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乱世の梟雄

 エルフ族のセディアに感謝の言葉を述べた彼を嘲笑う者がいた。

「なんつうお人好しだ。いっひっひっひ」

 笑い声をあげたのは面接待ちの痩せぎすの中年男だった。ヒューベルが人材集めをしているという噂を聞きつけて北からやってきたのだという。それなりに上質な服をだらしなく着崩し、黒い髪は手入れされておらずぼさぼさに乱れ、床に座り込んでいる。

「なああんた、俺を登用してみないか。あんたに最強の国をくれてやるぜ」

 どこかで拾ってきた木の棒を唯夜に向ける。

「国はいらないかな。俺はホーストン王国国王マリア陛下の家臣だ」

「今は反目してるんだろ。良い機会じゃねえの。奪っちまえよ。俺にはわかるぜ。お前さんは誰かに忠誠を誓うような男じゃねえ。目を見りゃわかるさ。王の器だ。梟雄だ。乱世でこそ翼を広げられる類の猛禽だ」

 試すように唯夜の目を見る。彼は唯夜の人柄と才覚を推し量ろうとしている。自分が力を貸すに足る相手かどうかを確かめようとしている。その瞳はぎらぎらと危険な輝きを帯びている。唯夜に言わせれば彼の方こそ梟雄である。

「世は乱れ正義は死に絶えた。寝首を掻いて成り上がるのが乱世の習。弱者は滅び、強者が全てを手にする。それが正当化されてる。お前さんには全てが許されてるんだぜ。千人の美女を侍らせることも、万の奴隷を好き放題することも。俺がお前さんを王にしてやる。掴めよ。男としてこれ以上ない至高の栄誉をよ!」

男は煽る。

千人の美女という言葉に多少惹かれるものはあったものの、やはり結論は変わらない。変えられない。

「んー、やっぱりいいかな。主君にも王にもなりたくない。誰かにとっての良い友達でいたいんだ。正義なんて持ってないけど、こんな世界だからこそ信じられる人間でいたい」

「なんつーお人好しだよ。メルエベスキとか帝国では略奪の限りを尽くし、戦場では血の雨を降らせる悪魔だと聞いてたんだけどよ。こりゃ化け物だ」

 男は首を振った。唯夜がどういう人間なのかわかりかねているようだ。唯夜もこの男がどのような人物なのか判別できずにいる。

「俺はここに住む人たちを守る。マリア陛下を守る。そのためなら俺は悪魔にだってなってやる」

 全ての人を救うことはできない。であればこの手が届く範囲にいる人たちを、守りたいと思った人たちだけは何としても守ると決めたのだ。その戦いの果てに悪魔と呼ばれるのであれば本望である。

「そんなにあまっちろい悪魔がいるかよ」

「それより貴方の特技を教えてくれよ。俺のことを品定めしに来ただけじゃないんだろ。仕官しにきたんだろ」

 男は笑った。

「では名乗ろう。俺はレフトル。レフトル・オーグウェン!」

 彼の名を聞いて群臣たちの数名がざわめきをあげる。唯夜の知らない名前だった。知っているふりをするか知らないことを正直に言うか悩んでいたところそれを察したオイゲンが唯夜の側に寄ってきて耳打ちする。

「かつて北方にあったトルスという小国の元国王です。元は奴隷でしたが卓越した人心掌握術と戦略眼で一国を築き、帝国の侵攻に対して十年もの間凌いでいましたが家臣の裏切りによって国を追われることになったとのことです」

「そんな凄い人が…」

 唯夜は唾を飲み込んだ。

「しかしご登用なさるならご注意を。間違いなく彼の知恵は我々の役に立ちますが同時に獅子身中の虫を飼うことにもなります」

「ははは。大丈夫さ」

 青年は笑う。改めてレフトルに向き合う。マリアとは異なる器の王である。しかも小国でありなが超大国であるフェールハイトと渡り合うほどの国の王だ。

「お前さんを王にしてやる道でも説いてやろうか? 帝国に負けないほどの力を持つ方法は俺を雇った後に教えてやるよ。多少値は張るがお買い得だぜ?」

「話聞けよ。俺は王にはならない。ホーストンにはマリア陛下がいる。仮にヒューベルが独立するにしても王になるのは上級王の子のクルルだ」

「甘えこと言ってんじゃねえよ。そんな生優しい世界じゃあねえぜ。あの女王に戦国の王たる素質はねえ。鎖に繋がれた奴隷に怯える女も同じだ。いいか? 惰弱な司令官は兵を守れない。同時に柔弱な王じゃあ国を守れねえ。いくら臣下が有能だろうとな。わかってんだろ?」

 確かにマリアは平和な時代の王としてなら十分に能力を発揮できただろう。しかし今は戦乱の世。優れた人格を持っていたとしても弱ければ淘汰されるのみ。滅びてしまっては旧支配者の人格など何の意味もない。

