草原の民
その夜、唯夜はレニン城を出立する。自らが保有する兵力全てをもって北上する。山岳に入り、敵の目を欺きながら北へ北へ走る。昼に行軍し、夜は篝火も灯さず眠る。
「この作戦、上手くいくのでしょうか?」
シーナが不安そうに尋ねた。
「成功させる。まあフェルナーたちの案内があってこその作戦だけどな。成功すれば奴らは戦争どころじゃなくなる。少なくともビビり散らかすだろうさ」
山中の行軍は四日間かけて行われた。不慣れな山中だったが三日目には馬も慣れてきたのか進軍スピードが加速した。
「ここが最短距離です」
木々の向こうには一つの都市が広がっていた。城壁はあまり高くなく、兵士たちも緩んでいる。前線から遠く離れた都市だ。仕方のない話であろう。そこは貴族軍の本拠地メールクレーン。ゴエティア公ラインハルトの都市だ。
「火遊びの準備はできたか? 血祭の用意は? ふんぞり返った貴族どもが小便を漏らすさまを見に行こうじゃないか」
唯夜は馬を走らせ、森から出た。配下たちもそれに続く。畑に火をつけながら一斉にメールクレーン城に迫る。驚く門兵を騎射で射抜く。フェルナー率いる一隊が城門を確保し、唯夜らは慌てふためき逃げ惑う城兵を追い散らしながら街に火を付けた。その事実はすぐにゴエティア公に報告された。
「なんだと⁉ 馬鹿者、なぜ入城を許した! 門を閉めて捻り潰せ!」
「し、しかし門の操作装置は奴らに抑えられたようで…」
怒号が近づいてくる。
「まずは避難を!」
「おのれ…!」
夜渡祇隊は街中を荒らしまわり、中央のゴエティア公の館に火を射かけた。そして兵士たちは次々と叫んだ。
「耳ある者よ聞け。我らレニンにて貴族軍の将兵数千を地獄の業火にくべし夜渡祇卿の兵! 心ある者よ思い知れ。貴族に与し、王国の正当なる支配者マリア王女に反旗を翻す逆賊の軍は夜渡祇唯夜男爵が一兵残らず灰へと還しなさるであろう!」
兵士たちはレニン城での惨劇を町民に触れ回った。町民たちは夜渡祇唯夜という男の名を嫌でも心に刻みつけられた。
夜渡祇隊はひとしきり暴れ回ると城から出て行った。そのまま南東に走る。やはり騎士たちによる追撃があった。しかし重装騎兵では夜渡祇隊に追いつくことはできない。逆に馬を前に走らせながら振り返っての射撃、パルティアンショットによって騎士たちは次々と討ち取られていった。
彼らは追撃を振り切り、ゴエティア公の力が及ばないヒューベル地方に逃れた。唯夜は草原に野営することを決めた。
「上手く行きましたな」
燻製肉を齧りながらフェルナーが笑った。
「そだね。まあでもここからヒューベル人に皆殺しにされる可能性があるけどね。ま、その時はその時か。あっはっはっは!」
その時、哨戒に出ていた兵士が戻ってきた。
「ほ、報告! 南にあるヒューベル人の村が軍勢に襲われています!」
「どこの軍に?」
「旗印からして…おそらく貴族軍です。双方ともに我々には気付いていないとは思われますが…」
唯夜は立ち上がる。内戦に無関係な村を焼くのを黙って見過ごすわけにはいかない。馬の鞍に手をかける。
「お前ら、もうひと駆けいけるか?」
「もちろん!」
夜襲を受けているヒューベルの村は混迷を極めていた。村は五千の兵で包囲され、絶えず矢とが射かけられる。ヒューベルの兵士や村人たちが次々と倒れていく。
「おのれマルクレーヌめ。謀りおったな!」
兵士たちの一団が一人の少女を守りながら走り回る。しかし王国軍の攻撃を受けて一人、また一人と減っていく。そして少女を守る兵は一人もいなくなった。
「みんな…」
王国兵が彼女を囲んだ。少女は自身の命運が尽きたことを悟った。
