12 黄金と和尚
蓬野猫と沖の中将は、蓬野の部屋を出て真っ暗な通りを歩いている。
通りには、誰もいない。知らない人が見たら、沖の中将がひとりで夜道を歩いているようにしか見えない。
「どこに行くの?明日になってからでもいいんじゃない?」
沖の中将は、真っ暗な道を歩きながら質問した。足もとには小さな子猫がちょこちょこと歩いている。
「あら?夜道を行くのが怖いの?沖の中将は、帰ってもいいのよ。私は大丈夫だから」
蓬野猫は、みるみる大きくなり、もとの虎の大きさに戻った。
「う……!いや、姫をひとりで行かせたとなると、僕のプライドに傷がつく。いくら姫が強い姿だとしても、ひとりで行かせるわけにはいかない」
「そ。じゃあ、一緒に来る?」
蓬野虎は、沖の中将と並んで真っ暗な夜道を歩いた。
歩きながら、蓬野は、沖の中将に話した。
「私、初めて他人の中に入り込んだのだけどね」
蓬野は不思議な話しをした。
蓬野は、虎を見たとたん、この子と一緒になれるという予感がした。
子猫になった黄金の額に自分の額をつけると、思ったとおり、蓬野と黄金は一緒になった。
すると、蓬野の頭の中に、黄金の今までの記憶が全て流れ込んできた。
黄金の初めての記憶。絵師が最後の仕上げをしていた。絵師の黄金を見るまなざしは真剣で、子どもを救ってほしいという強い願いを感じた。
黄金は屏風に描かれた虎だ。
絵師が黄金を全て完成した日、絵師は黄金を描くよう依頼した男女に会い、話しをした。
「私の魂をかけて描きました。お子様はきっと、すこやかに大きくおなりでしょう」
「ありがとうございます」
きれいな着物を着た男女は、涙を流して絵師に感謝していた。
それからは、黄金の前に布団がしかれ、幼い子どもが寝かされるようになった。
子どもは痩せて、顔色も悪かった。でも、黄金を見ると、うれしそうに笑った。
子どもの父母も、子どもが笑うのを見て、とてもうれしそうだった。
でも、黄金は虎だから、どうしてもにおいに敏感だった。
子どもの体からは、死臭がしていた。
子どもは、まもなくして亡くなってしまった。父母は、大変悲しみ、黄金を見るのもつらい、と屏風を売りに出した。
黄金は、子どもの役に立てなくて、悲しかった。もう一度、子どもの笑顔が見たかった。黄金は、毎日泣いて暮らしていた。
気が付くと、黄金は万福寺にいた。
まあるく太って、優しそうな顔をした和尚が、毎日黄金を見てうれしそうに笑っていた。
和尚は、毎日、お勤めの経を読んでいた。
黄金は、子どもが亡くなった悲しみにくれていたが、和尚が黄金の前でにこにこ笑い、毎日経を聞かせてくれたので、黄金はだんだん元気を取り戻した。
和尚は、黄金の前で、今日あったことを話したり、経の練習をしたりした。
黄金は和尚に慣れてきて、和尚には聞こえなかったけれど、黄金も和尚におしゃべりをしていた。
「虎よ、新しい経を得たよ。聞いてくれ」
和尚は、黄金に経を聞かせた。
『和尚様、経の内容は理解できないけれど、ありがたみを感じるよ。なんだか気持ちがいい』
黄金は、うっとりしながら経を聞いていた。
こうして、たわいない話しをしながら毎日過ごしていた。
ある日、和尚がもう三日も黄金の前に来ていないことに、気が付いた。
忙しくて、どこかに経を読み上げに行っているのかな。
始めはそう思って、和尚を待っていた。
しかし、一カ月、二か月経っても、和尚は来ない。
おかしいな。
黄金は、毎日の経のおかげで霊能力がぐっと上がっていた。
黄金は、自ら屏風を抜け出し、万福寺の中を歩いた。
和尚、どこかな。いるのかな。
和尚のにおいを探して歩く。
和尚は、万福寺の中にいた。
『あ、和尚!見つけた!』
黄金は、和尚に喜んで飛びつこうとした。
和尚の後ろから虎は足取り軽やかに近づいていく。
和尚の背中に顔をすりよせようとした。
「今日もきれいだね」
和尚は何かに向かって話しをしている。
あれ?誰に話しているの?
虎は、和尚の背中ごしに、和尚がにこにこ笑いながら話しをしている相手を見た。
虎の心が、ずしん、と殴られたような衝撃を感じた。




