表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

逆賊の戦い

 唯夜はエレンを自室に招いた。エレンは緊張しているようでずっと俯いていた。

「そんなに緊張しなくてもいいさ。んで、俺に頼みたいことってなんだ?」

 彼女に茶を勧め、単刀直入に質問する。エレンはしばらく言葉を発さなかった。言うべきかどうか迷っているのだろう。唯夜としては無理に聞き出す必要もないので言いたくなければを伝えると頷いて口を開いた。

「…私の…友人がゴエティア男爵の捕虜となっています。それを助け出していただければ…他には何も要りません。友人と共に貴方に忠誠を誓います」

「捕虜? 内戦終結時に双方の捕虜は全員解放されたはずだけど?」

 オイゲンもその一人だ。内戦の終結によってオイゲンは解放され、唯夜の勧誘によって彼は夜渡祇軍に加わることになったのだ。

「ですが本当に解放されていないのです。私の友人はマリア陛下の軍に魔術治癒師として従軍していました。ですが部隊ごと壊滅し、ゴエティアの捕虜になりました」

「確かに。戦場では何百、何千と死ぬんだ。騎士とか貴族なら捕虜になったか戦死したかくらいは調べられるけど一兵士だと…確かにわからない」

「私と彼女はゴエティアの捕虜となりました。ですが友人はゴエティアに見初められ、側室に迎えられることになったそうです。私は助けを求めるために一人脱出し、ここまで逃げ延びました」

 彼女は目の縁に涙を浮かべながら言う。情報網を大陸各地に張り巡らせているがゴエティアが愛妾を増やしたという話は聞いていない。まだ側室に迎えられていないということだ。

 問題はどうやってゴエティアから彼女の友人を助け出すかということだ。ヒューベル領とゴエティアの領地はかなり離れている。王国全体と対立している現状でゴエティア領まで軍を侵攻させることはできない。交渉するにしても十分な成果は得られないだろう。それどころかゴエティアとやり取りをしていることが王国に発覚すれば余計に立場を悪くする。

「助け出すにしてもどうしようもないんだよな」

 イリアスとはまだしっかりと話せてはいないが彼女が偽物の可能性が高いし、仮に本物だとしても交渉には使えない。王女を連れ去ったことを自分から自白するようなものだ。そうなればマリアとの関係を修復することは不可能になる。

「…そう…ですか…」

 彼女の声が沈む。

「とはいえゴエティアをこのままのさばらせるつもりはない。できるだけ早く潰さないと内側のことも外側のこともできやしない。できれば君の友達が側室に加えられる前に解放したいな」

「!」

「約束だ。必ず君の友人を助け出す。それまで少し待っていてくれ」

 エレンは顔を伏せて涙を零した。

「ありがとうございます…」

 頭を深々と下げてから彼女は服を脱ぎ始めた。唯夜は驚いて彼女を止めようとした。友人を助け出す対価を体で支払おうとしているのだと思ったからだ。しかし違った。チュニックの下、彼女は体に白い麻布を巻いていたのだ。その麻布を唯夜の前に広げる。そこには地図が描かれていた。

「男爵の勢力圏の地図です。閣下のお役に立てるかと思い、軍議室に忍び込み、地図を模写して参りました。絵には自信があります。精確さにおいて問題はないと思います」

「おー!」

 唯夜は麻布の地図を受け取った。ゴエティアは正式に認められている領土はごく僅かだが協力する貴族たちの領土も含めると大規模勢力になる。山がちな場所もあるので地図があるのはありがたい。

