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初陣

 唯夜は脳内に描いていた策をアルドゥインに話した。アルドゥインは顎髭を撫でながら笑った。

「なるほどこれは興味深い。異世界ではこれが普通なのですか?」

「俺の国ではね。まあ一気に取り入れるわけにはいきませんしそこまでの権限はないからひとまず成果を挙げてからの話になると思いますが」

「わかりました。では実行に移しましょう。人員や資金の調達方面の実務は私にお任せください」

 唯夜は二十人の子供たち、国から派遣された五十人の兵士たちを使って空き地に建物を建てた。あくまで仮設備ではあるが魔術で補強してあるため頑丈さは十分だ。中には仮設ベッドがたくさん並んでいる。ここは貧民のための無料診断所として開放するつもりだ。それからスラム街に入り、怪我をしている者や病人などを診療所に搬送すると共に夜渡祇邸で炊き出しをしていることを伝えた。すぐに診療所の収容能力を越す要救護者が集まったため、軽症者は夜渡祇邸に運んだ。医師も十分な数を揃えさせた。彼らにはまず患者を清潔にしてから治療を行うように厳命している。夜渡祇邸では侍従たちが大量の食事を用意して貧民たちに食事を与えていた。また、五百人を収容可能な夜渡祇邸は唯夜の提案によって託児所兼学校兼孤児院として使われることになった。また、彼らに不衛生な状態の危険性を説くと共にスラム街の清掃も行った。薬や火、魔術を使って鼠や害虫を排除する方法を教え、入浴の習慣を教える。風呂がないため川での水浴びになってしまうがないよりはマシだ。素直に言うことを聞く者は多くなかったが汗や泥に塗れながらも日夜を問わず働き回る唯夜を見て考えを変えたのか協力する姿勢を示した。また、唯夜らの取り組みを見ていた一部の市民たちが無償での協力を申し出てきた。教養がある者には子供たちへの教育を、教養がない者には炊き出しや建築の手伝いを任せた。想定外の協力もあって唯夜の計画は順調に進んだ。

 一週間もするとスラム街は以前と変わって清潔になり、怪我人や病人が減った。また、唯夜は大人たちにも教育の重要さを伝え、読み書きや生活に必要な知識を教えた。その知識を活かして職に就く者や狩猟や採集を行う者が多く出た。こうして王都は治安回復への第一歩を踏み出した。

 唯夜は王宮に呼び出され、謁見の間に通された。

「夜渡祇唯夜殿、この功績をもって貴方に男爵の地位を授け、王女儀仗兵の官職を与えます」

「ありがたき幸せ」

 要するに貴族に仲間入りしたということだそしてもう一方の儀仗兵の方は王女直属の兵になるということである。敵対する貴族たちに目をつけられる前に本格的に唯夜を陣営に取り入れるつもりらしい。中々な食わせ者である。

「恐れながら殿下にお願いしたいことがあります」

「聞きましょう」

 今度は何を言ってくるのかマリアだけでなく廷臣たちもが気になっていた。

「王都の南の廃城に篭る盗賊どもの討伐をお願いしたいのです。王都の民は南方から運ばれてくる麦を主食としていますが最近、その山賊どものせいで流通が滞ったり、商人が傭兵を雇うことになるため麦の値段が上昇しています」

「それについては我々も把握していますがその盗賊団は百人を超える大勢力で城を本拠地としています。そう易々と討伐するなど…」

「では七十人ほどの兵を貸してください。盗賊どもを討ち、城を奪ってみせます」

 唯夜の自信に満ちた発言に群臣たちがざわめく。

「わかりました。やってごらんなさい。ですが一兵を指揮したことのない貴方にそれだけの兵士の命運を握らせることはできません。アンネ。監察役として夜渡祇卿の補佐につきなさい」

「はっ!」

 そうして唯夜は七十の兵を率いる一部隊の将となった。先日までの貧民救済政策の実行によってある程度の指揮能力は認められたが戦場でもそれが発揮されるのかわからない。見たところ、マリアの支持基盤は騎士階級が多いように見える。戦場でも役に立てるのかどうか見極めるつもりだろう。

「夜渡祇卿、今回の盗賊討伐に際して何か策がございますか?」

 アンネが尋ねた。以前とは接し方がだいぶ変わっている。

「前、そんな話し方じゃなかったですよね」

「現在の閣下は男爵の地位にあられます。それに対して敬意を表するのは当然であります。ですので閣下、敬語はおやめください」

「…わかった」

 唯夜は作戦案を出した。用意するのは弓兵を四十、騎兵を三十。加えて数台の荷馬車だ。聞き終わったアンネはあまり良い顔をしなかった。

「確かに…上手くいけば敵勢力を全滅させられるかもしれません。ですがこれは卑怯な戦い方では?」

「それで死んだら元も子もない。味方の犠牲を減らせるなら俺は何でもする。兵の屍に正邪を説いても意味がない」

 アンネは不満を持ちながらも彼に従う他なかった。盗賊たちが篭る城を騎士たちは何度も攻めたが盗賊たちの奇策により屍の山を積み上げるだけだった。

「味方の犠牲を最小限にして盗賊を討てば殿下の名声も上がる。試してみて損はないはずだ」

「わかりました」

 彼は帰宅して出陣を伝えた。すると侍従たちは自分たちも連れて行けと騒ぎ始めた。確かに戦力は多ければ多いほど作戦の成功率は上がるが彼女らには仕事がある。連れて行くことはできない。それを伝えると彼女らはアルドゥインを包囲して恐喝すると自分たちに代わる人材を用意させた。アルドゥインは泣きながらもなんとか人材を集めてきた。優秀な男である。

