13 黄金の思い出
和尚は、美しい天女が描かれた掛け軸を見ていた。
黄金のときと同じように、和尚は天女に向かっていろいろ、おしゃべりをしていた。
黄金には聞こえなかったけれど、天女もうれしそうに和尚にしゃべりかけているように見えた。
黄金は、和尚が天女に取られた、と思った。
驚き、悲しかった。
その場から逃げ出した。
黄金は、万福寺の高い塀を軽々と飛び越え、京の街を走った。
黄金はすぐに都の端まで走り抜き、山へ入る。
そこで、老猿に出会った。楽しかった毎日。鶴が霊能力を強くしてくれた。
楽しかった日々は、露と消えた。じいちゃんは死んでしまった。
悲しい。悲しい。悲しい。
夜の京を走りに走っていると、強い霊能力のにおいに気が付いた。
黄金は、悲しみのため、ゆっくり歩きながら霊能力のにおいに引き寄せられていく。
大きな屋敷にもぐりこむと、ひとりの姫が筆を使っていた。
前に見た、人間だ。すごい霊能力だ。
黄金は、さっきまでの悲しみが消えるほど、姫の霊能力に見とれた。
黄金は、するりと部屋に入った。自分の霊能力は消した。
暗い部屋の隅で、黄金は伏せて姫を見つめていた。
今は何も霊能力は使っていない姫だが、強さ、優しさが感じられた。
ああ、まるでお経を聞いているような気持ちよさだな。
黄金は、前足にあごを置いて、じっと姫に見とれていた。
姫は長い間、筆を紙にすべらせている。
姫が、誰かを呼んだ。返事がない。
姫は再び筆を動かしていた。
突然、姫は、驚いたように立ち上がり、向こうを向いて強い霊能力を自在に操り始めた。
黄金は驚いて立ち上がる。
どうしたのかな。
黄金は立って姫の様子を見ていた。術のにおいがする。強い!
姫と仲良くなりたいな。
姫なら、楽しくおしゃべりができるような気がした。
黄金は、姫に夢中で他に人間がいることに気づいていなかった。
黄金はうれしくて姫に近づこうとしたとき、強い棒でぶたれた。
一瞬で目の前にやってきた人間から不意打ちを受けた。しばらく記憶が吹っ飛んだ。
すぐに目が覚めた。見回すと、まだ姫とは別の身体能力が高い人間がいる。やっかいだな。
今日は退散しよう。また今度来てみよう。今度はあの邪魔な身体能力の高い人間はいないかもしれない。
黄金は一目散に逃げた。
が、霊能力で体が動かない……!
それどころか、姫がこちらにやってきた。
すごく近くに寄ってくる!なんだ、この霊能力!体から力が抜けていくみたいだ。
小さかった姫がみるみる大きくなっていく。巨人のようだ。
姫が、すごく大きくなったぞ?なんだ、これは?
黄金は姫に抱えられてしまった。この姫、巨大化するのだろうか。食べられやしないかな。怖いな。
姫が、黄金の額に、額をくっつけてきた。
ものすごい霊能力で、頭の中に入ってきた……!怖い!
黄金は震えた。
「怖くないよ。私は蓬野。黄金、今、一瞬で黄金の記憶が私の中に流れこんできたわ」
姫が優しく話してくれた。
え……?
同時に、姫の記憶が黄金の頭の中に流れこんできた。
…………!!!
「怖くないでしょ。仲良くしましょ。黄金、今から私の家族になるのよ」
………!
「悲しければ、泣いていいのよ。うん、一緒に万福寺にさよならを言いに行こう」
『一緒に行ってくれるの?』
「もちろんよ」
姫は、にっこり笑った。姫の心は、黄金の心だ。
例えるなら、コーヒーとミルクが混じりあって、優しく、深く、落ち着く。
そんな心と心の混じりあいが起きていた。
黄金は蓬野を信じた。
蓬野も黄金を信じた。
「行こう」
行こう。
蓬野と黄金は、夜の京を歩き始めた。
「そうか。それが黄金のおいたちなんだね。で、今から万福寺に行くんだね」
「そう」
「……って、こんな夜中に?」
「そう」
「和尚、驚くんじゃないの?」
「たぶん、寝ているでしょ。夢にするの」
「夢?」
「そう。寝ているところを、たたき起こすのだけどね。これは夢でしたよ、っていう結末」
「夢か。それはわかった。和尚は黄金の話しを聞いてくれるかな」
「聞いてくれるでしょ」蓬野はこともなげに言う。
「……自信あるね。なぜ?」沖の中将はあきれる。
「うわさでは、和尚は無類の美術品好き。黄金のことを嫌いになっていないわ。ただ、新しい天女を手に入れて、うれしくて舞い上がっているだけ。なんなら、さらに新しい美術品を手に入れたら、それに夢中になるでしょう」
「じゃあ、美術品が手に入るたびに、今までの美術品は忘れてしまうってこと?」
「さあね。和尚に聞かないとわからないけれど。忘れてはいないんじゃない?好きなんだから」
「……姫、黄金は人間が好きなんだね?」
「そうよ。だから、黄金は人を殺していない。そもそも、黄金の記憶の中に、検査室にいる死体の記憶はない」
「信じるよ」沖の中将は、大きくうなずいた。
蓬野虎と沖の中将は、話しながら夜道を進む。
もし、この光景を遠くから見た人間がいれば、金色の魔物と殿が闇夜を歩いている姿に腰を抜かしたに違いなかった。




