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帰国

 辛うじて帝国軍を撃退することに成功した同盟軍は国境付近に堅固な砦をいくつも建設し、再侵攻に備えた。

 多大な武勲を挙げた夜渡祇軍は王都ザイジャに凱旋した。王都の民は歓声をあげて夜渡祇軍を迎えた。一年以上に渡る戦いは彼らの参戦によって瞬く間に終結した。王都の民にとって夜渡祇軍は英雄であった。

 唯夜は手を振る人々に笑顔で手を振り返した。しかしそれが面白くないのが各国の将軍たちだ。自分たちが多くの犠牲を出して戦線を保っていたというのに遅れてやってきたホーストン軍が大した犠牲も出さずに美味しいところを持って行ってしまったからだ。

 唯夜はメズル王からの感謝と賞賛の言葉を貰ってから帰路へとつくことになった。やるべき仕事は山積している。戦争も嫌だが書類仕事も嫌だ。戦争ほどではないが気が重い。

「待て。夜渡祇将軍」

 兵たちに帰還の準備を命じた唯夜を各国の将軍たちが呼び止めた。対帝国同盟は九か国で構成されている。ホーストン王国、メズル王国、エクレン王国、ヴィト・ヴォレ共和国、シャボー・ハン王国、リフメン連邦王国、ロックス王国、ブレンディン王国、クルブリヒト共和国。うちホーストン、メズル、エクレンを除く六名の将軍たちが唯夜に非友好的な視線を投げかけていた。

「どうなさった。各々方」

 思わず敬語が出そうになったが自分と彼らは同格の将であることを思い出し、飲み込んだ。変に敬語を使えばホーストン王国ひいては女王マリアが低く見られてしまうかもしれない。自分が下に見られるのは構わないがマリアを見下されるのは看過できない。

「貴官の戦いぶりは真にあっぱれであった。しかし帝国の侵略の芽はまだ残っている。メズル王国の戦力は低下し、次の侵攻に耐えうるものではない。そのため貴国の軍に半年間、駐留し、警戒してほしいのだ」

 確かに帝国軍は遠征部隊の兵力の半数以上を保ったまま撤退した。将軍たちの大部分や主力騎士団は健在である。金と物資さえ準備できればすぐにでも再侵攻をすることができる。戦争によって疲弊しきったメズル軍では再び振り下ろされる帝国の剣を受け止めることはできないだろう。

「そうしたいのはやまやまだけど我が国は未だ内戦の火種を抱えていてね。それに金もない。何より我が領土は三方向を敵国に挟まれてるから、軍の過半を国外に駐屯させるのは不可能だ」

 唯夜は笑顔で答えた。理由はそれ以外にもあるが彼らに言うべき事ではない。帝国軍の数の多さと騎士の練度を見て早く火縄銃を作って訓練させなければならないと痛感したのだ。今回は勝てたがそれだけだ。同じ手は二度と食わないだろう。であれば勝ち目は新兵器の開発しかない。それも一度限り、しかも時間稼ぎにしかならないが。

 他軍に対して何の権限も持たない彼らは不承不承ながらも去っていった。唯夜の不安定な立場を知っているのだろう。その後姿を見送って唯夜は溜め息を吐いた。彼らの発言の真意はともかく内容は至極最もだ。拒否するのはいくらか疲れるものだ。

「おーい、唯夜ー!」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると七海と悠一郎が立っていた。悠一郎は手を振っている。唯夜は不景気な顔を笑顔に変えて彼らの元に駆け寄った。悠一郎が唯夜の肩を叩く。

「おめでとう! 大活躍だったな!」

 彼は王都守備兵の一人として夜渡祇軍の戦いぶりを見ていたらしい。その際にそれなりの手柄を挙げたようで上機嫌だった。

「お互い生きてたな!」

 唯夜も彼の肩を叩いて応じる。

「そうだな。お前ら、もう帰るのか?」

「まあな。仕事が溜まってるからな! エクレンも帰国するんだろ?」

「ああ。戦いも終わったし南部の蛮族との戦いもあるからな」

 この世界に来て初めてできた同年代の友人との別れが少し寂しくもある。悠一郎も同じようで寂し気な顔をしていた。

「夜渡祇殿。此度の戦、お見事でした。私がいた頃は兵法なんて学ぶ機会はありませんでしたが…。まさか日本は戦争をしてるんですか?」

 七海が尋ねた。

「平和ですよ。俺の育ての親が色々教えてくれたんです。趣味というか教養の一環といいますか孫子とかそういうのを読まされたぐらいですけど。だから真っ当な戦い方はできませんし戦術レベルの指揮は仲間たちがしてくれてます。俺がやってるのはどちらかというと手品みたいなものですよ」

