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ハートゥイア河畔の戦い

 女は名乗る。

「私はベルテ族の千騎長セレスだ。事情をお聞かせ願いたい」

 唯夜は剣をヘスティアに渡し、馬を降りてセレス千騎長の前に歩み出た。

「ホーストン王国マリア王女派に属する夜渡祇唯夜だ。イリアス王女派のマルクレーヌ将軍が騙し討ちで村を襲っていたところを見かけ、生存者を保護してきた」

「上級王と二十の王はどうなされた?」

「…亡くなられたそうだ。しかし上級王の御息女はお助けできた」

 クルルが馬を前に進ませる。セレスや兵士たちは彼女の姿を見ると馬を降りて膝を突いた。どうやらかなりの尊敬を集めているようだ。

「クルル王女、救援に間に合わなかった罰はいくらでもお受けいたしますが何より…王女が壮健であらせられたこと、心より嬉しく思います」

「いいえ。謝らないでください」

 クルルは首を横に振った。

「とりあえず味方と合流しましょう。護衛は我らが務めます。貴方がたも同行願ってよろしいか?」

 セレスの問いに唯夜は少し考えた。内戦は未だ継続中だが本国への帰路は当然マルクレーヌ将軍の部隊が張っているはずだ。それを突破するのは容易いことではないし兵も疲れている。悪い申し出ではなかった。

「わかった」

 夜渡祇隊はセレス隊と共に東へ向かった。しばらく進むと木造建築が並んでいた。彼らの集落のようだ。

「あれが我らの村だ」

「あれが?」

「何か問題でも?」

 唯夜は首を横に振った。

「遊牧民て聞いてたから移動式のテントに暮らしてるのかなと思って」

「ひと昔はそうだったが魔術の発展と周辺国家との諍いが増えたからある程度の定住をして外国からの侵略に備えることになった。王都と国境周辺だけだが」

 セレスは笑った。彼女は千の騎兵の指揮官であると共に七千の民を管理する行政官の役割を負っていた。元の世界のモンゴル帝国にあった千戸長制度と似通った制度である。上級王の部族は草原の中央に領地を持ち、各氏族を束ねている。ここから二日ほど東へ向かえば上級王のお膝元、彼らが都と呼ぶ街があるそうだ。

「其方、夜渡祇唯夜と言ったな。もしかして噂の異世界人か?」

「そうだよ。っていうか知ってるんだ?」

「当り前だ。其方の勇名は近隣諸国に轟いている。それに我らは情報戦に長けていてな。密偵を各地に放っている」

 そういえばモンゴル帝国も東西南北を行き来する商人たちから情報を集め、戦いに利用していたと聞く。

 彼らの集落で疲れを癒す。唯夜は兵士たちを労ってから宿を借りて眠った。数時間後、目を覚ますと葬儀が行われていた。ヒューベル人に伝わる葬儀だった。彼らは馬に乗って西を向き、剣を構えて一言二言呟いた後、剣を鞘に納め、白い液体を草原に巻いた。彼らは皆、泣いていた。彼らの指導者が人徳があったことが窺える。

 葬儀が終わるとセレスが戻ってきた。彼女の顔には涙の跡があった。

「其方には其方の事情があると思うが…押して頼む。力を貸してほしいことがある」

 セレスは頭を下げた。

「どうした?」

「我らは上級王と二十の王を同時に失い、指導者を失っている。要するに分裂の危機にありながら外敵の襲撃に備えなければならない。偵察ではマルクレーヌが兵を集めていると聞いた。その迎撃のために力を貸してくれないか?」

「なんで俺に?」

 セレスが顔を唯夜の耳に寄せる。

「其方の知恵を借りたいのだ。我らはこれから上級王の一人娘の姫様を上級王と仰ぐわけだが姫様は用兵に疎く外敵に抗することはできないだろう」

「じゃあ貴方たちが補佐すればいいじゃん」

「千騎長を統率する立場であった王たちは死んだ。千騎長は健在だが上級指揮官はいない。我ら千騎長の中から選出するにしてもこれまで同格だった者が特に武功を挙げたわけでもないのが自分たちの風上に立ち、姫様を輔弼なさるのを良しとする者はいない。だから其方に姫様の補佐を頼みたい」

「部外者のそもそも異世界人の俺の方がまずいだろ!」

「我々は異民族を併合して大きくなったのだ。部外者かどうかなど気にはせん。それにあくまで助言を頼みたいのだ。実働部隊は我々がやる」

 唯夜は断る口実を探したがセレスやクルルの真剣な眼差しを向けられては断ることはできず、渋々了承した。

 その後、唯夜はヒューベル族の騎兵たちの訓練を見ながら策を練った。他の部隊も続々と合流してきた。唯夜は彼らが到着するたびにクルルと事情を話した。部隊長たちはあくまで表面上は唯夜を受け入れた。

「…にしても凄いな…」

 唯夜はヒューベル族の兵士たちの練度を見て唸った。まさしく人馬一体の馬術を見せている。武器の扱いにも優れている上に、徹底した集団戦術を行うこともできる。結局、集まったのは一万二千騎。マルクレーヌ軍が二万五千の兵を集めていることを考えると不安だが戦えないことはない。