その時、周囲から叫び声が聞こえた。
「撤退だー! マリア王女の軍が向かってきてる! 一万もいるぞ!」
「ヒューベル人の軍勢がこっちに向かってきているぞ! 逃げろ!」
「将軍が逃げた! 俺たちも逃げないと殺されるぞ!」
王国兵たちは浮足立ち、後ずさった。そんな王国兵たちを斬り捨て、一人の青年が少女の前で立ち止まった。
「君、大丈夫か?」
「え…」
「安心してくれ。俺は敵じゃない。マリア王女の軍勢だ」
腰を抜かした彼女の手を引いて立たせる。置いていくこともできなかったから後ろに乗せて走り出した。夜渡祇隊は夜に紛れて包囲陣のあちこちに流言を放って混乱を生んだ後、雄叫びをあげながら包囲の一角に集中攻撃を加えて包囲網に穴を開けて村に飛び込んできたのだ。生き残った者たちを包囲の穴から脱出させている最中であった。それから唯夜らは僅かな生き残りたちを連れて逃げた。
「追え! 逃がすな!」
マルクレーヌ将軍は追撃を命じたが民兵ばかりで構成されている軍を立て直すのにかなりの時間を要した。役に立たない民兵を捨て置き、直下の騎士たちを引き連れて唯夜らを追った。突然、闇の中から矢の雨が飛んできた。鎧の隙間や馬を射抜かれ、騎士たちは数を減らす。夜渡祇隊は自分たちは松明を消して闇に姿を隠しながらも敵の松明を頼りに射撃を行っていたのだ。騎士たちは慌てて松明を消したものの、それではまとまった行動をとることができずバラバラに動くことになり、夜目が利くフェルナーら馬賊の攪乱と奇襲を受けて損害を出した。その隙に王国兵は救出した人々を連れて東へ向かった。夜明け頃、彼らは逃走をやめて負傷者の手当てを行った。救出することに成功したヒューベル人は自力で脱出した者も含めて三百人。誰もが怪我をしていた。
「大丈夫か?」
唯夜は少女に声をかけた。少女は小さく頷いた。
「私たちを助けていただき…本当にありがとうございます。私はヒューベル国上級王ジェベの娘クルルと申します」
「上級王?」
「ヒューベルには二十の氏族があり、その氏族の長は王を称しています。その王たちを束ねるのが上級王。一国と渡り合うほどの権力を有しているとか」
ヘスティアが耳打ちする。
「そうか。君たちに何があったのか教えてくれないか?」
クルルは状況を説明した。内乱を制するためにより多くの兵力を必要としたのは貴族連合側も同じであった。民兵の脆さはレニン城の戦いで思い知らされたばかり。逃げ帰った民兵たちは戦場での惨劇を話し、恐怖は伝播し、民は徴兵を嫌がるようになった。それに代わる戦力としてヒューベル族の騎兵を登用することを決定したマルクレーヌ将軍はこれまで対立してきたヒューベル人に和議を申し込んだ。上級王ジェベは対話に応じ、ここまで出てきたが話し合いは難航した。業を煮やしたマルクレーヌはジェベが宿泊する村を襲い、火を放った。上級王と話し合いに参加した二十人の王たちは殺されてしまったのだという。
「大変だったな。よく生き延びた」
唯夜は泣き崩れた彼女の背中を摩る。
「お前たちは俺たちが必ず安全な場所まで連れて行く。だから安心してくれ」
負傷者の手当てが終わり、再び行軍を開始した。燃える村から馬を連れてきたおかげで移動はかなり早く進んだ。
しばらく進むと前方から騎兵の一団が現れた。数は千騎ほど。彼らは夜渡祇隊を見ると戦闘態勢に入った。村が襲われたことを聞いて慌てて駆けつけてきたのだろう。しかし夜渡祇隊がヒューベル人を伴っているのに気づくと先頭の一騎だけが近づいてきた。金色の髪を風に靡かせた美しい妙齢の女だった。