「そういえばどうして俺の元に来たんだ? マリア陛下の元に言ってもよかったんじゃない?」

 ゴエティア領からはヒューベル領より王都の方がかなり近い。助けを求めるなら王都に行くのが一番だろう。

「閣下は優秀な人物を身分や経歴を問わず近くに置くと聞きました。私は槍働きしかできませんがそれで武勲を挙げて閣下の護衛につき、お願い申し上げようと…」

「ははは。近くってのは正しくないけど人材集めの方は結構広まってるんだな」

 ヒューベルにいることの多い唯夜はこの人材集めの件がどこまで広まっているかいまいちわからなかった。

 エレンに部屋を与え、早速登用したばかりのレフトルに会った。レフトルは唯夜の現状を正しく認識していた。それだけでなくその状況を改善するための策も持ち合わせていた。

「言う必要はねえよ。女王と仲直りがしたいんだろ? 国を建てる方がいくらか簡単で確実だ。面倒くさい奴め」

「はいはい。で、何か良い方法ある?」

 文句を言うレフトルを適当に受け流す。

「ああ。あるぜ。上手くいくかは賭けだけどな。聞くか?」

 レフトルは意地の悪い笑みを浮かべ、考えを唯夜に語った。しかし他に方法は考えられなかった。修正案をいくつか出して唯夜は一つ、覚悟を決めた。

 唯夜はその夜、ヘスティアを伴って王都へ向かった。二日後、深夜の王都に到着した。門を守る衛兵が誰何する。唯夜は兵士たちに剣を預けて名乗った。

「ヒューベルの領主夜渡祇唯夜だ。国王陛下への弁明のためにここに来た!」

 途端、兵士たちが二人を囲んで槍を構える。

 唯夜とヘスティアは魔術で強化された拘束具で手を拘束されたまま牢に投げ込まれた。

「捕まってしまいましたね…」

 ヘスティアが拘束具を見た。

「あっはっはっは。思ったより国賊認定されてたなー。参った参った!」

 唯夜は笑う。

「笑ってる場合ではありませんよ。下手を打てば殺されます」

「流石にないって。一応、俺って英雄らしいから。ゴエティアとか貴族を許したのに俺を死刑にするわけがないだろ。主犯格を許して内通者を死刑にすりゃ人望をなくす。怖いならヒューベルで待ってればよかったのに」

「誰か一人はお傍にいて差し上げねばなりませんからね」

 ヘスティアが呆れたように言った。

 カビの臭いがする床に寝転がる。唯夜の計画を進めるためにはマリアと会わなければならない。とはいえ会えるかどうかもわからないし会えたところで誤解が解けるかどうかもわからない。絶対に死刑にならないとは断言できない。

 翌日、看守に連れられて唯夜らは王城に向かった。それからある一室に通される。取り立てて特徴のない部屋だった。しばらく待つと扉が開いて二人の人物が入室した。唯夜はそのうちの一人の顔を見てすぐさま跪いた。

「お久しぶりです。夜渡祇卿。息災ですか」

 唯夜の主君マリア女王が唯夜に声をかけた。

「牢獄の寝心地はあまり良くありませんね。拘束具も二度はつけたくないものです」

 唯夜は軽口を叩く。

「卿がイリアス王女と密通していたという話は真ですか?」

「いいえ。根拠のない嘘です。アラフマン卿には年齢と階級相当の冷静さと知性を求めたいものです」

 唯夜ははっきりと言ってのけた。アラフマンは同じ主君を掲げる味方である。しかし信頼できない人物である。平時の能力は見習うべきものだが頑固で思い込みが強い老人だ。強い敵より無能な味方の方が時として厄介でるという言葉を唯夜は痛感した。

だがマリアの不安は拭いきれないようで声はまだ強ばっている。

「アラフマンは卿と王女が裸で寝所を共にしていたと証言しました。それについては?」

「…確かに私が目を覚ました時、私と同年代程度の女性が裸でベッドで寝ていました。しかし彼女が王女とは思いません」

 あの少女はイリアスではないだろう。イリアス王女はゴエティアにとって切り札であり求心力であるのだ。そんな王女を敵地である王都に向かわせ、敵である唯夜のベッドに潜り込ませたりはしないはずだ。あまりに危険すぎる。唯夜はそれをマリアに語った。

「ではなぜ近衛兵を傷つけ、逃亡したのですか?」

「陛下の近衛兵がいきなり私の部屋に突入して殺そうとしてきたからです。そんな状況では対話は不可能だと判断し、領地に帰還しただけです。つまりは近衛兵を統括する者の責任かと」

 唯夜はアンネに視線を向ける。彼女は近衛騎士団の団長を務めている。近衛兵の行動については全て彼女が責任を負うのだ。

「何ですって…」

 アンネは怒りを滲ませた。

「確かに私は閣下を丁重に陛下の御前にお連れせよと命じました。抵抗した場合はそれなりの武力の行使を認めましたが。それに兵士たちは先に閣下の攻撃を受けたと証言しています」

「近衛騎士団長、卿の部下の死傷者数は?」

 囚人となった青年貴族が尋ねる。

「死者は一人もいませんが…負傷者は三百近くです。決して言い逃れのできない数です」

 アンネは悩んでいるようだった。目の前にいる男が潔白なのかそうではないのかを。信じたいという気持ちと信じられないという気持ちがせめぎ合っている。

「そうか。じゃあ俺は殺せばどうとでも言い訳できる数百人の自分に不利な証人を敢えて残したというわけか。何のために?」

「確かに…」

 あの時は死者を出してはマリアとの対談は不可能になるという理由から一人として殺さなかったが正解だったらしい。

「それくらいのことは気付いてほしいけどね。クロムバッハ侯の不在が悔やまれるな」

 唯夜は溜め息を吐く。この調子なら他の廷臣たちも役に立たず唯夜の処断を叫んでいただろう。中途半端にゴエティアを許したことで後の脅威になったことから学んで若い脅威は若いうちに摘んでしまおうという考え方になったのだろう。