 夜渡祇軍の将校たちは皆優秀だ。唯夜の意図を正しく理解し、行動してくれる。暴走することもなく、落ち着いている。素晴らしい仲間たちだ。今日の勝利は彼らのおかげである。唯夜の考える策は堅固な論理に裏付けられた立派な戦術などではない。僅かな知識と勘が合わさってできた詐術に過ぎない。ペテン師と呼ばれるのもそう遠くはないだろう。

「そうなのですね。今度お会いした時は地球について色々聞きたいです。それと敬語は使わなくてもいいですよ。他の将軍方には使っていなかったではありませんか」

「わ、わかりました。じゃあ七海さんも」

「私はもう…癖みたいなものなので簡単に抜けそうにないですね」

 七海は笑った。

「お互い楽な話し方でいこう」

 唯夜も笑った。

「夜渡祇君、悠一郎を連れて行ってくれませんか?」

「え?」

 唯夜と悠一郎が同時に声を上げる。特に悠一郎が驚いている。その様子を見て七海は笑い声を漏らした。

「私は悠一郎に同年代の友人を作ってやることができませんでした。私たちは召喚されてすぐに軍人としての教育を受け始めたので。幸いというか彼は私と違って何の官職もないので死んだことにすれば軍からいなくなっても何の問題もありませんよ」

 唯夜は悠一郎を見た。

「嫌な姉ちゃんだなー。お前の姉ちゃん。発想がなんか怖いよ」

「たまに良い姉ちゃんなんだけどなー」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「悠一郎、うちに来るか? 馬乳酒はまずいぞ」

「俺の姉ちゃんの料理ほどまずいものはないさ」

 握手が交わされる。こうして悠一郎は唯夜の客人としてヒューベルに留まることになった。



 夜渡祇軍はザイジャを出立し、帰路についた。行きとは違って特に急ぐ理由もないのでゆっくり帰ることにした。唯夜は馬の鞍の上に胡坐をかき、羊皮紙に何やら図面を描き込んでいた。

「なんだそれ…。鉄砲か?」

「ああ。今度うちで作ろうと思ってて。内緒だぞ。秘密兵器なんだから」

「かっこいい響きだな。でも鉄砲の作り方ってわかるのか? 普通の人間は鉄砲の作り方なんてわからないぞ。だからこれまで何百人と異世界から人が召喚されてきたけどこの世界に鉄砲がないんだ」

 確かに普通の人間は鉄砲の作り方など知るはずがない。銃社会のアメリカ合衆国ならまだしも日本において実銃を所持している者はあまりいないはずだ。所持している者もその仕組みや製法を知っているわけではないだろう。知っていたところで技術的・材料的な問題で複製することは困難だったはずだ。

 ふと思ったが日本人以外にもこの世界に召喚されている者はいないのだろうか。

「んー、大体の仕組みはわかるから形状はともかく似たようなのは再現できると思う。聞いた話だと硫黄も鉛もあるらしいからそれっぽいのは作れると思う。今、優秀な鍛冶職人を集めてるから再現できるかはそれ次第ってとこかな」

「再現できたら俺にも撃たせてくれよ!」

「おう! どっちの方が上手く撃てるか勝負しようぜ!」

 二人は笑う。

「なんかあのお二人、とても仲が良さそうですね…」

 シーナがヘスティアに馬を寄せて言った。彼女は唯夜に助けられてから彼に忠誠を誓っていた。自由にしてやったつもりの彼自身はそれに対して苦い顔をしていたがそれもまた個人の自由かと諦めて受け入れていた。唯夜は彼女を奴隷として扱うことはなく、平常時も戦時でも他の仲間たちと同じように気遣ってくれる。不満はない。それどころか奴隷として育てられた彼女にとって期待していなかった楽しい日々だ。そんな生活が誰のおかげで手に入れることができたのか彼女は理解している。だからこそ彼の役に立ちたいと思っていたのだ。だが彼は新しい友人と楽しげに笑い合っている。それが少し寂しかった。

