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唯夜の奇策

 突如として戦場に現れたヒューベル軍は遠矢を放ち、帝国軍の後方に損害を与える。迎撃に出てきた部隊を騎射で撃ち落とし、崩れた陣形に重装騎兵が突撃する。包囲の北側は阿鼻叫喚の地獄となった。

「獲物はいくらでもいるぞ! 狩りまくれ!」

「走りなさい。ヒューベル軍」

「無理に敵を殺す必要はないからね。死なない程度に暴れ回ろうか」

「突撃! ヒューベルの力を思い知らせてやりなさい!」

 ヒューベル王国が誇る九将軍のうち四名が帝国軍にその猛威を奮う。帝国軍の将兵は次々と倒れていく。

「うおあらああああああああ‼」

 ヒューベル軍将軍アリクブケは先頭に立って重装騎兵を率い、大剣を振るった。兵士たちを鎧ごと斬り裂き、薙ぎ払う。

「これ以上は進ません!」

 将軍コルクト・アックィーンが彼の前に立ちはだかった。長く伸びた赤髭が特徴的な歴戦の武人である。

「我こそは栄光あるフェールハイト帝国のしょ…」

 彼は名乗りを上げている途中にアリクブケの大剣によって両断された。それを見ていた兵士たちは逃げ惑う。

「しゃらくさい! 死ね!」

 アリクブケは笑いながら血の道を開く。

「おのれ…将軍が名乗りを上げている最中に攻撃するとは!」

 騎士たちが襲い掛かってくるが勢いに乗った彼と彼の部下たちの相手ではない。軽く蹴散らされ、敗走する。アリクブケは頃合いを見て部下たちに後退を命じ、別の突撃部隊に武勲を譲った。

「第一隊は中距離からの遠距離攻撃を、第二隊は後退して休憩。第三、第四隊は前進、第五隊は右側に攻撃を集中なさい」

 南東の国から得た交易品である錫杖を煽りながらエイレーネーは兵士たちに命令を出す。彼女はヒューベル軍の将軍にしては珍しく、前線での槍働きを得意としない将校だった。もちろん平均的な戦闘技能は有している。

「貴様がヒューベルの将か! 討ち取ってやる!」

 熊のような筋肉に包まれた男が突進してくる。彼は帝国軍将軍エンリコ・フェンドン。奴隷から剣一つで将軍にまで成り上がった猛将で、視野の狭さこそ指摘されるものの、圧倒的な破壊力を持つ突撃を得意とし、帝国の雷槍と称され、ミネルヴァに重宝されている。彼の突撃を止め得る者はいないと帝国軍の将校たちは口を揃えて言ったものである。

「あらやだ。鎧を着ていても猿は猿ね。不潔で汚らわしいわ」

 エイレーネーは怯むそぶりも見せず、錫杖をひらりと揺らす。彼女の傍に控えていた兵士たちが飛び出してフェンドンに向けて油が入った陶器を投げつけた。フェンドンは回避すらせず、槍で陶器を打ち払う。陶器が割れて油が彼の体にかかる。そして兵士たちは火矢を彼に射かけた。フェンドンは一瞬にして火に包まれ、この世のものとは思えない悲鳴を上げた。しかし馬から転げ落ちても立ち上がり、エイレーネーの方に歩いていく。

 あと一歩でエイレーネーに届くというところで兵士たちは槍を突き刺し、とどめを刺した。フェンドンの巨体は地面に倒れ、焼け焦げた。その死に様は帝国の兵士たちに恐怖を与えた。

「臭い。まあ戦場で贅沢は言えないものね」

 二人の将軍の戦死の報せを聞いたミネルヴァは一時的に退却を命じた。

 天幕に戻ったミネルヴァは怒りに任せて机を叩いた。

「夜渡祇唯夜はあの夜、山に逃げ込んで我が軍の背後を脅かすと見せかけて夜のうちに山を脱して逃げていた…! 騙された! 騙された!」

 ミネルヴァの悔し気な声が将軍たちの心臓を打つ。

 帝国軍に夜襲を仕掛け、山中に走り去った夜渡祇軍は少数の囮の兵を残して山を出ていた。囮部隊が工作で六万の帝国軍別動隊を引き付けている間に本隊は圧倒的な機動力で帝国軍本隊の背後に回り込んで襲い掛かったのだ。

