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14、響く怒号

 大急ぎで『MOON』に出勤した私。お店はかなり混んできた様子で、待機席に座ってる女の子も少ない。


 そっか・・・今日は金曜日・・。飲みに歩く人が多い日だ。そりゃここまで来る間の道にも、いつも以上に人が多かったわけだ。私はメイクルームに入り、無言のさっちゃんにおそるおそるヘアメイクをしてもらい、その間にメイクを直し、昨日岩村が選んでくれた白いミニドレスを着てフロアに出た。

「おう、おはよう!」

 今日はフロアに店長が居た。

「お、おはようございます!」

 私は元気欲よく挨拶をした。店長、昨日は居なかったのに、やっぱり今日はお店に顔を出すんだ・・。昨日のアキラちゃんの話が頭に蘇る。『店長は今、まりあさんにぞっこんだから・・』果たして本当にそうなのだろうか・・。

「ミキちゃん、おはよ。」

 ちょうどそこへ、まりあさんがやってきた。今日もくるくるに巻き上げた髪をハーフアップにして、キラキラ光る小さなティアラを頭に飾っている。お揃いなのか、同じようにキラキラとゆれるロングピアスにネックレス。物語のお姫様みたいな白いロングドレスで・・・・相変わらずまぶしいくらいに綺麗だった。もうすでに何組も指名が重なっていて、次のお客さんのテーブルに着くところだったらしい。

「今日は飯岡さんからミキちゃんも場内指名もらったから。今日は飯岡さん、あんまり長い時間お店に居られないみたいで・・・私もゆっくりお席に着けないかもしれないから、ミキちゃん、よろしくね。」

 そう言って、まりあさんはにっこり微笑んだ。お客さんの滞在時間まで把握してるんだ・・・。まりあさんはナンバーワンだというからには、お客さんだって飯岡さんだけじゃないはず。

「あ、店長。この後、23時頃いらっしゃる田口さんの接待なんだけど・・予定通りお席と女の子用意できる?」

「ああ、聞いてた。大丈夫、用意してるから、早く席に着け。あのお客様、結構お待たせしてるぞ!」

「よろしく。あのお席でもきっとワイン出るから、もう準備させておいてね。あと、アキラちゃんに入ってもらってるお席、アキラちゃんだけじゃ大変そうだから、誰か空いてたら少し一緒につけてあげて。」

 そう言うとまりあさんはフロアへと向かった。短い時間で店長とお客様の打ち合わせをするまりあさんは・・・凄くかっこよかった。お客様の滞在時間や、この後来店予定のお客様のお席のこと、これから着くお客様がワインを頼むこと、ヘルプの女の子が着いている席のこと・・・どうやったら忙しそうな中、こんなに一度に気配りできるんだろう・・。私はなんだか雲の上のものを見るように、席に座るまりあさんの姿を見つめていた。案の定、まりあさんのお席から赤ワインのオーダーが入り、すぐさまグラスとワイン、チーズの盛りあわせが運ばれていった。

「さ、ミキちゃんも行くよ。まりあ指名、ミキちゃん場内指名の飯岡さん!」

 店長に促され、VIPルームへと入る。こないだと同じく、奥のソファにはニコニコした飯岡さんが待っていた。

「・・おい、お待たせしましたってちゃんと挨拶するんだぞ!」

 小声で店長が私に耳打ちした。私はちいさく頷き、飯岡さんのお席に入った。

「こ、こんばんは、いらっしゃいませ!お待たせしました・・!」

「いいよいいよ。」

 飯岡さんはニコニコと私を手招きした。相変わらず、いい人だなぁ・・。聞けば飯岡さんは8時半過ぎから来ていたという。今日はまりあさんとは同伴ではなかったらしいが、この後何件か回るお店があるので今日は早めに帰るのだという。

「週末になるとね、色々お誘いも多くて。今日は最後には銀座の馴染みのママの所にも顔を出さなきゃいけないからね、あんまり長居できないんだ。」

 ぎ、銀座・・・!銀座といえば、色々と敷居が高い、私にはTVやドラマだけの別世界だ。飯岡さん、銀座にも飲みに行くんだ・・!なんだかいつもフツーのかっこうでニコニコしている飯岡さんだけど、やっぱりVIP席にすわるだけあって、実は凄い人・・?

