終結
唯夜は一個小隊を王都に向かわせて成り行きの報告をさせた。
「ふう。なんとかなった」
最初は不満げな顔をしていた千騎長たちも意識を改めたようだ。
「唯夜様、本当にありがとうございます。おかげでこの国は救われました」
クルルは頭を下げた。
「大袈裟だって」
二日後、王国中を一つの報せが駆け抜けた。マリア王女とイリアス王女が一時休戦協定を結んだのである。
「そりゃもう戦争できないよな。本拠地を焼かれたうえに軍総司令官直卒の軍が七割も死んだんだから」
唯夜は部隊を率いて帰還しようとしたがヒューベル軍の千騎長たちが羽交い絞めにして引き留めた。
「もうちょっと! もうちょっとでいいから俺たちと一緒に戦ってくれよ!」
「あと一か月だけでいいから! 頼むから力を貸してくれー!」
「一年くらいいいだろー?」
「もうずっとこっちにいろよ! お前なら軍総司令官になれるって!」
「期間がどんどん伸びてんだよ! 俺の知らない交渉術を使ってくるな!」
唯夜はもがき、仲間たちに助けを求めた。
王都には夜渡祇隊が強行軍でメールクレーンを奇襲して焼いたこと、帰還中にヒューベル軍と共にマルクレーヌ将軍を撃破したという情報が伝わっていた。その場にいた誰もが彼の戦功を聞いて驚嘆した。
「異世界人…。まさかこれほどとは…」
アンネが呟く。
「しかし殿下、コリント将軍の要請によって自由な動きを許可したとはいえ夜渡祇卿の動きはあまりに殿下のコントロールを離れすぎている。それに彼は未だヒューベル地方に残っているとか。よからぬ企みを抱いているのではありませんか?」
群臣の一人が言う。他の家臣たちもその発言に同調した。アンネも彼の動きに思うところがないではない。
「彼は功臣です。証拠もなしに疑えば無用の不和を招きます」
マリアはきっぱりと言い放った。
「休戦がなったのはよいものの彼の処遇はどうなさるおつもりですか。此度の休戦は彼あってのものです。他の騎士や将軍に比べてその武勲は大きく、遇する道は…」
数日後、王都への召還を受けた唯夜は部隊を率いて王都に帰還、王への目通りを果たした。
「ひとまずの休戦、おめでとうございます。そして帰還が遅れたこと、深く謝罪いたします」
唯夜は跪いた。
「謝罪の必要はありません。此度終戦が成ったのは卿の功績によるもの。感謝の意を表します。ホーストン王女の名において金貨三千枚と子爵の階級とその領土としてヒューベル地方を与えます」
「…ありがたき幸せ」
唯夜は体を硬直させた。
「不満ですか?」
「いえ。私などには過ぎたる栄誉であります。謹んでお受けいたしますが…現在王都で行っている慈善事業についてはどうなさるおつもりですか?」
「それについては我々が引き継ぎます。心配なきよう」
青年は安堵の溜め息を漏らした。それとは別に尋ねたいことがあったがそこまでしゃしゃり出る必要はないと判断し、口を閉ざした。しかしその内心はすでにマリアは読み取ってしまったようである。
「他に何か言いたいことがあるのではありませんか?」
敵わないな、と唯夜は心のうちで苦笑した。
「出過ぎた真似とは百も承知で申し上げます。内乱を起こした首謀者のゴエティア公や連座した貴族共への処罰が甘すぎるのではないかと存じます」
ゴエティア公は領土と公爵号、予備役将校の階級を剥奪されたものの、過去の戦役での功績を鑑みて国土の南西にある貧しい荒れ地に転封されるに留まった。もう一人の首謀者のイリアス王女はゴエティア公に唆されたことを理由に王国北部の小領地の領主に封じられた。その他の貴族は爵位を剥奪されたが貴族号はそのままに閑職に回されるだけ。国を割った内乱を首謀し、加担した者たちへの刑としてあまりに軽すぎる。
「では卿はどのような処罰を下すべきだと?」
「ゴエティア公をはじめ貴族共は全ての階級と官職、称号を剥奪した後に逆賊として処刑して国内の日和見主義者に見せしめとし、イリアス殿下は王城の地下深くに監禁すべきです」
それは唯夜が生きた時代にしては苛烈な判断だったが彼は少しではあるが歴史を知っている。処断すべき者を処断しなかったがために国が滅びることもあるのだ。
「しかし…そんな条件を突き付けては彼らが降伏しますまい。滅ぼすにしてもより多くの血が流れる」
アンネが口を挟んだ。
「寄生虫を一匹でも残せば後の災いを呼びます。そうならないために一時の流血を覚悟して将来に残す禍根を断つべきなのです。殿下に背く不埒者がどのような末路を迎えるか、万民に示してこそ王権は保たれるのです」
「治世には慈悲が必要ではありませんか?」
マリアが言い返す。
