12、色管理
その日は、あれからアキラちゃんと一緒に大手企業の方の席に着いて、一緒に場内指名をもらい、しばらくその席で過ごした。初めてお店に来たお客さんのようだけど、みんな30代半ばの品の良い感じのお客さんで、その中の一人のお客さんと連絡先を交換をした。最後には医大生だという10人位のグループに残っていた女の子みんなで着いて、わいわい大騒ぎをして・・・わりと無事に一日は終わった。
「味噌ラーメンと、とんこつ醤油ひとつずつね!」
営業終了語、アキラちゃんに連れられてやってきた、歌舞伎町の端の寂れた感じの、小さなラーメン屋さん。夜中の3時を回るというのに、あちこちのお店が開いているのはさすが歌舞伎町。とはいえ、さすがに3時を回るとお店のお客はそう多くない。カウンターの端に座った私達はセルフで汲んだ水を飲みながら、先ほどの話の続きをした。
「店長とか岩村に、アタシから聞いたって、絶対言わないでよー。」
アキラさんはイタズラっぽく笑う。
「・・この話は、前からお店にいる子はみんな知ってるんだけどね。ゆいちゃんと店長、デキてたみたい。デキてる、のかな?まだ付き合ってるのかよくわかんないんだけど。」
「えええっ!だって、店長結構、年上じゃない!?そ、それに店内恋愛禁止って・・・」
確か店長30代半ばとか・・そんな感じだった。ゆいちゃんってもっと若いと思うんだけど。
「だからさー。これが『色管理』ってやつよ。表向きは店内恋愛禁止なんだけどね。」
「い、色管理!?」
アキラちゃんが言うには、ボーイや店長など男子従業員がキャストに自分のことを好きにさせて、女の子のその気持ちを利用して、仕事を頑張らせ、お店を辞めたり休んだりしないように管理することだという。
「色管理されてるキャストはさ、その男子従業員に気に入られたくて、お仕事ももっと頑張っちゃうわけよ。そうするとお店も嬉しいし、女の子も給料増えて嬉しいし、お互いハッピーでしょ?とかいうフザケタ管理よ。・・・店長はね、もともとその色管理が盛んなプラチナグループってとこで、長いこと働いてたワケ。だから『MOON』でも業績上げるためにおんなじ事してんのよ。」
・・・あの、店長が・・!?なんだかワイルドな感じはしたけど、そんな風に女の子の事を扱うような人にも見えなかったけどなぁ・・・。
「オープンから数えたら、店長が手を出した女の子はキリ無いなぁ。最初は私と同じく上野の店から引っ張ってきた売れっ子ちゃんと付き合ってて・・他にも売れてる子とか、売れそうな子には手ぇだしてたなぁ・・」
ちょうど目の前にラーメンが二つ運ばれてきた。私とアキラちゃんは割り箸をわり、ラーメンにコショウをふりかける。
「いただきまーす!」
とりあえず伸びないうちにラーメンをすする。私がとんこつで、アキラちゃんが味噌ラーメンだった。今日はどの席でもフードを食べることがなかったので、すっかりお腹ぺこぺこだ。
「・・でね、ゆいちゃんが入ってきたのはオープンしてしばらくしてからかな。当時『MOON』は立ち上げたばかりだったから、オープンで集められた女の子達ってほぼ全員、水商売経験者の玄人集団って感じだったのね。そこにやって来たゆいちゃんは初心者で、18歳の大学生のアルバイト・・・玄人集団の中ではとびきり新鮮だったわけ。見た目もモデルみたいに背が高くて細身でギャル系な感じで、悪くないじゃない?直ぐにお客さんの指名も増えて・・・売れる子だって思ったんだろうねぇ、それで店長もゆいちゃんに手を出したってわけ。」
アキラちゃんがレンゲで器用にスープをすくう。。
「ゆいちゃんのほうも、悪い気はしなかったんじゃないかな?店長の女ってポジション。なんだか特別扱いって感じだし。で、そこから頑張って、1年くらい経った頃かなー。ゆいちゃんがナンバーワンになったんだよね。」
「ナンバーワンだったんだ!?」
「うん。その頃ちょうど、オープンから居たベテランが一気に辞めたのもあるんだけどね。ゆいちゃんはフツーの女子大生と話せる!見たいのが受けたんじゃない?ほとんどタメ口みたいな接客で、お客さんと席で喧嘩してるとかも良くあるけど。」
器のラーメンがある程度減ってきた。私は同じく減ってきた二人のグラスに氷水を注ぐ。
「まあ、そんなゆいちゃんのナンバーワンも長くは続かなかったんだけどね。まりあさんが『MOON』に来て2週間。いきなり売り上げ・指名共にナンバーワンを奪ってったわけ。」