 若き司令官は怒りに満ちていた。彼女が他者に対してそこまで怒りを見せることはなかった。常勝不敗の戦争の天才として大陸に武名を轟かせていた彼女はこれまで苦戦という苦戦をしてこなかった。津波の如く素早く苛烈な進撃を得意としていた彼女は持久戦の経験は少ない。時を経るにつれて勝利の女神は帝国軍ではなく同盟軍に媚びを売るようになるだろう。

「きゅ、急報ー!」

 北から兵士たちが駆けてきた。息も絶え絶えで顔を青褪めさせながら死刑宣告にも等しい報告をもたらした。

「ヒューベル軍が…我が軍の輜重部隊を急襲し、食糧を全て焼いてしまいました…!」



「はっはっは。今頃帝国軍はめっちゃ焦ってるだろうなー」

 夜渡祇唯夜は直卒の五千騎を率いて帝国軍の輜重部隊を蹴散らして食糧を焼き払った後、ある場所を目指していた。そして三日後、彼らは到着した。メズル王国と帝国領が接するところ。

 彼らの目前には北東から南西にかけて川が流れている。

「バルテウッド川です。この川を越えれば帝国領です」

 ヘスティアが言う。唯夜は馬を進ませて橋を渡る。彼の目的はミネルヴァの軍ではなかった。帝国そのものである。

「さて諸君、火遊びの時間だ!」

 夜渡祇軍五千は帝国領南東部を荒らしまわった。森や畑、建物に放火し、井戸や堤防を破壊し、最低限だけ残して食糧や金品を強奪し、城を襲い、打ち壊し、兵士や貴族を捕まえた端から略奪した。略奪と破壊の炎は帝国東部にまで及び、貴族たちは私兵を集め、一万の軍を動員し、夜渡祇軍を迎え撃った。率いるのはフォイフェル侯爵。兵力の内訳は騎士が二千名、民兵が八千名だという。

「敵は我が軍の二倍。戦いますか?」

 オイゲンが尋ねる。彼は唯夜隷下の千騎長を務めている。

「聞いたところだと奴らは援軍を待ってるらしい。合流されると厄介だ。今のうちに叩くぞ」

「はっ」

 夜渡祇軍は突撃陣形を組んで帝国軍に向かっていった。

「帝国の栄光ある騎士たちよ。地に足つかぬ蛮族に皇帝陛下の威光を見せてやるのだ! 突撃!」

 フォイフェル侯爵の号令で全軍が攻撃を始める。騎士たちを先頭に民兵たちが続く。唯夜は自分が率いる兵士たちに後退を命じた。付かず離れずの距離を保っての偽装退却である。

「あんまり引き離すなよ。拗ねて逃げ帰られたら面倒だ!」

 唯夜は後ろに矢を放ちながら冗談を口にした。

「そっちの方が楽でいいですけどね」

 帝国兵に追われながら兵士たちは笑う。戦場であっても普段のように笑い、語る。その豪胆さ、気楽さが彼らを今日まで生存させてきたのだろう。

 追撃する帝国軍の陣形は長く伸びてしまっていた。

「旗を振れ!」

唯夜の命令で数人の兵士が赤い旗を高く掲げて振った。それは麾下の千騎長たちへの号令である。

「ようやく攻勢だ! 行くぞ!」

「突撃」

「行け行け行け! 突き崩せ!」

「それじゃあ行こうか」

 四人の千騎長たちは命令を受け取って前進を開始した。

彼らは追撃の先頭を走る騎士たちではなく後続の民兵たちに突撃した。元から士気の低い民兵たちは雨霰のように降り注ぐ矢、隙間なく並べられた騎兵の突進に怯え、数百人ほどが討ち取られたあたりですぐに逃げ去ってしまった。それを見届けたヒューベル兵は返す刀で唯夜隊を追い回している騎士たちに背後から襲い掛かった。数の利はすでに帝国兵になかった。烈火の如き激しい攻撃によって帝国騎士たちは壊滅し、二割ほどが運よく逃げ延び、フォイフェル侯爵は捕虜となった。

 夜渡祇軍は数時間兵を休ませた後、略奪の旅を続けた。道中、フォイフェル侯爵の軍と合流しようとして動いていた部隊をいくつも撃破し、帝国東部を焼け野原にした。しばらくは農耕は難しくなるだろう。街道も破壊されたため大軍の通行は困難になる。目的はほとんど達成していた。

「さて、そろそろ戻るとするか」

 最後の仕上げのため、唯夜は後退を命じた。


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