3 蓬野姫
時は遡る。
母姫の産気が強くなった。汗だくになって、母姫は女の赤ん坊を産み落とした。
「母姫様、元気な姫様がお生まれになりました」
産婆がうれしそうに母姫に赤ん坊を見せてくれた。
「まあ、かわいい」
母姫が赤ん坊を優しく抱きしめた。
母姫と産婆たちしかいないのに、突然、複数の人の声がしはじめた。
『かわいい子だ』男性の声。
『さすが、私の孫だ』女性の声。
母姫は、驚いて顔をあげた。そこには、母姫の亡くなった祖父や祖母、叔父や叔母たちがみんな笑顔で赤子をのぞきこんでいる。
「母姫様。これは……。この赤子様は……」産婆も驚いている。
「この子、霊能力者なのだわ……。私、これほど霊が見えたの、初めてだもの」
「私もでございます。これほどのご先祖様の霊………めでたいです!!」
「本当ね。この子は生まれながらに守られている子どもなのだわ」
このことはすぐに屋敷中に知れ渡り、屋敷は喜びに満ち満ちた。
屋敷の周りで蓬が青々と元気に育っている様子から、赤ん坊は蓬野と名付けられた。
蓬野は、すくすく大きくなっていく。その間、屋敷の中にはたくさんの先祖や友人の霊が歩き回り、にぎやかだった。
しかし、霊が見えているのは、母姫、母姫の乳母、そして蓬野の父だけ。家人たちには見えていない様子。
霊たちは、蓬野がしゃべれるようになると、父、母たちにも霊は見えなくなってきた。
その代わり、蓬野にはしっかり見えていて、霊たちがいろんなことを教えているようだった。
蓬野が歩けるようになると、母姫がちょっと目を離すだけで姿が見えなくなった。
母姫が慌てて探すと、重い木戸が音もなくすーっと開き、蓬野は木戸の向こうからよちよちと歩いてきたりして、母姫を驚かせるのだった。
「これは、私の手に負えない予感がするわ」
母姫は、夫に頼み、屋敷の中での教育係兼友人として、蓬野より少し年上の少女山吹、蓬野の霊能力に対応できるような霊能力を持った少年可武斗と少年鍬形を常につけることにしたのだ。
蓬野が四歳になると、可武斗と鍬形の霊能力など比にならなかった。
可武斗と鍬形は、霊能力を学び、もっと強くなりたいと母姫に懇願した。
母姫は、二人の望みを聞き、有名な陰陽師、四谷喜平を師匠につけた。毎日、師匠四谷のもとで可武斗と鍬形は練習を積んでいく。
そんなある日、可武斗と鍬形が師匠四谷にならって火の術、水の術で戦っていると、急に空が真っ暗になった。
三人は、どうしたことか、と空を見上げたとたん、滝のような水の塊が落ちてきて、可武斗と鍬形の火の術、水の術はあっという間に流されてしまった。
「あっぱれな術でございます、蓬野姫」
師匠四谷は、びしょびしょの姿で、幼い蓬野にひれ伏するしかなかった。
「みんな、仲良くしなくちゃいけないんだよ!」蓬野は小さな頬をふくらまして怒っている。
「姫様、練習をしていたのでございます。ケンカをしていたのではないのですよ」可武斗もびしょ濡れで笑っている。
「そうなの?」蓬野は怪訝な顔をした。
強い術を使った後も、疲れた様子はなく、蓬野はケロリとしているのだった。
「どこへ行ったの」
母姫が、ゆっくり大広間を歩きながら探している。
蓬野はもう少し大きくなると、屋敷の中で姿を探すのが大変になってきた。
「母姫様、蓬野様はあちらの方へ……」
侍女の少女山吹が、向こうの山を指さし答える。
「まあ、また?誰か一緒なの?」母姫は表情を曇らせる。
「はい、可武斗が一緒に」
美しい母姫は、部屋の向こうに広がる小高い山を見て、大きなため息をついた。
「ああ、蓬野姫が野山をかけまわっているなんて。みんな、くれぐれも内密にお願いしますよ。どこにもいませんからね、あんなおてんば姫は……。でも、元気が一番ね。うちの姫は、病気なんかしないもの。うふふ」
我が子の元気は、母にとってうれしいこと。
「はい、母姫様」
多くの貴族の少女たちは、部屋の中か、せいぜい屋敷の庭で遊ぶのが一般的だ。いくら子どもといえども、野山を駆けまわる少女は皆無に等しい。母の心配をよそに、幼い蓬野は毎日、山をかけまわり、夢中になって遊んでいた。
木々が生い茂る山の中。蓬野は土に両手をつき、足もとの暗い穴をじっとのぞきこんでいる。猫が通れるくらいの穴は静かだ。
可武斗が糸のついたカエルの干し肉を穴の中に投げ込んだ。穴の中からかすかな音がした。
蓬野は、穴に尻を向けてまたぎ、穴の入口で両手を広げた。
可武斗はゆっくり、糸をたぐり寄せる。
穴の中から、のそのそとこげ茶色の生き物が出てきた。口をぺちゃぺちゃと動かしている。干し肉を食べたらしい。
生き物は、頭を穴からひょっこり出した。少し、あたりをうかがう。それから、首、肩を穴から現す。タヌキのような生き物。
上から、すかさず蓬野が生き物の首を押さえつける。
生き物は驚き、一気に穴から出てきて走りだそうとする。
蓬野は、生き物の首根っこをがっちりつかんでいる。
生き物は、暴れながらバチン、バチンと小さな雷のような光を体から発した。
蓬野が、うん!と踏ん張ると、雷光は蓬野の体をよけていく。
暴れる生き物の体を、少年可武斗が太い縄でぐるぐる巻きにした。
「よし!捕まえた!」
「それは可武斗が作った術を通さない縄よ。どう、使い心地は」蓬野がケラケラ笑う。
可武斗がそれを近くの木の枝にぶらさげた。
「小童め!我を放て!」
タヌキのような生き物は、縄でミノムシみたいになってぶらさがり、怒鳴っている。その目は怒りにつりあがっている、人間の目だ。
「うん、本当の意味で解き放ってあげるよ、三助。お前は、五太の家の三助だろ?なんでムジナになって人びとを苦しめるんだ?」
蓬野が人間の目をもったムジナに話しかける。
「当り前だ!やつらは、おれの畑を荒らした。おれの田に石を入れた。おれだけ、税を納められない!やつらのせいだ!やつらを苦しめてやるんだ!」
「そうか、お前にはそう見えたんだな」
「当り前だ!」
ムジナの三助は目を怒らせ、ムジナの歯をカチカチ鳴らして怒っている。
「よし、行こう」
蓬野と可武斗は、ミノムシ三助を結んだ枝を折り、枝ごと三助を村へ担いでいった。
「見てみ」
ある畑で、蓬野は立ち止まり、三助に見せた。
畑の中に大きな石があちこちに転がって、作物がつぶれている。
「これは…。一太の畑じゃないか」
「三助の畑と同じだろう?」
「……!」
三助は目をつりあがらせる。
蓬野たちは、そのまま一太の畑に入っていく。奥へ行くと、うず高く積み上げられた小山が見えた。生臭い。巨大なイノシシの死体だ。
「畑や田を荒らしていた犯人は、こいつだ。私が駆除した。村の人びとは、こいつらを駆除するために石を投げたりしていたんだ。作物をつぶすためじゃない」
「……!!」
「もっと早く、三助に教えてあげれたらよかった。すまない、恨みでそんな姿になってしまったんだな」
畑の奥から、大きな男がしょんぼりして出てきた。
「一太!」