「慈悲をお与えになるべきは忠に励み、勤しむ者に対してです。害虫に対して慈悲を与えれば増長と不幸を招きます。殿下ならおわかりかと思いますが…。それともどれほど甘美な条件を提示されてその拳を下ろされたのですか?」
群臣たちが色めきたつ。マリアは唯夜を退室させた。
唯夜は賜った金貨を兵士たちに全て配った。
そしてアルムら王都の民に見送られて東方に向かった。付き従うのは侍従隊とフェルナー隊。ヒューベル地方に入るとヒューベル族の兵士たちが彼を出迎えた。都ティハナに案内され、クルルと再会した。
「お待ちしておりました、唯夜様。我らヒューベル族はこれより唯夜様の指揮下に入ります。何なりとご命令を」
「命令…ね。上級王には君がなるはずだ。行政官もいるだろうし俺はまあ君の助言に徹するつもりだ」
青年は笑った。
唯夜らは混迷を極めるヒューベル族の慰撫を急務とし、七つの氏族を巡った。それからしばらくは街や兵舎を練り歩き、彼らの文化に馴染んだ。ヒューベル人は実直で明朗快活な人柄で、新しい物や珍しい物を好む。また、勇敢な戦士を尊敬し、気前の良い主君を欲することがわかった。
「どうですか? この国は」
クルルが唯夜に馬乳酒を注ぎながら尋ねた。
「楽しいところだ。馬乳酒の味に慣れるには時間がかかりそうだけどな」
「それは何よりでございます」
彼女は笑った。
「あとスラムもない。家のない奴もいない」
「ええ。誰にでも役割があり、それに対する報酬が与えられています。災害時には皆で助け合い、支え合う。浪費などで財を失っても兵になるという道も残っておりますから。唯夜様は何か問題点を発見なさいましたか?」
「まあ…問題点ってほどでもないけど…識字率が低いな。あと教育の範囲が生活に必要なものだけってのも少し危険かな」
唯夜が発見した問題点は技術力の低さだ。知能が高い民族ではあるのだが教育に対しての興味があまりないようである。識字率は六割ほどであり、知識も遊牧民族として必要な範囲に留まっている。異文化への順応の速さと改良のレベルの高さは唯夜が舌を巻くほどだったが自分たちで何かを生み出そうとする気概がないし、知識がないため発明ができない。
「では教育を施されるつもりですか?」
「うん。まあでもいきなりやっても反感食らうだけだしまずは彼らの文化を損なわない程度での識字率の上昇とその他の学問に興味を持ってもらう方法について探すところからだな」
王都でアルムらに見せた水と毒の例はあくまで子供騙しだ。親を持つ子供たちへの教育を徹底するには子供たちに興味を持たせることも重要であるが前提として親や自治体の了解を得なくてはならない。彼らの生活を破壊しかねない行為を頭ごなしに徹底すれば反対が起こる。彼らの理解を得つつも負の影響は最小限に、正の影響は最大限にする方法を考えなくてはならない。今の唯夜がヒューベル人の支持を得ているのは王都で見せた政治センスと一連の戦争で発揮した戦争の才能がもたらした成果があったからである。それが一度、負の成果を見せれば彼らは掌を返して排除にかかるだろう。彼らを束ねる存在として唯夜は成功し続け、勝ち続けなければならないのである。
「やっぱ…馬と…草原と…家畜と…食べ物…だよな」
唯夜はヒューベル人たちに混ざって遊牧を手伝いながらも仲間たちと相談して最善の方法を考えた。
「俺たちとしてはまず色んな学問と生活を繋げて興味を持たせる方法を考えればいい。その後はまたおいおいって感じで」
「例えば…どのようなものがありますか?」
しばらく頭を捻って唯夜は言った。
「馬乳酒を自動で作ってくれる道具とか?」
「しかし彼らは馬乳酒やウルムを作る過程も儀式としているようで受け入れられにくいのではないでしょうか」
「では自分たちで消費する分は自分たちで生産して、輸出する分を機械で生産するというように分ければ多少は受け入れやすいのではないでしょうか。生活に直結するという前提から外れてしまいますが」
「じゃあそういった産業に触れさせるイベントを作ってもいいかもな。俺の国にはそういうのあったし」
いわゆる社会見学、校外学習、職場体験というものである。そういったところから興味を持つ者は一定数いる。手間に合う成果が得られるかは未知数だが一考の価値はある。唯夜が発展させたいと考える学問は工学だ。化学も良いが目に見えないものが多く、抽象的過ぎる。その点、工学は目に見えるものが多いし役に立つ。だが工学を浸透させるにもあまりに資源が乏しすぎる。金や塩、鉄などの資源はあるが、ガスや硫黄など産業の発展に寄与しうる産業はない。




