10、近寄る女
指名嬢・ゆいちゃん以外の女の子とは、全く喋ろうともしない千葉さんというお客さん・・・・
私はとりあえず、千葉さんの対面のスツールに腰掛け、お酒を作り始めた。テーブルの上には焼酎のボトルが用意されている。なんだっけ、よく居酒屋とか色々なお店で見る、緑の瓶の焼酎だ。
「焼酎の水割りでいいですか?・・あの、薄めに作りますか?濃い目にしますか?」
お酒の作り方で、またまた機嫌を損ねないようにと、あらかじめ聞いて見た。
「・・・・・ちっ・・」
ま、また舌打ち・・・。困ったな。答えてくれないなら分かりようも無いので、とりあえず自分が考える『普通』な感じで焼酎の水割りを作ってみた。
「・・・おい、おれウーロン割りなんだけど。」
「ええっ!?す、すみませんっ!!」
だったら早く言えよ!と、思いながらも、一生懸命笑顔を作り、ボーイさんに新しいグラスを持ってきてもらった。相変わらず千葉さんは不機嫌に腕を組み、私のほうは一切見ようともしない。歳もそう若くない・・・40代位?ぎすぎすにやせた感じで、イライラしてるのか落ち着き無く貧乏ゆすりをしている。
「・・い、いらっしゃいませ・・・」
私は自分のグラスに水を注ぎ、乾杯をしようとしたが、千葉さんはグラスを持って一緒に乾杯してくれる様子もなかったので・・・一人で乾杯の格好だけしておいた。
「あ・・今日は、ゆいさんと同伴だったんですねー・・。どこに行ったんですか?」
「・・・・・・・・・・。」
「・・えっと・・、私、今日から入店したんです。まだ色々分からないことだらけで・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・。き、今日は寒いですよねぇ~・・」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
完全、無視。一生懸命なんとか会話の糸口を探ろうと色々話しかけてみたけれど、すべて撃沈。今日はついてない日なのかな。ヘアメのさっちゃんといい、この千葉さんといい・・・・。千葉さんは相変わらず腕組して、終いには目を閉じて私の話も聞くつもりも無い様子だった。
そりゃあ、お気に入りの子が来ないと面白くないだろうけど・・・だからって他の子に嫌な態度とって、何か楽しいのかな、この人。裏ではお店の他の女の子達にも嫌われまくってるのに。
無言の時間が長く、長く感じられた。たまに千葉さんのグラスの水滴を拭いては、また二人黙って座ったまま。その間にフロアには他のお客さんたちが次々入り、わいわいと、にぎやかな笑い声が響いてくるようになった。そんな中、このテーブルだけシーンと、静まり返った異様な空間だった。向こう側のテーブルにはアキラちゃんが座っていた。私の様子を見たアキラちゃんは苦笑いをし、『がんばれ』と私に口パクした。がんばれって・・・・頑張ってるけど、そろそろ辛いなあ。ゆいさんまだかな。
「おまたせぇ~!」
沈黙が続き、どうしようも無くなった頃、舌ったらずな声が割入ってきた。振り向くと黒いドレスに、背が高い女の子・・・さっき入り口でちらっと見たゆいさんだ。ドレスに着替えたゆいさんがようやくやって来たのだ。千葉さんはゆいさんの姿を見ると目を開け、腕組を止め、ニヤニヤとし始めた。
・・・分かりやすいおじさん・・・・。
「ミキちゃん・・」
ちょうど良いタイミングで岩村が私を呼びに来てくれた。私は早々に千葉さんとゆいさんに挨拶して、すぐさま席をたった。もうこれ以上はさすがに無理だ・・・。
「ゆい~遅かったな。退屈だったよ~。つまんない女が居たから、もう帰ろうかとおもったぞ~」
「えーごめんー」
背後からはさっきとは打って変わった千葉さんのニヤけた話し声が聞こえてきた。・・・つまんない女で悪かったな!ったく。人のこと完全無視しといて良く言うよ。
「おつかれ様、大変だったでしょ?」
フロアの裏に入った所で、岩村が小声で話しかけてきた。
「そりゃ、大変ですよ!全然話してくれないし・・・・。」
