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第一の改革

 唯夜はアルムに家族を連れてくるように言った。

「俺たちを集めて奴隷商に売り渡すつもりじゃないだろうな」

「しないよ。信じられないなら戻って来なくていい。そこまで君たちの運命に責任を持てないから」

 アルムはしばらくすると二人の少女と三人の少年を連れて戻ってきた。彼らの容姿はあまり似ておらず、お世辞にも家族には見えなかった。

「みんな血は繋がってないけど俺の家族だ」

「そっか。じゃあまとめて面倒見てやる」

 唯夜は侍従たちの手を借りて彼らを入浴させ、服を着せ、散髪し、温かく栄養のある食事を与えた。それから侍従たちとしばらく話し合って一つのことを決めた。それはこの屋敷を貧民街の人たちのために開放するというものだった。

「問題は場所と人手と資金ですが…」

 侍従の一人のアンナが言った。

「それは王様と明日話してくる。王様もそこまで金があるわけじゃないだろうけど出させる。だからみんなは準備をお願いしたい」

「わかりました」

 唯夜は夜遅く、ベッドに潜った。今日一日でたくさんのことがあった。元いた世界の友人たちを想うと少しだけ寂しくなる。それでも迫りくる睡魔によって熟睡の谷底へと突き落とされるのに多くの時間を要しなかった。

 翌朝、目を覚ました唯夜はマリアへの謁見を求めた。マリアは快く会ってくれた。唯夜はヘスティアに教わった礼儀作法に従って謁見に臨んだ。ぎこちない動きで多くの者の失笑を買ったがマリアや群臣たちの不興を被るほどのものではなかった。

「殿下、私は殿下から賜った屋敷を貧民救済のために使わせて頂こうと考えております」

「貧民救済…ですか?」

 マリアは首を傾げた。

「はい。王都は内乱や戦争の影響で貧民に溢れ、犯罪が多発し、治安を損ねています。彼らに清潔な環境と知識と食事を与えればそれらの問題も解決できます。そのためにそれなりの資金と人手と場所をいただきたいと存じます」

 群臣たちはざわめいた。その案に一考に価値があると感じ取ったのか決して大きくはない声で論じている。

「ですが勇者殿、我々には余分な資金はありません。とてもではありませんが…そのようなことに使うことには…」

「恐れながら殿下、遠くの山火事の消火も大事ですが足元に火がついているこの状況では意味のないこと。焼死体に明日はありませんよ」

 アンネが剣に手を伸ばし、唯夜を糾弾した。

「殿下に対して無礼であるぞ!」

「進言が無礼に当たるのでしたらこの国に待ち受ける未来は明るいものではないでしょう。聞かぬのであれば結構。亡国への道をどうぞお歩みください」

「なんだと⁉」

 激怒する彼女をマリアが遮る。

「続きを」

「貧民の教育と保護にはいくつものメリットがあります。衣食住を与えれば彼らは犯罪に走る理由がなくなり、犯罪が減少し、より多くの商人を誘致できると共に治安維持のために割いていた兵力を内乱に充てることができます。何より不衛生な環境は疫病の流行を招きます。加えて慈悲深く革新的な政策を行った名君として国民からの支持を得ることができるでしょう」

 唯夜は続ける。

「また、長期的にもメリットがあります。教育を与えれば貧民たちもまともな職に就くことができ、税や兵役を負担させることができます。明敏な殿下ならその有用性についてご理解いただけると存じます」

 マリアはしばらくの間、考えこんだ。予算が逼迫している現状でそう簡単に結論を出せるものではないだろう。数分の間考えた後、マリアは決断をくだした。

「わかりました。まずは数十人の子供たちの面倒を見なさい。それを上手く管理できれば範囲を王都全域に広げましょう」

「お任せを」

 帰宅した唯夜はアルムたちに友人たちを呼んでくるように言った。翌日、アルムは二十人ほどの孤児たちを連れてきた。

「お前、顔広いんだな」

「王都は広いけど俺たちが住める場所なんて限られてるからな。大体は顔見知りだ」

 唯夜らは手分けして彼らをもてなした。彼らの栄養状態は最悪で半数以上が病気になっていた。しかし適切な治療を施せば十分に回復する。まずは畑の耕し方でも教えようと思っていたが鍬を振るえる者は二割くらいしかいない。

「ということでまずは勉強だ」

 読み書きを教えることにする。この世界で用いられている文字は日本語とは違うものだった。おそらく地球上のどの言語とも違うだろう。別に地球上の全ての言語を知っているわけではないが。幸運なことに唯夜はその文字を理解することができている。仕組みはわからないが有難く享受することにする。