アキラちゃんは灰皿を探してカウンターをあちこち見渡すが、なかなか見当たらない。しばらく探して、店内の壁のよれよれな張り紙に『店内禁煙』と墨書きされているのを見て、食後の一服をするのをあきらめたようだ。しぶしぶタバコをケースにしまい、手持ち無沙汰に腕を組む。
「ゆいちゃんは接客っていうか、素のままが受けてる感じだったんだけど。まりあさんは全く逆でね。何ていうか、計算されつくした接客って感じかな。」
「計算!?」
「しばらく一緒に働くと分かると思うんだけど・・このお客さんはこういう感じの子が好き、とか。今日はこのお客さん、こういう気分、とか。なんかまりあさんには分かるのかな。それに合わせて、まりあさん全部演じ分けてる感じ。なんかもう天性の素質みたいなものよね。」
天性の素質・・・。やはりそうでなければたった2週間でナンバーワンにはなれないよね・・・
「素質だけじゃなくって、まりあさん結構努力もしてるし、お客さんに対してマメだからさ。まあ人気出るのは当然かな。まりあさんみたいな接客と営業は、誰もが憧れる理想中の理想で、お手本みたいなもんよ。見た目だって、清潔感あって、美人だし。そんなまりあさんが現れたもんだから、店長の興味もまりあさんに向いちゃってね・・・」
・・・てことは、まりあさんも店長と付き合ってるのかな・・・?
「実際、まりあさんと店長が付き合ってるかはわかんないんだけど。これまでのまりあさんへの優遇っぷりとか、店での態度とか見てると、店長が特別な感情を持ってるのは間違いない感じ。まりあさんがやってきてから、それまで何かとゆいちゃん贔屓だった店長が今やゆいちゃんには目もくれないからねぇ。それに・・・」
「それに?」
私は水を飲み干し、近くにあった紙ナプキンで口元をぬぐう。
「まりあさんのお休みの木曜日、店長もお店に来ないしね。」
「あ・・・・」
そういえば・・・今日はまりあさんがお休みの日だったが、店長もお店には姿を見せていない。店長室に居る気配もなかった。シフトを決めるミーティングも、結局岩村と話して決めたし。
それって・・・・やっぱり二人はそういう事なの??
とても意外だった。学生の頃からまりあさんはモテていて、校内でもイケメンと呼ばれる先輩や、カッコいいダンス講師の先生、バイト先の有名私立大生などど色々噂はあったけど・・・ここまで年上の、キャバの店長と付き合うなんて想像もつかない。
「まあ、あの賢いまりあさんが店長にハマッてるとは考えにくいけどね。付き合ってるにしても、割り切ってるのかなぁ。対して、ゆいちゃんのほうはどっぷり店長にハマってるからね。見てて可哀想。大学1、2年目はまだ暇もあって良かったんだろうけど3年目になるとそうも行かないし、いままでこの仕事のせいで大学さぼったりしてたツケも回ってきて忙しいみたい。それでも毎日休まず出勤して頑張ってるんだけど、まりあさんとの差は埋まらないし、舞ちゃんみたいな変な子にはお客を横取りされるし。」
大学も休みがちで頑張ってたんだ・・・。なんだかそこまでしているゆいさん、可哀想だけど、それほど本気で店長の事、好きになっちゃったのかな・・・。好きな人のために頑張りたい気持ちは、女としてわからないわけでもないけど、なんか・・・・違うと思った。
「だからさ、ミキちゃんも気をつけてね。」
「え?」
「色管理。されないようにね。」
「ええええ!?私ぃ!?」
私は大焦りで手を振った。まさか、あり得ない・・
「初心者って狙われやすいし。・・・恋愛って自由だとはおもうけど、くれぐれも相手にハマらないようにって感じかな。結局、最後に身も心もボロボロになるのは女の子だからさ。そんな子、結構色々見てきてるから・・・・。一応、忠告。」
「う、うん・・・・」
身も心もぼろぼろに・・・・か。そんな女の子をたくさん見てきたというアキラちゃんの表情は、ちょっと悲しそうだった。きっと過去になにかあったんだ、とは思ったが、とてもじゃないけど聞ける雰囲気じゃなかった。
ラーメン屋を出て、しばらく歩いてアキラちゃんと別れ、通りでタクシーを拾った。ラーメンで温まった体もタクシーに乗るまでにすっかり冷えてしまった。11月の夜の街は、寒い。けど、この夜の街はもっともっと、私の心を寒くさせるような、そんな気がした一日だった・・・・