「いずれ貧民救済政策を全国に広げるためには人材の育成をせねばならんのでね、これも良い機会ですよ」

 アルドゥインは唯夜に文句を垂れながらそう言った。唯夜は苦笑いしながらその愚痴に付き合った。

 翌日、唯夜は七十名の正規兵と五十名の侍従を率いて出陣した。侍従隊は唯夜の私兵扱いとされ、ヘスティアに率いさせることにした。

「なんか…増えましたね」

「殿下に文句をいうわけじゃないんだけど…なんで来たばかりの俺にあんな血の気が多い問題児ばかり送ってきたの? 初日、殺されかけたんだけど」

「…異世界人である閣下に王都の屋敷を与えることに反対する騎士家は多かったのですが…彼らは問題児たちを送り込んで閣下のお人柄を確かめようとしたのではないでしょうか」

 あくまで憶測ではありますが、と彼女は付け足した。

「ま、でも気のいい奴らだ。素直に手伝ってくれるし」



 森の中を一隊のキャラバンが通行している。三台の荷馬車を数名の傭兵が守っている。決して護衛の数は多くない。盗賊にとって格好の獲物だ。やはり木々の陰から五十人ほどの盗賊たちが飛び出してきて荷馬車を包囲し、荷物を全て差し出すように求めた。

「へへへ。大規模なキャラバンが通るってんでみんなで来てやった甲斐があったぜ」

その時、荷馬車の壁が倒れ、中の物が露となった。それは食糧でも嗜好品でもましてや金銀財宝でもなかった。弓矢を構えた三十人の兵士たちだった。

「撃て!」

兵士たちが放った矢が盗賊たちを次々と射抜いた。彼らはすぐに逃げ出したが背中を射られるだけだった。残った者は騎兵によって掃討され、全滅した。

唯夜の足元に目を見開いたまま苦悶の表情で息絶えている盗賊の死体があった。彼が殺した男だ。唯夜は胃の中からせり上がってくる中身を飲み込み、膝を突いて死体の目を閉じさせた。

「報いがあればいつか必ず受けよう」

 唯夜は兵士たちに盗賊たちの装備を剥ぎ取るように命じた。

 一方、盗賊団の本拠地では略奪に出た仲間たちの帰りを今か今かと待っていた盗賊たちは突如、近くに現れた騎兵の一団を発見した。数は二十騎ほど。彼らが伴っていた荷馬車には金貨や銀貨が山と積み上げられていた。それを見た盗賊たちは城から飛び出しそうになったが一部の仲間が止めた。

「あれは罠だ。俺たちが飛び出したところを待ち伏せている部隊があるかもしれない。頭と仲間たちが戻ってこれば逆に挟み撃ちにできる。それまで待つんだ」

 しばらくすると近くの森の中から三台の荷馬車を引き連れた一団が飛び出してきた。彼らは王国兵の装備ではなかった。装備は不均一。山賊と思しき集団だ。だがその実は違う。変装した唯夜らの一隊だ。猛スピードで城の近くに陣取っている騎馬隊に向かっていった。

「お頭が戻ってきた! 野郎ども! 出陣だ!」

 城の中の盗賊たちは大挙して城を飛び出し、宝を持って逃げ出した騎馬隊を追いかけた。

「今だ! 撃て!」

 盗賊団に扮した王国兵たちは城から出てきた盗賊たちに近づいた瞬間に一斉に矢を放った。味方と思っていた部隊から矢を射かけられた盗賊たちは多くが倒れ、残りは混乱状態に叩き落された。逃げていた騎兵たちは反転してクロスボウで矢を射掛ける。また、逃げ出そうとした者たちには遅れて森から飛び出してきた侍従隊五十騎が矢を浴びせた。城外に出ていた盗賊たちは瞬く間に全滅した。王国軍は勢いに乗って城を包囲し、盗賊たちに降服を求めた。残っていた数人の盗賊たちは勝ち目がないことを悟って降服した。盗賊たちの根城に堂々と入城した唯夜らは盗賊たちが溜めていた財宝を回収することに成功した。牢にはたくさんの奴隷がいた。老若男女問わず鎖に繋がれている。唯夜は彼らを解放し、行く宛てのない者は屋敷に招いて世話をすると申し出た。

「本当に成功するとは…」

 アンネは信じられないというように言葉を漏らした。

「いやあ、俺も成功するとは思わなかったな。あっはっはっは!」

 唯夜は笑った。何せ戦場に出るのは初めてのことだったし軍の知識など全くなかった。孫子を読んだり、戦記小説を読んだことがあるだけだ。

「こっちに被害は?」

「全て相手の不意を突いたものであったため死者はいません」

「なら良かった」

 青年は笑った。

「そういえばこの世界は死者をどうやって埋葬するんだ?」

「穴を掘って土葬した後に神への祈りの言葉を告げるのが習わしですが…盗賊にはそういうことはせず、野晒しにするのが一般的ですね」

「それじゃ伝染病の発生源になる。埋めてやろう」

 唯夜は配下の兵士たちに命じて盗賊たちの死体を集め、土葬した。神への言葉はヘスティアが述べた。

「不思議なお方だ」

 墓に手を合わせる唯夜を遠目に見ながらアンネはヘスティアに言った。

「伝染病を防ぐだけなら燃やして埋めればよいがわざわざ祈りの言葉まで用意するとは。かなりのお人好しか」

「あのお方は誰に対してもまず一人の対等な人間として向き合っているように思われます。敵であれ味方であれそう向き合っているからこその行いでしょう。それが正しいか正しくないかは私にはわかりませんが」

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