なんだか今の千葉さんの席ですっかり疲れてしまった感じだ。
「ごめんね~。千葉さんさあ、ゆいちゃん以外の子とはほとんどしゃべってくれないから・・・ミキちゃんが悪かったとか、そうじゃないからね!」
「はあ・・・・」
そうは言われても、なんだかテンション下がるなあ・・。しばらく待機席で休んでていいといわれたけど、なんだか休むどころか元気が無くなっていくようだった。出勤と時は自分なりに頑張ろうとか思ってたんだけどなぁ・・・。
フロアでは明るい女の子達の笑い声と、にぎやかなお客さんたちの様子が伝わって来る。待機席の空いた席に腰掛け、ため息をついた。時給5,000円って、凄く美味しい仕事だけど、そんなに楽じゃないんだよね。やっぱり。どの仕事も大変なんだとは思うけど・・・・・
「ねぇねぇ、ミキちゃん?・・でしょ?」
「え?」
すっかり落ちこんだ私の横に、誰かがちょこんと座った。小柄な感じで、色白、黒髪ショートカット、小柄な割には、けっこう肉付きはいいのか、むっちりとした二の腕と胸元、太ももを惜しげもなく披露した、ピンクのミニドレスを着ていた。私よりも随分若い・・・18、19歳くらいに見えた。特別可愛いとか綺麗って訳じゃないんだけど、若さあふれる感じだった。
「ここ、座っていい?」
「あ・・・どうぞ・・」
ていうか、もう座ってますけど・・・・。
「私、舞!ミキちゃん最近入ったんでしょ?私も先月入ったばっかりなんだぁ!仲良くしようよ!」
その舞という子は自分の名刺を私に手渡した。キラキラでラメいっぱいの名刺で、大きな文字で『水月 舞』と書かれていた派手な名刺だった。
「あれ?ミキちゃん、まだカラ名刺使ってるの?名刺頼んだ??」
「え?・・・何も・・」
そういえば昨日いっぱいもらった、お店の名前しか入ってないカラ名刺を使ったままだった。
「名刺は好きなの作れるから、一緒に選ぼうよ!」
「ええっ!?」
そういうと舞ちゃんは、さっさと奥から分厚いファイルを持ってきた。
「はい。このファイルのなかから好きな台紙選べるんだよ。」
パラパラとめくると、中にはさまざまなデザインの台紙が並ぶ。和紙のような和柄や、舞ちゃんが使っていたようなラメラメの台紙、金ぴかの物や、綺麗な草花の写真をあしらったもの、可愛いハート柄のものや、蝶々のデザインのもの、ゴスロリが好きそうなハードな柄から、台紙の素材自体が個性的な半透明のプラスチック製の台紙など・・・見たことも無いような名刺の台紙が並んでいた。
正直、いっぱいありすぎてすぐには決められないような・・・・・。
「あ。もう誰かが使ってる台紙は使っちゃ駄目なことになってるからね。ほら、ここに付箋貼ってるでしょ?」
よく見るとあちこち小さな付箋が貼ってあり、名前が書いてある。
「ほら、この緑の台紙の蝶々柄のが、ゆいちゃんの名刺でー、こっちの白地に金色の蝶々柄なのが、まりあさん!」
真っ白な綺麗な光沢のある台紙に、金色の大きな蝶々の柄に、金文字で名前が印刷されている・・・上品で、ゴージャスな名刺はまりあさんが使っていた。なんだか、まりあさんらしい名刺だった。華やかなんだけど、上品で・・・ナンバーワンらしい名刺だった。
「ねぇねぇ、ミキちゃんは、なんでいきなりまりあさんのヘルプになれたの??」
「へ??」
舞ちゃんが目をキラキラさせながら聞いてきた。
「ミキちゃん、まりあさんと仲良しなの?前一緒に働いてたの?まりあさんのヘルプって、店長が決めたの??店長と仲いいの??」
「いや・・・・そういうわけじゃ・・・」
な、なんなんだろう、この舞ちゃんて。マシガン的に質問をぶつけてくる舞ちゃんに、ちょっとビビッてしまう。私だって昨日いきなり働いて、いきなりヘルプだの専用だのと話をされたばかりでよく分からないのに。
「ねぇねぇ、舞もぉ、まりあさんに超憧れてて、本当にまりあさん尊敬してるから、まりあさんのヘルプになりたいんだぁ。ミキちゃんからさぁ、まりあさんに頼んでよぉ。」
「えええっ!?」
・・・・・なんだか、めんどくさい事になってきた感じ???