「唯夜様はこれまで元の世界について話せる者はいなかった。それを孤独だとは思ってはいないでしょうけど同性で同年代、同郷のご友人ができて嬉しくないはずがないわ」

 ヘスティアにもシーナにもそういった友人はいなかったが話を聞くと彼は元の世界に多くの友人を残してきたようである。

 シーナは煮え切らない表情をした。

「人にはそれぞれ役割があるのよ。役職とかとは違うけれど。貴方は十分唯夜様にとって大事な存在になっていると思うわ。それで不満かしら?」

 ヘスティアは微笑んだ。

「不満ではありませんが…。いえ、そうですね。私は私なりに頑張ります!」

 国へ戻り、王都エレンに凱歌を響かせる。彼は女王マリアとの約束通り、敵を蹴散らし、王都に戻ってきた。唯夜は救国の英雄として祭り上げられた。時を同じくしてコリント伯も南方の蛮族との戦いに勝利した。救国の英雄バルツァー・レッケン・コリント伯爵と異界の名将夜渡祇唯夜。これら二人の英雄の力をもってマリアは政治における失敗を僅かばかり挽回することに成功したのである。しかし政治あってこその軍事であることをマリアをはじめ群臣たちは知っていた。

 マリアと謁見し、報告をした唯夜は王城の一室を与えられて一晩を過ごすことになった。城下にある夜渡祇邸はすでに学校・孤児院としての役割にシフトしてしまっている。唯夜の寝室は治療室になってしまっている。

孤児院に顔を出すとアルムたちが出迎えてくれた。

「兄ちゃん! 久しぶりだな!」

「おお。アルム。みんなも元気そうだな」

 子供たちは皆、栄養状態が良く、目には輝きがある。マリアがこの政策を継続してくれているのがよくわかった。

「俺、もう読み書きも覚えたし計算も簡単なやつならできるようになったんだぜ! すごいだろー!」

「今日、畑の耕し方を教えてもらったんだよ!」

 彼らの暮らしも随分とよくなった。メルエベスキ王国から分捕った金をマリアに渡した甲斐がある。

「聞いたぜ。兄ちゃん、帝国をぶっ飛ばしてきたんだって? いいなー、俺にも戦術とか教えてくれよー」

「戦術かー。俺も教わってないからいまいちわかってないんだよなー。まあ、勘かな?」

「勘かー。ってことは天才ってことか?」

 子供は単純である。素直で優しい子供たちだ。できるならこの子たちが戦争に駆り出されるようなことはないようにしたいものだ。いつか大人になる彼らの平和のために今、自分たちが戦うのだ。

 子供たちは唯夜に戦いのコツを尋ねてくる。教えないことには退いてくれなさそうである。

「当り前っちゃ当たり前だけど負けなければ負けないからな。負けないためには戦わなきゃいい」

「でも戦わなきゃ勝てないだろ?」

「そう。だから勝てる条件が揃うまでやれることを全部やりながら逃げるんだ」

 英雄と呼ばれた青年にしては随分と弱気なことを言ってしまったが嘘を吐くわけにもいかない。

「いつまでも条件が揃わなかったらどうするんだよ」

「無敵の軍隊なんて存在しないんだよ。隙もあるし弱点もある。負けない軍なんてないし勝てない相手なんていないんだ。どう隙を突いてどう弱点を叩くかを考えるのが戦術ってやつだ」

 それは連戦連勝を続ける自分に言い聞かせるような語り方だった。何度も何度も戦い続け、一度も敗北しなかった将軍が軍事史上にどれだけいるのだろうか。天才などいくらでもいる。今まで負けなかったのはそういった天才と戦わなかったからだ。それを忘れて自分の才に溺れて驕るようになれば足元を掬われ、滅亡への下り坂を転がり落ちることになるだろう。


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