「読み書きなんてできなくてもいいだろー。死にはしないぞ」

 アルムが不満を漏らす。他の子どもたちも同調した。

「まあまあ落ち着けよ。水でも飲むか?」

「飲む」

 唯夜は侍従に命じて人数分のコップと二つの瓶を持ってこさせた。コップを皆に配り、二つの瓶を彼らの前に置く。瓶の中には無色透明の液体が入っており、瓶に貼られたラベルにはそれぞれ異なる意味の言葉が書かれている。

「この瓶のうちのどっちかが水だ。飲んでいいぞ」

 子供たちは目を凝らして二つの瓶を見比べたが違いを見つけることができなかった。アルムは考えるのをやめて右に置いてある瓶を手に取った。

「ちなみに片方は殺鼠剤だから飲んだら死ぬからな。どっちが水でどっちが毒かはラベルに書いてある」

 アルムは慌てて瓶から手を離した。自を読むことができない彼らではどちらが水なのかわからない。

「文字が読める大切さはわかったか?」

「わ、わかった。でも書けるようになる必要はあるのか?」

「書けなきゃお前らにこの瓶に毒が入ってることを伝えられないだろ。絵で伝えてもいいけど精確さに欠けるし伝えられる事も限りがあるし場所をとる」

「なるほど。わかったよ」

 これは小学校の頃に受けた読み書きができることの大切さを説く授業で聞いた話である。

「これが水だ」

 唯夜は水と書いてある瓶の蓋をとって子供たちのコップに注いだ。子供たちはおっかなびっくり口をつけたが水だとわかると一気に飲み干した。唯夜は殺鼠剤と書いてある方の瓶の液体をコップに注いで飲んだ。

「お、おい! それって毒じゃないのか⁉」

「は、吐けー!」

 子供たちは唯夜からコップを取り上げた。

「ばーか。水だよ。お前らがとち狂って飲んでも困らないようにな」

 子供たち全員に薄く切った木の板とペンを渡し、読み書きを教える。日本語のように平仮名に加えて片仮名、漢字などがない分、教えやすい。子供たちは苦心しながらも文字を覚えていった。飲み込みが早い子と遅い子がいたが互いに教え合って学んでいった。彼らの絆はそれなりに堅いようだ。十分に読み書きを覚えた後は教科書を作成して渡して学習の助けにしても良いかもしれない。

 十分ほどの休憩を終えた後、唯夜は清潔な環境を確保することの大切さを教えた。また、侍従が食べられる植物や毒草、薬草について教えた。彼らは意外にもそういった知識はなかった。恐らく、彼らは短命である上に文字による情報の伝達ができないため知識があまり広がらず、受け継がれていかないのだろうと思われる。

「頭がパンクしそうだ…」

 他の侍従たちも自らの知識を彼らに与えた。唯夜はその内容を子供たちの後ろで纏めていた。後で教科書にできるようにだ。

授業が終わってアルムらは頭を抱えた。

「あ、でも待てよ。病気とか怪我してる奴らをスラムに放置してたらいつまで経っても治らないんじゃないか?」

「そうだな。だからここをそういう人たちを集めて収容できる場所にしたいんだけどスペースがないし人も金も足りない。何よりも場所だよな…」

 数日間、唯夜たちは彼らの面倒を見た。彼らの傷病はおよそ回復し、栄養状態も良好といえるほどにまでなった。元いた世界と違ってこの世界には傷や簡単な病気なら治せる魔術があるのだ。習得が難しく、才能ある者しか身に着けられないものだがあれば便利なものだ。

 唯夜は子供たちを連れて謁見に臨んだ。清潔な服を身に纏い、髪も肌も爪も健康そのものだ。スラムの子供とは到底思えないほどだ。廷臣たちやマリアは彼らをみてかなり驚いていた。彼らを退室させた後、唯夜はマリアに言った。

「殿下はスラム街にいる貧民の数を把握していらっしゃいますか?」

 マリアは首を横に振った。戸籍制度はある程度整えられているが雑なものであり、精確とは言えないしこういったスラム街には国家の力が及んでおらず、戸籍がない者がほとんどだ。

「二千人は超えると思いますが…」

「ということはこの国は王都だけでも二千人分の税と兵と才覚の源を逃しているわけです」

「わかりました。正式に貴方の提案を採用します。国内外の防衛に支障が出ない範囲において最大限の支援を約束します。アルドゥイン、唯夜殿の補佐をお願いします」

「はっ!」

 唯夜の前に出てきたのは肥え太った男の官僚だった。口元には笑みが絶えず浮かんでおり、脂肪が押し上げられて目が吊り上がっているように見える。

「官僚を務めておりますマルコ・アルドゥインと申します。どうぞよしなに」

「はい。よろしくお願いします!」

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