「俺とお前さん、それとヒューベル騎兵がいればこの大陸を支配できる。お前が守りたい物を守れる。嫌な制度をぶっ壊せる。奴隷制度だってなくせる。さっき言ってたが…奴隷を買わずに奴隷を救うことができんのかよ? たかが一地方領主の権力で」

 ちらりとセディアを見る。

「奴隷を買えばその奴隷を助けることはできる。買わなきゃお前にどうこうする権利はねえ。せいぜいヒューベルでの商いを禁止するくらいだ。それじゃあ根本的な治療にはならねえさ。制度を変えたいなら権力がいる。このクソみてえな世界で権力を握るにはお前もクソにならなきゃならねえ。義理不義理で人が救えるなら苦労しねえよ」

 言葉が彼の胸を貫いた。わかっている。自分が語っているのは理想論に過ぎない。「こうあるべき」世界ばかり見ていて「実際こうである」世界を見ていない。個人ならそれも良いだろう。しかし今の唯夜は数十万の民を抱える大領主である。確かに無責任な言葉だった。それで仲間たちにも迷惑をかけている。

戦乱の時代で信義など何の役にも立たない。力だけがものを言うのだ。それでも今は亡き師に誓ったのだ。どんな時でも自分が信じた道を歩いていくと。

「『理も法も立たぬ世ぞとてひきやすき心の駒に行くに任すな』。俺の国の言葉だ。道理が通らない世界でも自分だけは道理を守って行動しろっていう意味だ。俺はこの道を行く。仲間を守る。そうでなきゃ俺はここにいる意味がない」

 レフトルは深い溜め息をついて頭を掻きむしった。

「とことん甘い奴だ。部下も苦労するだろうよ。だが面白え。こんな糞みたいな行き詰まりの世界にもお前さんみたいな脳内お花畑が一人くらいいてもいいだろうよ」

 面白そうに彼は笑う。

「ようしわかった。お前さんに仕えてやる。お前さんの方針を尊重してな。少なくとも帝国に負けねえ勢力にはなれるはずだ。だが俺の知恵は値が張るぜ?」

「じゃあまずは俺の参謀として仕事してもらう。成果を積み重ね続けたら陛下に俺の代わり、ヒューベル地方領主にしてもらえるようにするよ」

 その言葉を聞いて場にいた全員が凍りついた。レフトルは自分の耳を疑ったが他の面々も驚愕していることを見て空耳ではないことを悟った。

「お、おいおい待てよ! そうしたらお前の役職はどうなるんだよ!」

「陛下の近衛に戻るだけさ。陛下との対立が解ければの話だけどね」

 レフトルは呆れ果て、何かを言おうとして口を開閉させる。しかし諦めて閉口する。だが見放しているような顔ではない。

「優秀な奴が成り上がるべきだ。能力のない者は蹴落とされろ。使えるものは何でも使うし力に相応しい対価をもって報いるつもりだ」

「だっはっはっは! いいねえいいねえ! その在り方、俺は大好きだ。契約は成立だ。いいな?」

「ああ。よろしく」

 二人は握手を交わした。

 残るは二人。眼鏡をかけた青年に声をかけた。俯きがちで頼りなさそうな顔をしている。

「お、お初目にかかります。クルル殿下、伯爵閣下。わ、私はゾイラ王国の元軍人のカステオ・ルックウッドと申します。ぐ、軍で後方事務処理をしておりましたが放逐され現在に至るということでして…」

 何度か眼鏡を押し上げながら彼は自己紹介を終えた。本当に軍人なのか疑いたくなるほどの気弱な男だった。

「うちは他の軍とは色々違うと思うけど自信はあるかい?」

「じ、自信はありませんが慣れてみせます。計算の速さと事務処理の速さには僅かばかりの自信があります!」

「そっか。じゃあ後方支援業務についてもらうよ。派手さはないけど幾千幾万の命を守る仕事だ。大変だと思うけど力を貸してくれ」

 唯夜は手を差し出した。

「は、はい。浅学非才の身でありますが全力を尽くさせていただきます!」

 握手が交わされた。

 最後は銀色の髪の少女。強ばった表情をしている。

「私は…エレン。剣と魔術に…自信があるので…雇ってほしいです」

「わかった。力量を見て所属を決めるよ。報酬はどれくらいがいいかな?」

「そ、その…閣下にお願いしたいことが…いえ、なんでもありません。お給金を少しだけくだされば充分です」

 彼女は何かを言おうとしたが少し躊躇ってやめてしまった。衆目の前では言えないことであるのだろうか。

「せっかくだし言ってみたら? 後で人払いしてから聞いてもいいけど」

「閣下にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません。あまり聞かれたくないことなので…誰もいない時に…お願いします」

「わかった。時間を取ろう。それじゃこれで全員か」

 唯夜は改めてこの場に集った人材たちに感謝の言葉を述べた。

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