10 虎、都に寄り道する
鶴の特訓は容赦なかった。が、虎はどんなに地面に何度も叩きつけられても起き上がった。毎日、毎日、厳しい鍛錬が続く。
その効果があり、虎の霊能力も、自分の意思で徐々に扱えるようになってきた。
『老猿のところへ帰りなさい』ある日、鶴が言った。
鶴と別れるのは寂しかったが、老猿に会うのは楽しみだ。
『強くなったから、見てほしいな』
虎は鶴に別れをつげると、飛ぶように山を駆け抜けて老猿の元へ急いだ。
途中、来るときには通らなかった大きな人の里に出た。
『わあ、大きな里だなあ』
虎が見たのは、都。寝殿を中心に、貴族の屋敷が立ち並び、その周辺に広大な範囲で平民の住む町が広がっている。
虎は好奇心が抑えられなかった。
人間に気づかれないように、町に入っていく。物陰から通りに行き交うたくさんの人間を見て驚いた。
『人間て、こんなにたくさんいたんだ!』
虎は大きな体を軽やかに動かして、物陰から物陰を移動した。人には見つからない。
やがて夜になった。辺りには少しの灯りがあるが、ほぼ真っ暗だ。人通りも少ない。
虎は、昼間よりも自由に移動を繰り返し、貴族の屋敷ものぞきこむ。
華やかな着物に身を包んだ人間たちが、笑い、歌を歌っている。うまそうなにおいも漂ってくる。
『楽しそうだな』虎は自分も混じれたらいいなと思いながら見ていた。
虎は奥まで進んでいく。あちこちに天皇を示す模様が施されている。
虎は人間のことはわからないから、気にせず進んでいく。
高貴な老人が眉をひそめて話し合っている。
「……あの死体は、まだ腐っていないそうだ」
「やはり、おかしい」
「もののけのしわざにほかならない………」
「みなのもの、絶対に世間にもらしてはならんぞ。やっと、もののけの大騒ぎが静まったというのに」
「我らで内密に調査を続けよう」
老人たちは厳しい表情でうなずきあっている。
虎は、楽しくない人間もいるんだな、と思った。
いくつかの屋敷をのぞいて回っていると、ある屋敷でとてつもない霊能力のにおいを感じた。
虎の胸が躍った。
屋敷の塀を軽く飛び越えると庭に入った。霊能力のにおいがする方へ吸い込まれるように進んでいく。
御簾の向こうに、少女が座っているのが見えた。
『あれだ!』鼓動が高鳴る。
虎は自分のにおいを消した。少女に気づかれないようにするためだ。鶴のところで霊能力のコントロールを学んだひとつが役に立つ。
少女は、そわそわ辺りを見回している。着ていた豪華な着物を脱ぎ始めた。重い着物を抜いで下着になると、軽い素朴な着物をまとった。
向こうから少年がひとり、少女の元へやってくる。
着替えがすんだ少女と少年が合流すると、二人は軽やかに走って侍従の通る小さな扉から外へ出て行く。
虎は軽やかに塀を乗り越え、遠くから二人の様子を見る。
少年に導かれ、少女はある屋敷の塀が破れたところから中に入った。虎も塀を乗り越えて中に入る。
暗い屋敷の中。少年と少女は迷うことなく、ある部屋にたどり着く。部屋には無数の大きな壺や箱が置いてある。
虎は、目を丸くした。
人間の背の二倍はありそうな巨大なタヌキが手当たりしだい、壺や箱に顔を突っ込んでくちゃくちゃと口を動かしている。
少年と少女は、巨大なタヌキを目の前にしても臆することなく、強い霊能力を使いはじめた。巨大タヌキの背中が見えないこぶしで叩かれているかのように、不自然に動いた。
巨大タヌキは、反発するように少年と少女に牙をむき、突進していく。
少年と少女は、ひらりひらりとかわしていく。
巨大タヌキは、口から火を吹いた。
『あ!じいちゃんみたいな術だ!あれやりたいな!!』虎は目を輝かせる。
じいちゃんとは、老猿の師匠だ。
少年が巨大タヌキの口めがけて水を発射する。巨大タヌキはたまらず口を閉じる。
すぐに反撃に転じた巨大タヌキは太い尻尾をぶうん、と振る。
つむじ風が起こり、部屋の中がぐちゃぐちゃに跳び回る。
少年と少女は、とっさに柱にしがみつく。少女が手を動かすと、つむじ風に火を起こし、中心にいる巨大タヌキを焼こうとする。
たまらず巨大タヌキはつむじ風を止める。同時にぐちゃぐちゃになっていた部屋の中が元に戻る。巨大タヌキが見せていたまぼろしだったらしい。
巨大タヌキが、全速力で少年、少女に向かって突進していく。
少女がすっと手をあげた。
巨大タヌキの体が、小石が飛んでいくがごとく吹っ飛んでいく。
巨大タヌキは、庭まで吹っ飛び、大きな庭石にぶつかって目をまわしたようだ。
少年が何か叫んだ。
屋敷の人間たちが、物陰からたくさん出てきた。どうやら、隠れて様子を見ていたらしい。大勢で巨大タヌキを縛り上げた。
屋敷の人間たちは、少女にひれ伏している。
少年と少女は、屋敷の人間たちと短く会話を済ませると、再び塀のやぶれたところから出て行き、自分の屋敷に帰っていった。
『わああ、すごいぞ!すごい人間がいる!!』
虎は、感激した。あの小さい人間たちと友だちになりたい、と思った。
虎は、しっかりと少女の屋敷を覚えると、老猿のところへ急いだ。




