11 老猿、死ぬ
虎は、山を越え、老猿のところへ戻った。
『じいちゃん、帰ったよ!鶴が帰っていいよ、って言ったの』
虎は老猿を探した。
『じいちゃん、どこなの?』
夜でも虎には関係なかった。慣れ親しんだ山をくまなく探した。
『おかしいな』
老猿がいそうな木の枝、岩の上をくまなく探した。
『行き違いかな?』
虎は山を二周しても、老猿に会えない。
『これは、本当におかしいぞ?』さすがの虎も胸騒ぎをおぼえた。
虎は、山の中で老猿が行かないような場所を探した。老猿のにおい、霊能力のにおいを探した。
『においがしない……』
虎はじいちゃん、じいちゃんと叫びながら走り回った。
『出て行け!』頭の上から大きな木の枝が降ってきた。
見上げると、木の枝に二十匹ほどの猿たちが座って虎をにらんでいた。
猿たちは、木の枝を折って虎に投げつけてくる。
『出て行け!ここは我らのテリトリーだ』猿たちが威嚇する。
『ごめん、じいちゃんを探しているんだ。知らない?』
虎がおとなしくたずねると、猿たちは一瞬、沈黙した。
『ふ、ははは』一匹の猿が笑った。つられるように、全ての猿が笑いだす。
『なんだよ、知っているなら教えてよ』虎が言うと、猿は虎を馬鹿にしたようにもっと笑った。
『老猿は死んだ』猿の中で一番大きなボス猿が答えた。
『え……?』虎は、理解できなかった。
『死んだんだよ。死体は、おれたちが食べてやったよ。これでおれたちも、霊能力がついたはずだ』ボス猿が笑った。
虎は言葉が出ない。
なんだって?じいちゃんが、どうしたって?
ショックで動けない虎の頭の上から、大量の木の枝が降り注いだ。
痛みよりもショックが大きく、虎は動くことができずにいた。
『出て行け!出て行け!』猿たちは虎をあざわらった。
虎の頭に大きな枝が直撃して、やっと虎はハッとした。
虎は、ゆっくり歩きだした。じいちゃんの、においはどこだ。
虎の体じゅうから怒りのにおいが放たれた。
じいちゃん、猿のテリトリーにいるんだな?今から行くから待ってて。
猿のテリトリーをゆっくり歩く。
猿たちは、しつこく枝の上から追いかけてきて虎に悪口雑言をあびせる。
虎には聞こえなかった。ひたすら、老猿のにおいを探して猿のテリトリーを歩く。
ほどなくして、老猿のかすかなにおいを捕まえた。虎は、一目散に走りだす。
見つけた!
木々が立ち並び、その下に低木が密集している場所だ。老猿のにおいと血のにおいがした。
虎は、老猿のにおいがする方へ急いだ。低木の葉の上に、けものの毛があちこちに散らばって風にふわふわなびいている。血は、すでに固まり、土に同化している。
低木の葉の上に散らばる毛には、ときどき肉片がついていた。虎はそれに鼻を近づけた。老猿に間違いなかった。目の前に、散らかった毛と肉片は、間違いなく老猿だった。
『どうだ、わかったか』猿たちが追いかけてきてあざ笑った。
『じいちゃん、帰ったよ。鶴が帰ってもいいよって言ったの』
虎の金色の目から涙が流れた。次から次へ流れて、景色がにじんだ。
『人間もたくさん見たよ。小さい人間で、すごいのがいたよ。じいちゃんにも見せてあげたかったな』
虎は、低木の葉に引っかかっている老猿の毛に顔をすりつけた。懐かしいにおい。会いたかったにおい。
『わ、ははは。老猿の肉は硬かったぞ。まずかったが、食ってやった。ありがたく思え』
猿たちが木の上で馬鹿にして笑った。
虎は木の上をにらみつけた。
宙に飛び上がり、宙を蹴った。虎の体は矢のように宙を走った。高い木の枝に座って安心してあざ笑っている猿たちを次々かみ殺していった。
ボス猿が驚いて一番に逃げていたが、すべての猿を殺した虎はボス猿を八つ裂きにした。
すべての猿が地面に落ちて転がっているのを見ても、虎は満足しなかった。虎の悲しみは少しも癒されなかった。
虎は涙を流して泣いた。
悲しくて、悲しくて、大きな声で泣きながら夜空をどこまでも力のかぎり走り続けた。
虎は、どこをどう走ったのか、記憶にない。
気が付いたころには、太陽が高くのぼっていた。
『ここは、どこ……』
始めはわからなかったが、疲れ切った目でぼんやり見えてきたのは、広大な万福寺の全貌だった。
虎は、万福寺の屋根の上に座っていた。
『ああ、ここがいいな。でも、もう和尚は来てくれない。ここには帰れない』
離れなくちゃ、遠くに行かなくちゃ。
しかし虎は、離れがたくて屋根の上にずっと寝ていた。
日が傾き、夕方になると寺のあちこちで経を読む声が聞こえてきた。
虎は、黙ってそれを聞いていると、だんだん力が湧いてくるような気になった。
日没後、虎はむっくり起き上がった。
『行くところがないよ……』
虎は、ゆっくり屋根から降りると、万福寺の塀を乗り越え、夜の都をさまよった。