「ミキちゃん、もう一本同じ赤ワイン頼んでもらっていいかな?」

「はい・・あ。」

 すでに一本赤ワインが開いている。そういえば、まりあさんさっきの席でも赤ワイン頼むとか言ってたけど・・・。私はボーイを呼ぶと、飯岡さんのオーダーを告げた。しばらくすると、なんとまりあさんが大事そうにワインを抱えてやって来た。

「飯岡さん、さっき一本開けたばかりじゃない?いいの?」

 意外にもまりあさんは飯岡さんにワインを勧めに来たわけじゃなかった。確かにまだテーブルの上のボトルにはワインが結構入っている。

「いいんだよ。それ、今度来た時に飲むから開けないでキープしておいて。今日頼まないと無くなっちゃうでしょ?今日はこっちのワイン空けたら帰るから。ごめんね、長く居れなくて。」

 飯岡さんはテーブルの上のワイングラスを傾けた。

「それじゃあ、・・・今度は二人でゆっくり過ごしましょうね?」

 まりあさんはちょっぴりわざとらしく、でも色っぽく飯岡さんに言った。なんだか・・すごくドキっとする仕草と話し方だった。まりあさんは私にもにっこり微笑むと、また席を外してVIPルームから出て行った。

「今日はね、滅多に手に入らない赤ワインをここのオーナーが数本仕入れたらしくてね。今日は本当はここに来る予定じゃなかったんだけど、まんまと営業にひっかかって来たんだ。数も数本限りみたいだし、せっかくだから飲んでみようと思ってね。」

 楽しそうに飯岡さんはワインボトルを手に取る。

「そんなに珍しいワインなんですか?」

 私もグラスにワインを戴き、一口味わってみた。あんまりワインとか詳しくないし、色々飲んだことがあるわけじゃないんだけど、もの凄く濃厚で、でもするすると入ってきて飲みやすかった。これが『美味しい』って表現されるワインなんだろうな・・。たまにコンビニで売ってる300円くらいのワインを飲んだりすることはあるけど、すぐに気持ち悪くなって飲めないので、料理酒にしてしまってる。さすがにこのワインは、300円のワインとはワケが違う。

「市場で買っても10万くらい・・たまにそれ以上するから、ここで1本30万で飲めるなんて破格じゃないかな。」

「ええええっ!?さ、さんじゅうまんっ!?」

 一本30万のワインを二本も・・・しかもそれを破格だなんて・・・飯岡さんって、一体何やってる人なんだろ!?いや、それよりも、他の席でも、おそらくこのワインをいれてもらってるまりあさんって・・・つくづくナンバーワンって、こういうことなんだなと思った。

私は一本30万のワインにびくびくしながらも、今日もまた飯岡さんの面白いお話と雰囲気にすっかり楽しませてもらっていた。

「・・・さて、そろそろ行こうかな・・。」

 ちょうどワインが無くなってきたあたりで、飯岡さんがチェックをした。カードで支払いを済ませ、席を立つ。

「ミキちゃんのその髪形とドレス、似合ってるね。初日よりも、ずっと似合ってるよ。」

 飯岡さんが私に振り返って、ニコっと微笑んだ。

「あ・・ありがとうございます・。」

 私が選んだ髪型とドレスじゃないんだけど・・どうやら評判はいいみたいだった。岩村って意外とセンスあるのかな?

「水商売はね、まずは形からって言われたりするんだよ。ミキちゃんも女優さんの学校出てるからわかると思うんだけど、衣装とかお化粧で気持ちの持ちようも随分変わることってあるだろ。そういう形ってすごく大事なんだ。女優さんが良く言うだろ?衣装は女優の命って。夜の仕事初めてで色々わからないことばっかりだと思うけど、まずは形から、売れてる女の子みんなの真似してごらん。お化粧とか持ち物とか、仕草とか・・・結構、ミキちゃん様になると思うよ。」

「は、はい!頑張ってみます!」

 水商売は形から・・・・か。

「そうそう、その意気!学ぶことは、もともと『真似ぶ』って語源からきてるからね。学ぶことの第一歩は真似ることだよ。」

 飯岡さんの話は、なんだか勉強になる。本来なら、私が接客して楽しませなきゃいけないんだけど・・逆に色々教えてもらってるカンジだ。

「ありがとうございました!」

 お見送りにはまりあさんも一緒にやってきて、二人でお見送りをした。隣に立っているまりあさんからは・・なんだかいい香りがして、本当に素敵だなぁ・・・。

「ミキちゃん、ありがとう。ワイン、苦手じゃなかった?」

 階段を降りながら、まりあさんが私に声をかけてくれた。

「はい、大丈夫です!ごちそうさまでした・・」

 むしろあんな高級なワインを飲ませてもらったことにお礼を言おうとした時、フロアからびっくりするような怒号が響いた。

「ふざけんなよ!!!!」

 女の子の悲鳴と、派手にガラスが割れる音。それと同時に何人ものボーイがフロアへ走る。

「・・・な、なに?」

 突然の出来事に、私とまりあさんは身を寄せ合ってフロアの様子を伺っていた・・・・・。


 






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