4 蓬野姫と可武斗
ムジナ姿の三助が叫ぶと、一太は恐怖の表情を浮かべた。
「一太、怖がらなくていい。これは三助だ」
蓬野が一太を落ち着かせる。
一太はムジナをまじまじと見た。
「三助……。三助なのか……。その目は見覚えがある。三助だ。……すまない、イノシシを駆除することで精いっぱいだったんだ」
「……おれの田は、畑は……」
三助の目から涙が流れる。
「すまない。おれの畑も、こうだ。税を納められない。食べ物もない」
一太は声をあげて泣いた。
「このことは、私から上に話しておく。安心してほしい」
「……蓬野様……」
一太は泣き崩れた。
「では、一太。三助とはこれでお別れだ。何か言うことはないか」
可武斗が言う。
「三助、おれたちにできることは、田を、畑を治すことだ。お前の家族の手伝いもする。おれたちを許してくれ……!」
ムジナの三助は、悔しそうに歯をギリギリ鳴らした。目から大粒の涙がこぼれる。
蓬野たちは一太と別れ、村はずれの社へ行った。社は大きな木々に囲まれ、重苦しい静けさに包まれている。
「三助、お前をこのまま放すわけにはいかない。呪いを解く。お前は死ぬことになる」
少女蓬野が静かに三助に言った。
「……!!受け入れることはできない!」
三助は、目を見開き、怒りで目をつりあげた。
「三助……」
老婆が社で待っていた。真っ白な髪はぼうぼうだ。体はがりがりに痩せている。粗末な着物は擦り切れて風にもてあそばれている。
「母ちゃん!」
「蓬野様が、私たちを助けてくれる約束をしてくださった。お前には、苦労をかけ、さらに魂までも獣に落としてしまって……。本当に申し訳ない」
老婆は痩せた姿をさらに小さくして、力なく泣いた。
「……!」
三助は、悲痛な声をあげた。
「……小童!……うう、蓬野様、母上を頼む。……お願いします」
蓬野は、老婆を呼び、縄の上から三助の腹に手を当てるよう言った。
「では、三助、安らかに休め」
蓬野と可武斗は呪文を唱え始めた。
苦しそうに泣いていた三助の表情が、だんだん穏やかになっていく。そのうち、眠るように動かなくなった。
「……三助!」
老婆は、ムジナを抱きしめて泣いた。
「母上、これはただのムジナだ。三助の魂は浄化された」
蓬野は、痩せた老婆の背を優しくなでた。
三人は、社の隅に穴を掘り、ムジナの死体を懇ろに弔った。
蓬野と可武斗は、小川で顔や手足についた泥を洗って、屋敷にこっそり帰った。
「可武斗、誰もいないか?」
蓬野は先ほどと打って変わって子どもらしい、叱られる準備ができたような表情であたりを見回す。
「はい、大丈夫です」
可武斗も少年らしく、ちょっと怯えた表情。
「よし」
蓬野と可武斗が屋敷の縁側から広い廊下によじ登る。
「おかえりなさいませ」
「!!!」
どこから現れたのか、山吹が廊下に立っている。
蓬野は固まり、可武斗は、急いで山吹にひれ伏した。
「貴族の姫ともあろうお方が、野山をかけまわるとは。母上様は非常に悲しんでおられます……!蓬野様。本日予定の勉強が全て残っておりますよ」
「わかってるよ、山吹……。疲れたから、寝てもいい?」
蓬野は山吹に甘えてみる。
「いいわけ、ありません」
山吹は、毅然と言い放つ。
「ううう……」
蓬野は、首ねっこをつかまれた子猫のように、山吹につれられていった。
「どうだった?」
可武斗が蓬野を見送り、自分の部屋に戻る途中、女の子かと見まごう少年がにこにことやってきて声をかけた。
「鍬形……。人間が、ムジナになっていたよ。姫様が除霊された」
「おれたちは師匠のところで訓練してできているのに、姫様は天然ものだからなあ。すごいよ」
「では、おれたちも訓練しようじゃないか」
「よしきた、可武斗」
可武斗と鍬形は、屋敷を出て野に行った。あたり一面に蓬が青々と生い茂っている。
可武斗は、小枝を拾うと呪文を唱えた。小さな小枝がシャクトリムシのように動いたかと思うと、ぐんぐん大きくなった。人間を簡単に飲み込んでしまうような大蛇になった。
可武斗が呪文を唱え、鍬形を指さすと、大蛇は少年鍬形に向かって大口を開けて襲いかかる。
少年鍬形は、妖しい笑みを浮かべると、大蛇の口に向かって小石を投げた。
小石は、大蛇の口に近づきながら巨大なイノシシになった。イノシシは、長く太い二本の牙を、大蛇の顎めがけて突き刺していく。
大蛇は体をくねらせ、イノシシに巻きつき締め上げていく。
イノシシは、締め上げられるよりも強い力で体を大きくしていく。
イノシシの体はどんどん膨らみ続け、大蛇はミミズのように細く小さく見えるほどになった。
イノシシに体を巻きつけていた大蛇は、ブツブツと細かくちぎれた。
「よし!」
鍬形は、勝利の声を上げた。
「はは!残念だな!」
先に敗れた可武斗も負けていない。イノシシに向けて両手を広げた。
イノシシはとめどなく巨大になり続け、風船が破裂するように粉々に飛び散った。
「ああ!!」
鍬形が残念な声を出した。
「でも、おれが先に勝った」鍬形が唇をとがらす。
「詰めが甘い」
可武斗がかわいらしい顔に満面の笑みを浮かべる。
「よーし、もう一度!」鍬形が術をくりだす。
可武斗は、言うより先に鍬形に木刀を振り下ろす。
「うむ……!」すかさず鍬形も木刀で立ち向かう。
可武斗は木の葉を拾ってパッと投げた。一瞬のことである。木の葉は蜂になって鍬形に襲いかかる。
鍬形は木刀で可武斗に振りかざし、木刀の切っ先から炎を噴出させた。
炎が蜂を焼き殺す。
可武斗は炎をよけ、身をひるがえしながら土を拾って投げる。
土は炎を浴びると、溶岩のように真っ赤に焼け、鍬形に襲いかかる。
鍬形は、木刀をぐるっとまわすと、切っ先から水を噴出し、一気に凍らせた。
分厚い氷の壁ができる。溶岩は氷の壁にめりこみ、じゅうじゅうと多量の湯気をあげる。
鍬形がその場から離れ走ると、すかさず、可武斗が木刀で襲いかかってくる。
こうして、二人は日が暮れるまで戦い続けた。
「あー、いいな、なんか楽しそうなことをやってる」
座敷に座り、蓬野は術の放つ怪しげな香りが風に乗ってくるのを感じながら筆を動かしていた。
「姫様、集中して書いてください。恋文の達人は、人生の達人ですよ」
「わかってるよ、山吹」
蓬野も、山吹の厳しい鍛錬に耐えていた。




