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2 恐怖

 男が都に持ち込んだ恐怖は夜が明ける前に、都じゅうに広がった。


 平民たちが住まう小屋では日没後には小屋の外に出ないよう、口々に言い伝えられた。


 貴族が住まう屋敷には大勢の兵隊が集められ、それぞれの屋敷を守らせた。


 天皇が住まう寝殿では、家老たちが寄り集まって眉間にしわを寄せていた。


 「いったい、どうしたものか」


 「捕えた男は、一体何を見たのだ?」


 「もののけにとりつかれているようで、まともに話しをすることができないとか」


 「では、何があったのかわからないではないか」


 「……兵隊を派遣してみましょうか」


 「うーむ、どれほどの危険の中に兵隊を出すのか、わからないままなのは不安だ」


 「しかし、このまま何もわからなければ、都じゅうが不安なままですぞ」


 「昼間、あたりがよく見えるあいだに一番兵を視察に行かせるのはいかがか」


 家老たちは首をひねり、眉間に深くしわを寄せる。


 「……それしか、なさそうだ」


 家老たちが座っているより一段高い場所から声がした。


 そこには、荘厳な模様がしつらえられた御簾(みす)がかけられ、向こう側は見えない。少しだけ巻き上げられた御簾の下から一目で高価だとわかる着物がのぞいて見える。


 家老たちが一斉に御簾に注目する。


 「天皇様……」


 家老長がしぼりだすような声を出した。


 「兵隊を信じよう」


 御簾の向こうから澄んだ声。


 家老たちは平伏して声に賛成の意を表した。




 都じゅうから集められた、屈強な兵隊が組まれた。


 兵隊の一団は、宮の広場から都のはずれへ向かって出発する。


 「頼むぞ!」


 「お気をつけて!!」


 貴族の屋敷の立ち並ぶ大通りを行進すると、貴族の屋敷に仕えている家人たちからの声援が飛んだ。


 兵隊たちは、頼もしそうに行進する。


 兵隊は、平民が住まう小屋が立ち並ぶ通りを進んでいく。


 こちらでも、心からの声援をたくさん浴びながら行進していく。


 やがて、都のはずれの門までやってきた。隊に緊張が走る。


 兵隊長が、隊の行進を一度止めた。


 「みなの者、ここからだ。気を引き締めて行くぞ」


 兵隊長が隊に声をかけると、兵隊は大きなときの声を上げる。


 


 寝殿の奥。家老たちが首を長くして待っていた。


 「兵が戻ってきたようです」侍従が興奮を抑えた声で伝えてきた。


 「ぎりぎり、日暮れ前だ」


 家老たちは立ち上がり、兵隊の帰ってきた庭に通じる廊下に飛び出していく。


 「よく帰ってきた」家老長。


 「申し上げます」兵隊長が報告を始めた。


 町の門より少し離れた場所に、一体の男の死体があったこと。


 死体に傷はなく、自然に死んだのか、もののけに殺されたのか不明。死体は検査室に持ちかえったこと。


 その他には異常なし。


 「よくやった。今日はよく休んでほしい」家老長が兵隊たちをねぎらった。


 兵隊たちはときの声を上げ、解散していった。


 持ち帰った死体は、医師たち、陰陽師たちによって様々な角度から調査された。


 しばらくして出された報告はこうだった。


 自然に死んだとは考えづらい、筋肉の硬直、表皮の変色、脱毛が見受けられた。


 よって、「もののけによる死亡である」となった。


 この報告内容は、すぐに都じゅうにかけまわった。


 もののけが人を殺す。


 都は目に見えない恐怖に震え上がった。


 貴族たちは屋敷のひさしを降ろし、外部からの侵入を防いだ。


 平民たちは、できるだけ都の中心に避難しようとして小屋を解体して中央に引っ越す始末。


 もともと都の近くに住んでいた平民たちの生活は、新たに引っ越してきた平民の殺到に圧迫され、あちこちでケンカが絶えない。


 朝起きたら、自分の小屋の入口をふさぐように新たな小屋が立ち並ぶことが頻発した。


 ついには、都の一番外側に住んでいる身分の低い貴族の庭にまで平民が侵入する始末。


 いくら検非違使が追い払っても、平民が道を作ってしまい、貴族の生活を脅かし続けた。


 家老たちは、頭を悩ませた。


 陰陽師にもののけ退治を依頼するが、陰陽師たちはもののけの正体をなかなかつかむことができなかった。


 陰陽師の四谷喜平よつや きへい蓬野姫よもぎのひめの屋敷を訪れたのは、そんなときだった。




 四谷は、御簾の向こうの人物に平伏していた。


 御簾は少しだけ巻き上げられ、すばらしい十二単が覗き見れる。


 「楽にしてちょうだい。四谷。久しぶりね」御簾の向こうにいる姫の明るい声。


 「姫様にはすこやかにご成長された様子でなによりでございます」


 四谷は顔をあげ、にこやかに微笑んだ。まるで祖父のような優しい笑顔。


 「四谷が来るということは、あの件ね」


 「さすが、姫様。お察しがよろしいです」


 「面白そうなんだもの!」御簾の向こうでさえ、蓬野姫の興奮が伝わってくる。


 四谷は祖父のように目を細めた。


 「姫様は行ってはいけませんよ。可武斗かぶと鍬形くわがたにお願いします」


 「えええ、私も行きたい!」


 蓬野姫が立ち上がった。御簾を持ち上げ、四谷が座っている近くまで歩いてくる。


 かぐや姫かとみまごうような美女だ。だが、幼さもまだ残っている。好奇心旺盛な瞳が輝いている。


 四谷はうれしそうにパッと一瞬目を見開き、すぐに顔をしわくちゃにして笑う。


 「本当に大きくおなりだ。でも元気さはお小さいときから変わらないですね。姫様、かろやかに人の前に出てこられてはいけませんよ」


 「行きたい!」蓬野姫はほおをふくらます。


 四谷はくすぐったそうに笑う。


 「姫様、可武斗と鍬形を使いこなすのも、あるじとしての大切な仕事ですよ」


 「……わかったわ」


 蓬野姫はぷう、とふくれたが、すぐに唇を動かさずに小さくささやいた。可武斗と鍬形を呼ぶ。


 すぐに二人の少年が部屋の外にやってきた。二人とも平伏している。


 「お久しぶりです、四谷師匠」


 「おお、ふたりとも大きくおなりだ。頼もしい限りです。顔を見せておくれ」


 四谷は目を細めた。少年たちが顔をあげた。二人とも、少女かとみまごう美少年。


 「では、二人に命ずる」四谷は厳しい表情になり、仕事を告げる。


 「都を騒がしているもののけを見つけるのだ」


 「はい」


 可武斗と鍬形は頭を下げると、すっと姿を消した。

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