アンネは赤面する。

「陛下、当時、宿直室に詰めていた私の部下も近衛の襲撃を受けました。運よく負傷者はいませんでしたが。アンネ殿は私の部下に危害を与えるように命じてはいないはず。近衛は何者かの息がかかっているのではありませんか?」

 マリアはアンネを見た。

「へ、陛下! 私は陛下に対して逆心など…」

「疑ってなどいません。近衛におかしな動きがなかったか聞きたいのよ」

「…申し訳ございません。新設した軍団の訓練に時間を割いておりまして…」

 マリアはゴエティアや国外の雄敵に対抗するために直下軍を創設することを決定し、アンネに編成と訓練を任じていた。確かに彼女は職務に対して忠実に取り組んでいた。毎日早朝から夜遅くまで新軍団に関する業務で走り回っていた。その隙を何者かに突かれてしまったのだ。

「不敬を承知で申し上げます。私には四万五千の騎兵がいます。国内総兵力の三分の一近く。将も優秀で経済力も高い。対して陛下にはコリント殿とアンネ殿に数ばかりの弱兵だけ。その気になれば私は王朝を築くこともできるのです。それを成すに内通も血統も不要。つまり私には王女と結託する必要などないのです」

 その一言でアンネは血相を変えて剣の柄に手をかけた。しかしそれが事実であるとわかているから剣を抜けなかった。

「陛下と私の間を引き裂こうとする何者かの策謀です。ここで陛下が私を斬れば誰が得をするのか陛下にはおわかりでしょう」

「ゴエティア…もしくは帝国…?」

 唯夜は頷いた。

「わかりました。卿の無実は私が信じましょう。すぐにそう布告を出します」

「いえ。それはいけません。私を逆賊と公表すべきです」

「⁉ ど、どうして…⁉」

 マリアやアンネだけでなくヘスティアらも驚愕している。唯夜は出発前にレフトルと話し合った策を伝えた。

「ゴエティアは我が国にとってこれ以上ない病巣であり、早期の排除が必要ですが…今のところ、彼は陛下に対して敵対的な行動を見せていませんから陛下には討伐の大義名分がありません」

 マリアは頷いた。

「ですので私が潰してしまおうかと」

「は?」

「王国全土に布告なさるのです。王に弓引く逆賊夜渡祇唯夜を討てと。途端に我が軍は陛下の軍勢ではなくなります。国の敵となるのです。ゴエティア一派の首を取ることなど容易いことですし大義名分は必要ありません」

 叛乱軍が王国に従う貴族を襲っただけのこと。それに一体どんな大義名分が必要だろうか。しかも唯夜が率いる軍はホーストン王国兵であってホーストン王国兵ではない者たち。ご立派な理由など誰一人として求めていない。むしろ話し合いの場を襲撃して上級王や諸侯らを謀殺したマルクレーヌ将軍とその親玉であるゴエティアを憎む者は多い。喜んで戦いに参加するだろう。

「私がゴエティア一派を粉砕した後、陛下がヒューベル領に軍を近づけます。本拠地を狙われたとあっては私は降伏せざるを得ません。その後、私の潔白を証明するとともに、ゴエティアの悪事を暴いた功をもって叛乱の罪をお許しいただければと」

 まさに神算鬼謀というべき領域にある。もし彼が本気で敵対しようとしていれば確かにホーストン王国は三世紀にわたる歴史に幕を下ろし、歴史の一ページに消え去ることになるだろう。

「それは卿が考えた策ですか?」

「私と最近登用した参謀とで考えました。私にはもったいないほどの名参謀ですよ」

「最近、行っているという人材集めですね。そちらは上手くいっているようで羨ましい限りです」

 今回の騒ぎによってマリアの家臣団の中にも不和が生じている。唯夜の貢献はクロムバッハやコリントに並ぶものであり、彼が裏切ったという噂は互いの猜疑心を育み、恐怖を植え付けていた。

「今回の騒動は全て私の不徳の致す所。これからの功績をもってこの咎を雪ぎたいと存じます」

「期待しています。私はもう卿の心を疑ってはいません。卿の言う通り、国を奪い取るのに卿は王族の血統による正統性を必要としない。それにイリアス王女と密通するなら王都の外でするでしょうし」

 マリアは笑った。

「でも皆を納得させる証拠がなかったものですから。ゴエティアを討ち、卿の潔白を証明してください。この事はクロムバッハ卿とコリント卿にのみ伝えておきます」

「はっ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