?あたし、今月は売りあげだって出してますけど!?ヘルプ専門の子なんかより指名もとってるし、数字出してるのになんでクビなんですかぁ!?」

 臆する事無く、舞ちゃんが店長に食って掛かっていた。

「お客と寝て指名とるのは勝手だけどな、今日みたいに自分で収集つけられないで店とお客と他の子に迷惑かけんじゃねーよ!!今日、全部のテーブルに振舞った1本8,000円のブランデー40本、全部お前の給料から天引きするからな!お前の責任だ、文句ねえだろ!」

 1本8,000円が40本・・・・一ヶ月の給料が無くなる金額だ。舞ちゃんは言い返す言葉が無くなったのか、黙り込む。

「明日から店に来ても、お前のロッカーは無いし、お前の客が来ても追い返す!もちろんどの席にもつけない!」

「ひ、ひどい・・!」

 舞ちゃんが店長をにらみつけた。私が知ってる舞ちゃんからは想像もつかないくらい、憎々しげに睨むその顔は、別人のようだった。そんな舞ちゃんを一瞥した店長は、ふん、と舞ちゃんを鼻で笑う。

「ひどいのは、お前の顔だろ?鏡でも見て来いよ。お前みたいな奴でも、ヤレればいいって物好きもいるみたいだからな、系列のデリヘルでも紹介してやろうか?」

「・・・・わかりました・・」 

 怒りに体が震えてるのか、泣いているのか、舞ちゃんは小さく体をふるわせ、一言話すとそのまま走ってお店を出て行ってしまった。店長も再び大きな音を立てて扉を閉める。その音に、その場にいた女の子全員がビクっとした。

「・・おーこわっ・・」

 ビリっと張り詰めた空気を破るように、小声でアキラちゃんが茶化したようにつぶやいた。


問題を起こすという、舞ちゃん、ブチ切れてグラスだのボトルを割ったお客さん、さらにブチ切れてた店長・・・。なんだか私、本当に別世界にきちゃったみたい・・・・

 



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