 唯夜はその夜、諸将にクルルを通して作戦を伝えた。諸将は驚愕したものの、勝利にはこの手しかないと確信した。

「にしても夜渡祇殿は異世界人なのによくもここまでの奇策を思いつくものだ」

 千騎長の一人が言った。

「俺がいた世界には貴方たちと同じ偉大で精強な騎馬民族の大帝国があった。彼らが使った策を利用させてもらっただけだ。彼らにできて貴方たちにできないことはないと信じてる」



 翌日、上級王ジェベの娘クルルを総大将としてヒューベル軍一万二千騎が出陣した。マルクレーヌ軍二万五千は西の草原で陣形を組みつつ進撃していた。騎士が四千、重装歩兵が一万二千、残りが民兵であった。両軍はハートゥイア川を挟んで睨み合った。マルクレーヌ軍は軽装の民兵を陣の前面に並べ、重装歩兵を後列中央に、騎士を二分して両翼に配置し、自身は千騎ほどを自らの守りとしていた。

「突撃! 王国の誉れを見せよ!」

 マルクレーヌは出撃命令を下した。民兵たちが川を渡り始める。

「敵軍、渡河をはじめました!」

「そうか。にしても援護射撃もなしに渡らせるとは…。囮か。俺たちが川を渡る民兵を攻撃し始めたら矢を降らせるつもりだな」

 あくまでも民兵は使い捨ての道具というわけだ。馬の手綱を握る手に力がこもる。そのような戦い方を許すことはできない。

 民兵たちは渡河を終えてヒューベル軍に襲い掛かった。ヒューベル軍の現場指揮官たちは兵に退却を命じ、民兵の攻撃を躱す。それを見たマルクレーヌは残る全軍に渡河を命じた。本陣だけがその場に残り、戦いを見守っている。

「全軍攻撃開始!」

 これまで逃げに徹していたヒューベル軍が一斉に攻撃に転じた。矢の雨を降らせ、民兵たちを射抜いた。防御陣形をとった騎士や重装歩兵たちだったが重い装備を纏っての渡河で疲労している上に装備が水を吸って重くなっていること、まだ川を渡っていない本陣からの指示が来ないことから有機的な防御をできずにいたが奮戦し、攻勢に出た。しかしマルクレーヌがヒューベル軍の本陣を見つけ、旗で突撃命令を送ると彼らは一斉に突撃を開始した。

「まずい!」

 ヒューベル軍は川を渡ってきた敵を半包囲する形に布陣していたため、陣形が伸び、本陣の守りが薄くなっていた。

「行かせるな!」

 唯夜は剣を抜いて正面から突撃を受け止めた。彼の兵も勇敢に戦い、突撃部隊に猛攻を仕掛ける。

 唯夜の馬に矢が刺さった。唯夜は落馬し、地面を転がったものの、すぐに体勢を直して相手の騎士を射殺して馬を奪って戦った。乱戦によって彼や彼の部下たちは多くの傷を負った。それでも必死に耐え凌いだ。

 その時、マルクレーヌ本陣から火の手が上がった。前もって迂回させていた千騎の部隊に本陣を奇襲させたのだ。本陣は壊滅、マルクレーヌは逃げ出した。兵士たちも戦意を失って逃げ出した。追撃に出たヒューベル軍に対し、戦場で踏みとどまり、仲間の後退を支えた将軍がいた。オットー・オイゲン将軍である。平民出身でありながら騎士に叙任され、一部隊を任されるほどになっていた。

「ここから先は一歩たりとも通しはせぬ! 各々、我が首を取り、手柄にいたせ!」

 真っ先に斬りかかったのは唯夜だった。

「貴様が件の異世界人か!」

 オイゲンのバルディッシュが唯夜の頭を脅かす。彼は頭を下げてその一撃を躱す。唯夜は剣を突き出して首を狙うが籠手に阻まれた。両者の一騎打ちは激しく行われた。剣とバルディッシュが互いの命を狙って激突する。

「中々やるな!」

「手加減してくれてもいいんだぜ」

 両者は馬上から転げ落ちた。互いに武器を取り落し、殴り合う。唯夜は重装の相手に対し打撃は通用しないと考えた。両者は一度距離をとり、短刀を抜いてまたぶつかった。まともに戦っては勝ち目はない、唯夜は直感した。後ろに下がって相手の前進を誘い、顔に唾を吐きつける。オイゲンは視界を奪われ、動きが止まった。その一瞬を突いて足払いをして転倒させ、馬乗りになって首に短刀を突き付ける。

「負けた。首をとれ」

「いや、捕虜になってもらう。誰かこいつを拘束しろ」

 部下にオイゲンを拘束させ、自らは追撃戦の指揮を執る。マルクレーヌ軍は半数の兵が戦死・降伏し、残りは再起を図って西に逃れた。唯夜は負傷者を後退させ、二日間の追撃戦を行った。ヒューベル領から出ても追撃は止まない。怒涛の勢いでマルクレーヌ軍を撃破する。頃合いを見て追撃を止めさせ、ヒューベル領に戻った。マルクレーヌ軍は兵力の七割を失った。ヒューベル軍は八百二十三名が戦死し、激戦の中にいた夜渡祇隊は正規兵から十三名、フェルナー隊から七名の損害を出した。

 こうしてハートゥイア河畔の戦いはヒューベル軍の圧勝に終わった。

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